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P&Pつばさプロジェクト 研究代表者インタビュー第1弾: 言語文化研究院 下條恵子(しもじょうけいこ)准教授

人文社会系研究紹介

異分野融合研究インタビュー第1弾:「文学から見るリスクマネジメント」言語文化研究院 下條恵子准教授

P&Pつばさプロジェクトとは
「九州大学アクションプラン2015」に掲げる新学術領域の創出・育成を実現するため、人文科学・社会科学分野の研究者が先導する異分野融合研究を推進し、次世代の異分野融合研究のフラッグシップモデルとなるような研究チームを創出することにより、本学の研究力の底上げを図り、現在及び将来の国内外における本学のプレゼンスを高めることを目的とした本学独自のプログラム。

P&Pつばさプロジェクト 研究代表者インタビュー 第1弾

「文学から見るリスクマネジメント」 言語文化研究院 国際文化共生学部門 准教授 下條恵子

―― 先生のご専門はアメリカ文学で、経済史や金融の思想史の面から分析、考察を重ねていくという研究スタイルだと思うんですが、これまでの研究について簡単にご紹介いただけますか。

下條恵子先生 研究の道へと進むきっかけとなったアメリカ文学作品と一緒に

下條:アメリカのいろんな文学作品を読むなかで、たとえば遺産相続や保険金など、死者からもらうお金とか、喪失したものから受け取るお金というのが、作品の中に出てくる傾向があるなと思いました。

 また、アメリカ文学を経済的な視点から読むという場合には、特に1980年代の主流の傾向としては、大量消費社会を批判するという、個人の消費活動を批判し、さらにその背後にある社会を批判するような作品を読んでいくというものが多かったんですが、1990年代ぐらいからもう少し幅の広い経済的視点から文学作品を読み直すという傾向や、歴史研究者が歴史の視点からアメリカ文学を読むというような研究がアメリカで徐々に出てきたように思います。

 アメリカの文学作品に、こういう職業というのは徳の高い職業であるとか、社会に貢献しない不届き者が就く職業とか、職業倫理に関する描写がよく出てきます。その中で保険というのが、賭け事みたいな感覚で一山当てようとする職業として出てくるような作品がよくあります。しかし、よく考えると保険というのはもともと海上保険が非常に盛んになったところからどんどんビジネスとして広がっていったものです。それは大航海時代といって、ヨーロッパが世界各国に植民地を広げていく中で発達していったもので、アメリカも大航海時代の産物なので、非常に結びつきは強いのかなと思います。

 特にアメリカは、ピューリタンの人々が建国の中心となった国なので、キリスト教的な考えに基づいた職業倫理が文学作品の中に強く反映されていて、経済史とか金融思想史からみると、アメリカの社会史とか宗教的な視点というのも理解していくことになるので、文学作品の分析の仕方としては領域横断的な感じで、すごく面白いなと思いました。

―― 文学を経済史、金融思想史から読み解くというのは現在では一般的な手法なんですか?

下條:19世紀のアメリカンルネッサンスと呼ばれる、アメリカ文学が花開いた時期があって、そこを集中的にそういう形から読むというのは多いんですが、もう少し歴史の幅を広げて、それ以前の建国の18世紀の時代、現在までと、長く歴史の時間をとってみるという研究はまだそこまで出てきてないです。

 アメリカ、イギリスとかの近代英米文学の歴史をたどっていくと、だいたい17世紀から18世紀ぐらいに、イギリスではコーヒーハウスといういわゆる喫茶店がロンドンなどですごく栄えていました。そこがジャーナリズムやいろんな新しい読み物がたくさん生まれていたところで、そこにみんな情報を集めに、商人や貿易商がやってきて、海運情報であるとか政治的な情報をやりとりする場所として、コーヒーハウスというのは発展しました。

 そこからジャーナリズムを模して現実を描写したいわゆる近代文学というのが生まれていきました。コーヒーハウスというのがもうひとつ非常に面白い役割を果たしたのが、海運情報などをやりとりするという点で、保険業の人たちが集まってくるたまり場としても非常に重要な役割を果たしました。いろんなコーヒーハウスがあったんですが、そのうちの一つが、あのロイズコーヒーハウスといって、現在のロンドンの保険取引所の前身となったお店です。

 いまはバラバラに研究されているわけですが、歴史をたどっていくと、実は同じところから近代文学、それから近代的保険ビジネスが生まれています。これに関するひとつの特徴は、この時代の保険は、はじめて数学的な統計などを用いた数理モデルというものを使って、保険金、保険料を割り出してリスクマネジメントをやっていく時代になってくるので、近代文学と近代的保険ビジネスは同じ場所から生まれたと言うことができると思います。

―― 職業倫理の話で、海上保険というものは重要なものであったにも関わらず、保険は少し徳の低い職業とみられていたことに矛盾というか疑問を感じますが・・・。

下條:現実ではすごく国の経済の発展のために大きな役割を果たしているんですが、お金を動かして利益を上げることをタブー視してきたキリスト教社会では、少額の掛け金で多額の保険金を受け取る可能性のある保険というのはギャンブルと同じようなものとしてとらえられてきて、これがアメリカでは19世紀の半ばぐらいまで続きます。

 社会の意識が変わるのが南北戦争で、戦災孤児や戦争未亡人の人たちが出て、生命保険がそういう人たちの生活を守るものとして存在するんだ、というふうに考えられるようになってから、少しずつ変わっていきます。

 このように時代によって保険業をみていくと、そのときの社会の仕組みや社会意識、人々がどういうものが徳のある職業と見なし、どういうものを忌み嫌っていたか、そういうものがわかってきます。

―― 思想とか世論といったものを反映するようなものと捉えられるんですね。

下條:そうですね。近代英米文学の成り立ちと関連してるんですが、キリスト教の聖人伝や宮廷での恋愛物語、騎士道物語など市井の人々の現実と距離があるのが中世文学のひとつの特徴で、それに対して近代文学はジャーナリズムといっしょに発展してきたこともあり、また識字率の向上や印刷技術の発展に伴って、一般市民を読者層とするジャンルに変化しました。

 もちろん作者の想像力やこれまでの文学の伝統などを織り交ぜているものの、近代文学、とくに小説の多くは読者にとっては自分の住んでいる国の、自分と同じ時代を生きた主人公が物語の中心にいて、読んでいる人の現実をある程度反映してきたと言えます。

―― 今回P&Pつばさプロジェクトに研究課題「文学から見るリスクマネジメント(研究代表者:下條恵子)」で採択されましたが、今後どんな研究に発展させていくのかというところを少しお聞かせください。

P&Pつばさプロジェクト「文学から見るリスクマネジメント」概要

下條:私がおこなっているのは文学研究なので、文学作品を読んで、文学批評理論であるとか、経済史・金融史みたいなところから調べていくという形だったんですが、これを今の保険の数理モデルを考える研究者から見ると、どういうふうに見えるのかなというのは、ずっと興味があったんです。

 九州大学には数理学や統計学の研究者がいらっしゃるので、いつか一緒に研究できたらいいなとずっと思っていました。そのときに、このつばさプロジェクトの公募があったのでこれはもう応募するしかないと思い、研究者データベースを検索して面識のなかった保険数理を研究している斎藤新悟先生(基幹教育院)にメールでこういう研究をしたいんですけど一緒にやりませんかと連絡し、快諾いただきました。

 次に、文学と保険数理の二つだけだとあまりにも異質すぎて、研究として有機的に結びつけるのが、私の力量では難しいかなと思いましたので、政治学の社会政策とかリスクマネジメントを専門とされてる渡邉智明先生(グリーンアジア国際リーダー教育センター)にお願いをして参加いただきました。

 さらに、文学研究と数理研究をつなぎあわせるものがほしいと思い、言語学の内田諭先生(言語文化研究院)に連絡して、私たちが取り扱う資料の言語的なデータを数値化して、こういう言葉がこれだけでてくるとか、こういう言葉とこういう言葉は何回も近いところででてくるので関連性が強いだとか、数的にデータ化してもらって、私たちが質的に読んで分析したものと、どれくらい相関性があるのかというのを、テキストマイニングしてみようということでお願いしました。

 また、アイデアに行き詰まったときに、アドバイスをくださるのが谷口説男先生(基幹教育院)です。谷口先生は数学が専門で、私たちより研究のご経験もすごくおありなので、もう少し俯瞰的な視点から、私たちが言っているアイデアをまとめたら、こういうことができるんじゃないかとか、そういうありがたいアドバイスをいただきました。

―― それではほんとにこのプロジェクトチームというのは、つばさプロジェクトの公募情報が発表されてから・・・。

下條:そうです。ずっとモヤモヤして、やってみたいけどどうしていいかわからないし。この公募が後押しになりました。

 今回申請書作成のために打ち合わせをすることによって、プロジェクトのビジョンがどんどん明らかになるのは大きいなと思いました。任意の自発的な研究会も素晴らしいと思うのですが、プロジェクト申請にあたって研究の趣旨や実施計画を書くというのも有意義な作業だなと感じました。

 今回の申請書も最初の案から随分書き直しました。これでは上手くいかないかもとか、どの辺に力点をおくと上手くいくかとか、そういう話し合いをする中で研究の方向性が明確になって、このメンバー5人で一番上手くできる、それぞれの専門が役に立つ研究は何かみたいなことを話すことができたので、申請書を書くという作業は、研究を良いものにするために大事なプロセスなんだなと思いました。

―― 先生は、先日の私ども学術研究・産学官連携本部主催の異分野融合研究マッチング交流会にもご参加いただいていましたね。

下條:そうですね。学部や研究院という枠を超えて、研究者があるテーマで集まるということはおそらくないですよね。学務とか他のお仕事で一緒になることはあるとは思うんですけど、研究をテーマにしてざっくばらんに話す、という機会は貴重でありがたいと思いました。

―― まだまだ始まったばかりですけど、このチームでさらなる研究にチャレンジしていきたいという気持ちはありますか。

下條:つばさプロジェクトが終わっても、もう少し長いスパンで研究をして、息の長い研究になっていくように、それほどまだ国内でもされたことのない研究だと思うので、なるべく大型の研究プロジェクトとして成長させられるように育てて行く方向で考えています。

 たぶん文系的なことでだけでなく、理系的な知識、経済とかどういうふうに発展してきたかとか、当時使われていた数理モデルがどういうものだったかとか、そういうことを専門の先生と一緒に研究できたら、今考えている以上に研究が広がるのではと思っています。

―― 最後に、九州大学の印象はどうですか。

下條:研究者として、自立的に研究している先生がたくさんいらっしゃるので、刺激を受けます。もっと自分も頑張らないと、という気持ちになるし、前にいた大学に比べると教員の数が多く、研究されている分野の数もすごく多いので、こういう異分野融合研究をやってみたい人にとっては、とても魅力的だと思います。

 研究機関として多彩でいろんな分野で活躍されている研究者がたくさんいるというのは、特に若手の研究者にとっては、すごく刺激になると思います。このような部局を超えたつながりを促進するような研究支援制度があるというのはとても良いです。

 また若いうちに、自分の研究の視野を広げるような、領域横断型の研究をさせてもらえるのはありがたいし、九大に来たからこそやるべきかなと私は思いました。

先生の研究室でのインタビュー風景

―― 今日はお忙しい中、お話を聞かせていただいて、本当にありがとうございました。

聞き手:学術研究・産学官連携本部 研究推進専門員(URA) 米満彩 (2015年9月)

 

P&Pつばさプロジェクト 研究課題「文学から見るリスクマネジメント」 

チームリーダー: 言語文化研究院 下條恵子
メンバー: 基幹教育院 斎藤新悟
グリーンアジア国際リーダー教育センター 渡邉智明
言語文化研究院 内田諭
基幹教育院 谷口説男
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