Research Results 研究成果

フォークボールの落ちる謎をスパコンで解明

2021.03.23
研究成果Math & Data

【要点】
○フォークボールの落ちる理由が「負のマグヌス効果」であることを初めて解明。
○投げた直後の球速、回転速度、回転軸(ボールの縫い目)が分かれば、その後のボールの軌道が予測可能に。

【概要】
 東京工業大学 学術国際情報センターの青木尊之教授を研究代表者とする東工大・九州大・慶應大の共同研究チームは、令和2年度に採択されたHPCIシステム利用研究課題「回転するハイスピード野球ボールの空力解析」を同センターのスパコンTSUBAME3.0にて、野球ボールを縫い目の回転まで詳細に計算する数値流体シミュレーションを実施した。その結果、ツーシーム回転のボールでは、縫い目のある範囲の角度において「負のマグヌス効果」が発生し、低速回転のツーシームであるフォークボールを落下させる大きな要因となることを初めて見出した。時速151kmの球速と1,100rpm(1分間の回転数)のツーシームとフォーシームを比較し、同じ球速と回転数にもかかわらず縫い目の違いだけで打者の手元での落差が19cmも違うことが明らかになった。
 フォークボールはバックスピンの回転をしているため、マグヌス効果により浮き上がる軌道になるはずであるが、ほとんど浮き上がらず放物線に近い軌道を取ることが知られており、その理由は謎のままであった。
 滑らかな球に対しては、実測でもシミュレーションでも特定の条件が揃ったときに「負のマグヌス効果」という下向きに働く力が確認されていたが、縫い目のある野球ボールでは「ない」と思われてきた。また、高速度カメラによる計測では軌道や球速の変化を測定することはできるが、ボールのどの部分にどのような空力を受けるのか、さらにその時間変化までは分からなかった。
 本研究成果は2020年11月に開催された「日本機械学会シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2020」にて発表された内容を基に、その後得られた有力なデータを加えて発表するものである。

●背景
 プロ野球やメジャーリーグでは、投手がフォークボールやスプリットと呼ばれる変化球をしばしば決め球として使っている。打者の手元でボールが急激に落下するように感じ、打たれ難いボールとして知られている。最近は計測技術も進歩し、球速、回転数、ボールの軌道まで詳細に分かるようになってきた。バックスピンのフォーシームであるストレートはマグヌス効果により自然落下の放物線軌道よりもホップするが、同じバックスピンにも関わらずツーシームのフォークボールは放物線軌道に近く、「なぜフォーシームより落ちるのか?」という謎は解明されていない。
 高速度カメラによる計測ではボールのどの部分にどのような空力を受けるのか、さらにその時間変化を測定することはできない。これまで、回転する球に対しては数値シミュレーションが行われていたが、回転する(縫い目のある)野球ボールに対しては、数値シミュレーションが行われていなかった。
 フォークボールやスプリットは投手が人差し指と中指でボールを挟んで投げ、ボールの縫い目の回転はツーシームとなり、ストレート(直球)のフォーシームの回転と異なる。プロ野球やメジャーリーグの投手の投げるボールの球速は時速150kmに達し、ストレートは約2,000rpm(1分間に2,000回転)を超える高速回転のフォーシームであるのに対し、フォークボールやスプリットは約1,000rpm程度の低速回転のツーシームである。これらはボールの進行方向に対してバックスピンの回転になっているため、通常であればボールは回転により浮き上がる力(揚力)を受ける。これは回転する変化球としてよく知られるカーブが曲がる原理の「マグヌス効果」である。

●研究の経緯
 青木教授を研究代表者とするチームは、令和2年度に採択されたHPCIシステム利用研究課題「回転するハイスピード野球ボールの空力解析」を東工大 学術国際情報センターのスパコンTSUBAME3.0を用いて研究を進め、回転しながら高速で飛翔する野球ボールに対し、縫い目まで詳細に計算する数値流体シミュレーションを実施した。野球ボールの空力解析には高解像度の計算格子を使う必要があり、ボールの表面近傍と後流に高解像度格子を効率よく配置できるようになったことと、移動する縫い目に対して精度の良い境界条件を設定できるようになったことが今回の数値シミュレーションの実現に大きく寄与している。

●研究成果
 縫い目がツーシームのバックスピンする低速回転のフォークボールに対して、スパコンTSUBAME3.0を用いた数値流体シミュレーションを行った結果、低速回転で上向きの揚力が弱いために放物線軌道に近づくのではなく、下向きの力「負のマグヌス効果」が縫い目の角度が 度から 度の範囲で発生することにより軌道が下がることを初めて見出した(図1)。また、同じ球速と回転数のフォーシームでは「負のマグヌス効果」が発生しないことも見出した。

ツーシーム回転のボールの縦方向に働く力

図2 縫い目と回転数に応じたボールの軌道の違い

 さらに投手がボールをリリースした直後の球速・回転速度・回転軸が分かれば、その後のボールの軌道を精度よく再現できることも分かった。球速が時速150km、回転数が1,100rpmのツーシームとフォーシームでは、縫い目が違うだけで打者の手元でのボールの落差が19cmも異なることが明らかになった(図2)。
 福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大投手のフォークボールは落差が非常に大きいことで有名であるが、その縫い目の回転はツーシームでなくジャイロ回転と言われている。これに対してもシミュレーションを実行した結果、1,100rpm のツーシームよりさらに軌道の落差が大きいことが分かった。

●今後の展開
 野球ボール以外にも、無回転のサッカーボールやバレーボールの軌道の変化や、空力が強く影響するウィンター・スポーツなどにおいて、スパコンによる空力解析を戦術に取り入れることが期待できる。また、本数値シミュレーションはさまざまな産業応用も可能である。

●共同研究チームの主要メンバー
東京工業大学 学術国際情報センター  教授           青木 尊之
東京工業大学 工学院機械系            修士課程2年    大橋 遼河
九州大学         応用力学研究所           助教           渡辺 勢也
慶應義塾大学 法学部                       教授           小林 宏充

 

研究に関するお問い合わせ先

応用力学研究所 渡辺 勢也 助教