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問うこと、学ぶこと、感じることを通して人が育み合い豊かに生きられるようにとの願いを込めて―。問うこと、学ぶこと、感じることを通して人が育み合い豊かに生きられるようにとの願いを込めて―。人間環境学研究院 都市・建築学部門 教授(臨床発達心理学)、人間環境学府 都市共生デザイン専攻、統合新領域学府 ユーザー感性学専攻 當眞 千賀子

人間環境学研究院 都市・建築学部門 教授(臨床発達心理学)、人間環境学府 都市共生デザイン専攻、統合新領域学府 ユーザー感性学専攻

當眞 千賀子

マルチリンガルで日本語の得意分野は漢文。現在、同大学院において日本唯一の博士・修士課程「広人文学コース」を共同担当。外国人の視点を大切にしながら古代史の謎を紐解く、日本人以上に古代日本を知る若手ホープである。

個の時代が叫ばれつつ分断が広がる昨今、現場の人々と協働して個を超えた実践を育み、その過程に発達臨床的研究を織り込む新たな方法『形成的フィールドワーク』を編み出した、発達心理学の挑戦者。おおらかな優しさとエネルギーに満ち溢れた存在である。

プロフィール

鹿児島生まれ、沖縄育ち。多様な人々に育まれ、感受性の強い子どもとして成長する。小学生の時、友人から聞いた家庭での理不尽な体験が強烈に心に残り、それがのちに大きな影響を及ぼすこととなる。中学、高校時代、文理の枠を超えて関心が広がり、進路指導通りに得意分野で進路を決めるのは難しいと感じていた。「大学進学は当たり前」という前提から問い直してみることを経て、モノを対象とした領域よりも、人間にかかわることへの思いが強いことに気づいた。大好きな理系科目は学び納めと高3で物理II、化学II、数学III という超理系クラスを選ぶ一方で、教育学部に進学して心理学を専修した。大学4年次での米国留学では、「自分で考え、問うことを促す」ジャーナリズムのあり方に刺激を受けるとともに、文化的営みの重要性を実感し、人間についての学問的探究への関心が深まった。米国Clark Universityでの恩師との出会いが現在の研究の礎となり、博士号(Ph.D.)を取得。UC Santa Cruz、国立国語研究所、茨城大学を経て2009年より現職。現場実践に根差した独自の発達臨床的研究を推し進め、さまざまな養育現場で活動している。訳書に『文化的営みとしての発達』(著者:バーバラ・ロゴフ、新曜社/2004)がある。

何を研究してるの?

異年齢グループでのお昼ごはんを終えて緑色のビブスを着た年長さんが自主的にお片づけを始めたところ。黄色が年中さん、オレンジ色が年少さん。

「育つことを支える営みのデザイン」と「建築のデザイン」のコラボ。都市共生デザイン専攻でも教鞭をとる當眞先生。建築の先生、学生、留学生との協働で、香椎浜の留学生寮の庭に『香椎浜みんなの家』という集いの場を創るプロジェクトにも携わった。「『建てる』ことは、人を『育む』可能性を秘めていることを実感した日々」だった。

学生への問いかけを通して、互いに語り合い、問題の本質を掘り下げながら学びを深めていく参加型の授業を大事にしている。先生からのレクチャーも、学生との対話の中に織り込んでいく。人見知りで最初は躊躇していた学生も、授業への参加体験を通して、考えを言葉にして伝えていく力をつけていくことが多いそう。時には新生児人形を抱かせることも。ほとんどの学生が未経験なのだとか。

私の専門は発達心理学で、人が人として育つことにまつわる諸々を問う学問の領域です。人が育つ、豊かに生きるとはどういうことか?これは一筋縄ではいかない問いです。私たちはこの世に生を受けてから死に至るまでの間、さまざまな人々と互いに関わりながら生きる営みを続けます。人類は、コミュニティを形成し“文化的営み”を紡ぎ出すことで、生きること=生存を可能にしてきました。しかし発達心理学では長い間、個人を単位として発達的変化をとらえるという観点が主流でした。私は人の発達は“文化的営み”と切り離せないものと考えています。ここでいう“文化的営み”とは、人が生きる中で“個”を超えて生み出してきた営みのすべてを含みます。それは必ずしもポジティブなものばかりではありません。戦争ですら文化的営みであると言い得るのです。

人は生まれ落ちる境遇や親を選べません。意図せず遭遇する出来事もあります。生身の人間がさまざまな社会的、文化的、歴史的現実の中に生まれ落ち、どうにか折り合いをつけながら生きていく。それがいかにして可能になっているのか、そこにはどのような喜びや哀しみ、困難や支えがあり得るのか、人が人として生きるということが豊かであるとはどういうことか、という “問い”に応えたい(敢えて「答える」ではなく)。それが私の研究の母胎となっています。

そこで編み出した実践・研究法が『形成的フィールドワーク』です。この試みの素描を提示したのは2004年(「問いに導かれて方法が生まれるとき:形成的フィールドワークという方法」 臨床心理学 第4巻6号)、本格的な展開はある保育所との出会いによって始動しました。一般的にフィールドワークでは対象を変えずに記述するのですが、『形成的フィールドワーク』では、研究者である私も現場の人々と共に、その文化的営みを問いつつ育むことに挑戦します。この保育所では年齢別に保育をしていましたが、『形成的フィールドワーク』を通して、0~6歳までの子どもたちが日々の生活や活動を共にする保育の営みを育んできました。その過程で、子ども同士、大人と子ども、大人同士の関係性が育ち、ひとりひとりが育っていくという嬉しい姿が見られています。そしてこの保育所の年長さんは、いまや多くの大学生よりも、小さな子や支援を必要とする子のニーズを察知してさりげなく適切に手を添えてあげるのが上手になっています。小さな子たちも、そんなお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに憧れて頼りにしています。そして自分もそうなりたいとがんばるのです。食べることも遊ぶこともお片づけも、楽しそうに生き生きと、大人の指示がなくても自分たちで考えて動くようになっていく様子は、発達心理学者の私も驚くほどでした。

この実践形成型の研究は、保育現場に限らず、子育て支援の現場や、児童養護施設など社会的養護の現場でも活用しています。日々の営みやその仕組みを育むことで人を育み、人を育むことで仕組みも育まれる。従来の基礎研究と応用研究という二分法的枠組みを超える『形成的フィールドワーク』を通して、「どうしたら人が育み合い豊かに生きていけるか」を、人の発達にまつわる大事な問いとして探求し続けたいと思っています。

研究科目の「魅力」はココ!研究科目の「魅力」はココ!

現場と共に実践を紡いでいく過程で、いのちがふくらみ、生き生きと躍動しはじめる姿に触れることができる現場と共に実践を紡いでいく過程で、いのちがふくらみ、生き生きと躍動しはじめる姿に触れることができる

『形成的フィールドワーク』は、実践という縦糸と研究という横糸で織りあげていく、織物のようなもの。実際にこの手法で実践形成的な発達研究を行う中で、子どもたちだけでなく、大人たちも、学び合い育まれていくプロセスに幾度となく立ち会うことができました。問いながら実践を紡いでいく過程は、順風ばかりではありません。予期せぬ壁や問題が出てくることも珍しくありません。その都度、それを大切な学びの機会と捉え、向き合って工夫を重ねる中で、人も営みも育まれていきます。それは、研究者である私自身も例外ではありません。学問的成果は最終的には本や論文という形になるのですが、それよりはるか前に、現場と共に実践を紡いでいく過程で、いのちがふくらみ、生き生きと躍動し出す姿に触れることができるのは、実践形成と研究が切り離されずに織り成されていくからこそ。喜びもまたひとしおです。人が育つことにとって重要な現象を、現場で直に体験できるのは、とても幸せなことだと思っています。

九大での学びについてひとこと!九大での学びについてひとこと!

専門分野を究めるというのは素晴らしいことですが、自分が専門とする分野だけに閉じてしまうと世界の見え方が狭く偏ってしまい、重要な局面で判断を誤ることになりがちです。研究で得られた知識が人を幸せにするか否かは、それがどのように使われるか(あるいは、敢えて使わないという判断ができるか)にかかっています。私たちは科学技術の進歩がこの地球(ほし)とそこに宿る命を支えるか破壊するかが問われている時代を生きています。モノの理(ことわり)についての知識の増大のスピードに、その使い手としての人間の心と知恵は追いついているか。それを問いながら、自らの専門分野を超えて出会い、広く深く問い学ぶ体験を重ねてください。大事な問いほどすぐには答えがでないもの。それでも大事な問いは、それに応えようとすることで、大事な出会いと学びを引き寄せてくれるものです。

DAILY SCHEDULEDAILY SCHEDULE


OFFの1コマ

「日本の魅力は?」との一言質問に、「寿司!!中でもあんきもとウニが一番」と間髪入れずに答えたエレン先生。九州・玄界灘の活魚が大好き、納豆も毎日食べるというまさにジャパニーズの鏡!?

「日本の魅力は?」との一言質問に、「寿司!!中でもあんきもとウニが一番」と間髪入れずに答えたエレン先生。九州・玄界灘の活魚が大好き、納豆も毎日食べるというまさにジャパニーズの鏡!?

先生の必須アイテムはコレ!

『旺文社』の英和中辞典

高校生の時に購入、それからずっと一緒に世界中を旅してきた、今でも現役の旺文社の英和中辞典。中には引いた単語につけた黄色いマーカーがビッシリ。高校生の時の憧れはベッドに横たわり、辞書を使わず英語の本を読むことだったそう。

フィールドワークセット

ハンディビデオはSONY、デジタルカメラはCANON、パソコンはPanasonic、首に下げて使うICレコーダーはOLYMPUS…とフィールドワーク必須のデジタル4点セットはメイド イン ジャパンが集結。ICレコーダー入れの赤いかわいらしいポーチが先生らしい。

『月光荘』のスケッチブック

長年アイデア書きに愛用。創業100年、“友を呼ぶホルン”がトレードマークの歴史ある画材メーカー・月光荘のものは軽くて使いやすく、丈夫!

学生へのメッセージ

“学問”は人が生きることを励ますことができる。
問うことが学びを導く。学ぶことが問いを豊かにする!

私は日本語の“学問”という言葉が好きです。学ぶことと問うことの両方が入っている。問うから学びたくなるし、学ぶことが問いを豊かにする。これをしっくりひとことで表現することのできる英単語は見当たりません。子どもたちとかかわっていると、人間は本来、問わずにはおれず、学ばずにはおれない存在なのだと感じさせられることが多いのですが、それは、本物の学問に触れたとき、人が深く励まされることと無関係ではないのかもしれません。

私が、モノローグ的に知識を伝授するのではなく、あえて学生たちに問いかけながら対話型の授業をするのにはいくつもの理由(わけ)がありますが、そのひとつに、自分が問い学ぶことが他の学生の学びの糧になり、他の受講生たちがいてくれることで得難い学びが自分に生まれることを、受講生ひとりひとりに実感してほしいという願いがあります。

「自分なんて居ても居なくても大差ない」、「こんなことも知らないのかと思われないか」、「こんなこと言うとへんなやつだと思われないか」…いつの間にかそんな思いに囚われてしまっている人が少なくないようです。それでは学ぶことも生きることもしんどくなってしまいます。魅力的な仕事をしている人に出会うと、その誰もが、己の身の丈をよく知っていて、それを伸ばそうとしていることに気がつきます。そして、それをどこか愉しんでおられる。身の丈が高いか低いかを気にするよりも、今の身の丈をごまかさずに受け止めて、ちょっと背伸びしてやれることをやってみることが肝心。そうすると、そのうちに身の丈は伸びていくもの。その姿は自分も他人も励まします。そしてそこには、本物の喜びが生まれます。大学が、学問を通して人を育み、励ます場であることを願っています。

「たとえ明日世界が滅びようとも、今日私はリンゴの木を植える。」

マルティン・ルターが残したこの言葉との対話は、いろんな気づきへと導いてくれます。先行きが不透明なことへの不安に煩わされて落ち着かないとき、心を「いま・ここ」に戻して今日を生きることへと導いてくれる言葉でもありますね。何年もの時を経て、何人もの人々の間で語り継がれてきたおかげで、私もこうして出合うことができた。ありがたいことだと思います。

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