Research Results 研究成果

鉄酸鉛の特異な電荷分布を解明

—電荷秩序が磁化の方向変化を誘起、負熱膨張への展開も— 2021.03.29
研究成果Materials

【要点】
〇 ペロブスカイト型酸化物鉄酸鉛の特異な電荷分布を解明
〇 鉄スピンの方向が変化するメカニズムを理論的に解明
〇 新しい負熱膨張材料の開発につながることが期待される

【概要】
 東京工業大学 科学技術創成研究院のHena Das(ヘナ ダス)特任准教授、酒井雄樹特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員)、東正樹教授、西久保匠研究員、若崎翔吾大学院生、九州大学大学院総合理工学研究院の北條元准教授、名古屋工業大学大学院工学研究科の壬生攻教授らの研究グループは、ペロブスカイト型酸化物鉄酸鉛(PbFeO3)がPb2+0.5Pb4+0.5Fe3+O3という特異な電荷分布を持つことを明らかにした。
 同様にBi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3の電荷分布を持つBiNiO3(ビスマス・ニッケル酸化物)は、改質することで巨大な負熱膨張を示すため、PbFeO3を元にした巨大負熱膨張材料の開発も期待される。Pb2+とPb4+が秩序配列するために、周囲の環境の異なる2種類の鉄イオン(Fe3+)が存在し、温度によって磁化の方向が変化するスピン再配列につながることも明らかにした。
 研究成果はNature Communications(ネイチャー コミュニケーションズ)のオンライン版で3月26日に公開されました。


 研究グループには、中国科学院物理研究所、瑞国ポールシェラー研究所、独国マックスプランク研究所、台湾国立放射光科学研究センター、仏国放射光施設ESRF、米国オークリッジ国立研究所、中国松山材料実験室が参画した。

 

●研究の背景
 ペロブスカイト型酸化物は、強誘電性、圧電性、超伝導性、巨大磁気抵抗効果、イオン伝導など、多彩な機能を持つため、盛んに研究されている。こうした機能は、3d遷移金属が担っており、その価数やスピン状態によって変化する。一方鉛やビスマスは典型元素でありながらPb2+とPb4+(Bi3+とBi5+)という電荷の自由度を持っており、3d遷移金属と組み合わせること、周期表の順番にしたがって系統的な価数の変化を示す。
 東教授らはこれまでにPbCrO3がPb2+0.5Pb4+0.5Cr3+O3の、PbCoO3がPb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3の特徴的な電荷分布を持つこと、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3の電荷分布を持つBiNiO3を改質すると巨大な負熱膨張が起こることなどを明らかにしてきた。しかしながら、PbFeO3の電荷分布は解明されていなかった。

●  研究成果
 PbFeO3の結晶構造を、走査透過電子顕微鏡、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B2での放射光X線粉末回折実験と、瑞国ポールシェラー研究所・米国オークリッジ国立研究所での高分解能中性子回折実験によって詳細に調べた。その結果、ペロブスカイト型構造(一般式ABO3)のAサイトに、Pb2+とPb4+が1:1で秩序配列した結晶構造(図1)を持っていることが明らかになった。
 Pb2+とPb4+が1:1で含まれることは、SPring-8のビームラインBL09XUでの硬X線光電子分光実験(図2)によって、鉄イオンがFe3+であることはメスバウアー分光実験でも確認した。Pb2+とPb4+の配列は層状と岩塩型の中間で、これまでに見つかっていなかった特殊な形である。この特殊なPb2+とPb4+の秩序配列のために、周囲の環境の異なる2種類の鉄イオンが存在し、そのことが418Kで磁化の方向が変化するスピン再配列につながることを、第一原理計算で明らかにした。

図1 PbFeO3の結晶構造と、走査透過電子顕微鏡像の比較。Pb2+のみの層と、Pb2+とPb4+が1:3の層2枚が交互に積み重なるため、後者に挟まれたFe1と、前者と後者の間のFe2が存在する。また、静電反発のため、Pb4+を含むPb-O層間の間隔が広くなっている。

図2 硬X線光電子分光実験の結果と、決定したPbイオンの平均価数。PbFeO3ではPb2+とPb4+が1:1で存在し、平均価数が3価であることがわかる。

図3 第一原理計算によるスピン再配列の機構解明。熱膨張で結晶格子が歪むことで、2種類の鉄イオンの磁気異方性の強さが変化して、スピンの方向が変化することがわかる。格子歪みは収縮を正に定義している。

●  今後の展開
 PbFeO3がPb2+0.5Pb4+0.5Fe3+O3という特異な電荷分布を持つことが明らかになった。今後、BiNiO3同様、PbFeO3に化学置換を施すことで、温度の上昇でPb2+Fe4+O3への変化が起きるようにすることができれば、半導体製造装置のような高精度な位置決めが求められる場面において、熱膨張によるずれを抑制できる負熱膨張の発現も期待される。
 また、これまで2つの磁性イオンの存在が必要だと考えられていたスピン再配列が、鉛イオンの電荷秩序のよって起こることが明らかになったこと、そして室温をはるかに超える高い転移温度を持つことから、外場で磁化の方向を制御する新しいスピントロニクスデバイスへの応用につながることも期待される。

論文情報

タイトル:
著者名:
Xubin Ye, Jianfa Zhao, Hena Das, Denis Sheptyakov, Junye Yang, Yuki Sakai, Hajime Hojo, Zhehong Liu, Long Zhou, Lipeng Cao, Takumi Nishikubo, Shogo Wakazaki, Cheng Dong, Xiao Wang, Zhiwei Hu, Hong-Ji Lin, Chien-Te Chen, Christoph Sahle, Anna Efiminko, Huibo Cao, Stuart Calder, Ko Mibu, Michel Kenzelmann, Liu Hao Tjeng, Runze Yu, Masaki Azuma, Changqing Jin, and Youwen Long 
掲載誌:
Nature Communications (2021) 
DOI:
10.1038/s41467-021-22064-9 

研究に関するお問い合わせ先

総合理工学研究院 北條 元 准教授