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2020年度 春季学位記授与式(学部) 総長告辞

総長式辞・挨拶等

令和2年度春季学士学位記授与式(令和3年3月24日開催)総長告辞

 本日、九州大学の学位を授与され、卒業される皆さん、卒業おめでとうございます。
 
 今年度は新型コロナウイルス感染症の感染防止対策を徹底するために、これまでは一同に集い行われていた学位記授与式を二部に分け、卒業生2,562名のうち、この第1部では文学部、教育学部、法学部、経済学部、農学部、芸術工学部の6学部、1,065名に(この第2部では理学部、医学部、歯学部、薬学部、工学部の5学部、そして21世紀プログラム、1,497名に)それぞれの学位が授与されました。

 また、本日卒業する皆さんを4年あるいは6年の間、その学びと生活を支え、励ましてこられたご家族、友人、関係者の方々にも九州大学の教職員を代表し、心からお祝申し上げます。保護者の皆様の出席はかなわない状況で式を執り行うことを、残念に感じておりますが、ライブ配信で式をご覧の方々と共に卒業をお祝いしたく思います。
 
 皆さん、初めて九州大学に足を踏み入れ、この椎木講堂で入学式を迎えた日のことを覚えていますか?どんな思いを持ったか思い出してみて下さい。あの時、この九州大学で何を学ぼうと思いましたか?そして、今日、卒業の日を迎えて何を思いますか?学んだ分野において何を修得しましたか?大学教育とは自分で選択した学問を専門的に研究的に深め、体系的な知識にし、自分の考えを掘り下げ、形にすることだと考えます。それに照らして今振り返って、皆さんはそれを成し遂げた自信がありますか?在学中に修得した学びの方法は、これから先の人生においても、ずっと役立つものです。何か疑問に遭遇した時は、大学での学びを思い出して、自分の考えを整理し、その疑問、課題を乗り越えて下さい。
 
 皆さんが大学生活を過ごした2010年代後半、人類は国境なく飛び回り、便利で効率的な世界が広がる一方、地球温暖化による気候変動で自然災害は増え、多くの社会的問題が顕在化してきた時代で、それに対応するために持続可能な開発が求められ、社会は持続可能な開発目標の達成を迫られています。2020年の新型コロナウイルス感染症の世界的流行はそれに追い打ちをかけました。私たちは行動変容を迫られ、今まで何の迷いもなく過ごしていた生活が出来なくなってしまいました。社会生活はもちろんのこと、皆さんの学生生活もすっかり変わり、落ち着かない1年であったことと思います。大変悩ましい1年でしたが、この最後の1年を多くの制約の中で、学びをやり遂げて、本日無事に学位記を手にしたことを誇りに思って下さい。
 
 4年ないしは6年前の入学式で、久保前総長は3つのことをお願いしておられました。「一つ目は九州大学の持つ人文社会系から理系までの幅広い多くの分野の学問に興味を持ってほしいこと、二つ目は留学生が集う多様性、国際性豊かなキャンパスで、国際的な視野を広げ、更に海外留学などの活動をしてほしいこと、3つ目は社会や日々の生活に大きくかかわる政治への関心を失わないでほしいこと」の3つでした。

 昨年11月、アメリカ合衆国の新しい大統領が決まった時、副大統領になるカマラ・ハリス氏は勝利演説でこう語り始めました。
Congressman John Lewis before his passing wrote,” Democracy is not a state,it is an act.” And what he meant was that American’s democracy is not guaranteed. It is only as strong as our willingness to fight for it.
彼女の演説は冒頭、少し前に亡くなったジョン・ルイス下院議員が記していた「民主主義は状態ではなく、行動である。」というフレーズから始まりますが、これを聞いた時にハッとしました。これは合衆国の人々だけに向けられた言葉ではない気がしたからです。民主主義は政治の原理であると共に、経済の原理であり、教育の精神であり、社会全般の人間の共同生活の根本のあり方です。皆さんも社会人として、この「民主主義は行動である」という言葉を忘れないでほしいと願っています。

 九州大学は1911年に開校して以来、福岡の地にあり、今年開学110年を迎えます。多くの学生が数年間を経て入れ替わり立ち代わり入学し、卒業していきます。多くの教職員も入り、また去っていきます。そして、そのすべての人達で九州大学が作られてきました。皆さんもその一人で、九州大学の歴史になっていくのです。九州大学で学んだことを忘れないで下さい。一人一人が九州大学の歴史に刻まれ、歴史になっていくのです。卒業後、折に触れて大学を訪ねて下さい。大学は大いに歓迎します。九州大学での学びを含むすべての活動が、皆さんの心の拠り所になることを願っています。
 
 数日前、中央図書館4階に「中村哲医師メモリアルアーカイブ」「中村哲著述アーカイブ」が開設されました。また、この夏学期から基幹教育の一環として「中村哲記念講座」が開講されます。2019年12月4日、九州大学の卒業生で特別主幹教授だった中村哲先生が、アフガニスタンで凶弾に倒れられたことはとても悲しく、悔やみきれないことです。この訃報は、大学にとっても大きな衝撃であり、未だ深い悲しみです。先生は1973年に医学部を卒業され、1984年からは医師としてパキスタンのハンセン病病院に赴任され、その後長年、アフガニスタンで医療活動を続けながら、現地で灌漑用水路の建設に力を注いでおられました。医師である先生がなぜ井戸を掘り、水路を作ろうと思われたか。飢えと渇きは医療では救えない、またアフガニスタンの安定は政治や武力では解決できないことを見抜き、現地の人々にとって本当に必要なことは何かを客観的に見、分析し、判断し、行動を起こされました。干上がった不毛の土地に水を引き、緑の大地によみがえらせ、人々が農業で自立した生活が出来るようにと、用水路建設を自ら先頭に立って実践されていました。九州大学では中村哲先生に学ぼうと、2014年、特別主幹教授に就任いただき、毎年学生や市民の方々への講演をしていただいていました。「中村哲医師メモリアルアーカイブ」「中村哲著述アーカイブ」に収められた数々の映像、資料などは、先生の揺るぎない想いと共に、私たちを圧倒し、心を揺さぶります。先生はご自身の生き方を「お礼の種子」と表現しておられますが、大学も先生から戴いた「種子」をどのような形にしろ、大切につないでいきたいと考えています。先生の著書の中に次のような言葉が、私たちへのメッセージとして残されています。「人も自然の一部である。それは人間内部にもあって、生命の営みを律する厳然たる摂理であり、恵みである。科学や経済、医療や農業、あらゆる人の営みが自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はないだろう。それがまっとうな文明だと信じている」

 最後に、今日卒業される皆さんがこの大変な時代に、希望を失わず諦めないで、新しい社会の信頼できる担い手としての一歩を踏み出されることを心から応援しています。そして共に、福岡、九州、日本、アジア、そして世界の「知」、すなわち「英知」をより豊かにする、たゆまぬ歩みを進めて行きましょう。 

健闘を祈ります。



2021年3月24日
九州大学総長
石橋達朗