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P&Pつばさプロジェクト 研究代表者インタビュー第2弾: 比較社会文化研究院 田尻義了(たじりよしのり)准教授

人文社会系研究紹介

異分野融合研究インタビュー第2弾: 「遺跡出土資料の産地分析に関する新手法開発」 比較社会文化研究院 田尻義了准教授

P&Pつばさプロジェクトとは
「九州大学アクションプラン2015」に掲げる新学術領域の創出・育成を実現するため、人文科学・社会科学分野の研究者が先導する異分野融合研究を推進し、次世代の異分野融合研究のフラッグシップモデルとなるような研究チームを創出することにより、本学の研究力の底上げを図り、現在及び将来の国内外における本学のプレゼンスを高めることを目的とした本学独自のプログラム。

P&Pつばさプロジェクト 研究代表者インタビュー 第2弾

「遺跡出土資料の産地分析に関する新手法開発」 比較社会文化研究院 環境変動部門 准教授 田尻 義了

 ―― これまでの研究について簡単にご紹介いただけますか。

田尻義了先生 自著「弥生時代の青銅器生産体制」と

田尻:私の専門は考古学分野です。考古学は、過去の人類の活動を探る学問ですが、その中でも、私の専門分野は日本の弥生時代を中心に研究しています。

 弥生時代は様々な技術革新が起こった時代ですが、その中でも特に金属器である青銅器の製作技術の解明に取り組んでいます。弥生時代の青銅器は当時の人々にとって初めて手にした金属ですから、「金属器が与えた社会のインパクト」や「どこからその金属器はやってきたのか」というようなことを研究しています。 

 青銅器はお隣の朝鮮半島から製品と技術が入ってきました。そこで私の研究はその時にどのような技術的な変容が起こっているのか、具体的にどのように伝わっていったのかということを解明しています。青銅器は、石や土を素材にした鋳型を使って作りますが、その鋳型自身が、当時の技術の痕跡を一番残しているものであり、その鋳型に私の研究主眼は傾けています。  

 九州の福岡はご存じのように一番、朝鮮半島に近い場所ですから、日本列島の中でも一番はじめに、その技術が伝わってきた場所です。ここが日本の金属文化、金属を作り始めたスタート地点のようなフィールドなので、九州大学で、このような研究をさせてもらっています。 

 これまでの研究の多くは、形を詳細に観察し、「資料同士を比較して、これは似ている、似ていない」、「あの遺跡で類似した資料が出土している」などと議論していましたが、資料そのものの化学組成等に関しては十分に分析されていませんでした。 

 そこで私達のチームでは青銅器を製作する際に使用した鋳型の石材は何なのか、どこで産出する石を使用しているのかなどについて解明したく思い、岩石学をはじめとする先生方と連携することで、新たな展開が出てきていて研究を推進しているところです。

―― 異分野融合というのは自然な流れということでしょうか。

田尻:そうです。逆にそうしないと、既存の分野でやっていても仕方がないわけですし、考古学は「過去を考える」ということで、あらゆる学問分野から過去を探れるはずですので、通常の流れの中で連携しています。 
 

 これまでも進められていますが、今後、考古学が発展していくためには、いわゆる発掘調査は当然行わなければならないのですが、それがどのような物質で構成されているのか、どこ由来なのか、どうやって作ったのかという点などをより一層分析しないと、次の段階には進めません。
 

 私が所属しているアジア埋蔵文化財研究センターでは、文化財調査法開発部門、精密分析部門、歴史上法研究部門と3つのチームとに分かれていますが、過去を明らかにするのであれば、それらが融合せざるを得ません。既存の今までの分野間の垣根を取り払っていかないと、過去は明らかにならないということです。

―― 今回「P&Pつばさプロジェクト」に「遺跡出土資料の産地分析に関する新手法開発」というテーマで採択されましたが、応募に至った経緯をお聞かせ下さい。

P&Pつばさプロジェクト「遺跡出土資料の産地分析に関する新手法開発」

田尻:とてもラッキーと感じました。自分たちが日々やっていて、まだ、いろいろ模索しながら進めていることを、このプロジェクトが支援・応援してくれると思いました。普段から会って、よく話し、議論しているメンバー間で、研究の資金的には厳しい現状でしたので、このような枠があるなら当然応募しようということになりました。

―― このプロジェクトで目指されているのは、非破壊分析、または極微小な破壊によって、考古資料に対する定量的な分析をされるということですね。なぜ、これまでもっと活用されてこなかったのでしょうか。

田尻:遺跡から出土した資料というのは、文化財として扱われます。基本的に、これは国民共有の財産である。誰か個人が所有権を持つのではなくて、みんなのものです。その貴重な文化財を、後世にそのまま伝えていきましょうという考え方があります。基本的に破壊することは咎められ、「現状のまま後世へ残す」というスタンスです。

資料を採取するための機器

 このような考え方の中でも、これまで資料を少し破壊してサンプルを採取し、より詳細なデータを取得するための「破壊分析」という方法がありました。しかし、やはり資料が壊れて失われる部分がありますから、極力避けなければいけないという現状でした。したがって、資料は基本的に破壊しない。でも、破壊しないと、詳細なデータを取ることができない。その相反するせめぎ合いが、どうしてもありました。 
 

 このプロジェクトでは、資料の破壊を極微小にして最大限のデータを取ることを目的にしています。
 これまでのようにサンプルの採取に伴って、資料が失われてしまうのではなく、サンプル採取に伴う破壊を非破壊、準非破壊という枠組みで取り組んでいこうとしています。
 

 対象資料をずっと外側から見ていても、多くのことはわかりません。「この石器と、この石器の岩石は似ているじゃない?」と言っても、本当に一致しているかどうかは分かりません。

 一部壊すということはあっても、データが得られて、過去の歴史をきちんと復元できるのであれば、資料の一部を壊すということも有りではないかと考えています。だたし、そのサンプルの採取に伴う破壊は、非破壊、準非破壊という枠組みです。このサンプル採取のあり方、方法論の開発が現在進めているプロジェクトの特徴です。

 遺跡の中から出土している資料は、大概壊れています。完全な形のものは、なかなか出てきません。折れていたりとか、破損していたりとかしています。多くの場合は、当時の人は使っていたものが壊れたから、捨てているのでしょう。そこで、本プロジェクトでは、その壊れた割れ口からサンプルを採取する方法を試みています。割れたところからサンプルが取れるのであれば、それ以外の外形は残るわけです。今までは、外形も壊すというところで、ジレンマがあった部分を、壊すけど、こういう取り方でサンプルを取るならば外形情報も残るわけです。

 もう一つ進めているのは、人の歯の分析、ストロンチウムの分析です。レーザーで焦点を絞って、一部、傷がつくといえばつくのですが、肉眼では見えない極微小領域でデータをとっています。「文化財を保存・保護していく。後世に残していく取り組み」と、「最大限の情報をとる」ところのバランスをとるような形を取ろうということで、いくつか研究を進めている状況です。

―― 保存という目的と分析という目的を両立する、お互いの妥協点を探るということですね。

田尻:そうです。一番そこが難しいです。

―― 今回、手法が確立したとして、先生が一番明らかにしたい、一番注目していることはありますか。

田尻:例えば、石器の話でいくと、バスで伊都キャンパスに来る時に、「横浜西」というところでバスを曲がりますよね。その曲がり角の先に「今山」という山があります。その今山は、考古学の分野では有名なのですが、弥生時代の石斧を作った遺跡です。この今山の玄武石を、どうも弥生時代の人は、とても好んだらしく、九州の北半一円、だいたい熊本から長崎、豊前くらいまでの範囲で、今山で作った石斧が広がっています。

 弥生時代は稲作が入ってきて、水田をつくるため開墾をしていきます。ですから、開墾のためには木を伐採するための石斧が一番重要なわけです。これがないと、開墾できず水田が作れない。そのために必要な石斧が、いろいろな遺跡から出土しています。 

 しかし、これまでは出土している資料に対し、肉眼観察で「形や色、質感から、多分、これ、今山の石でしょ」とされてきました。じゃあ、本当に今山の玄武石なのかどうか、きちんと分析するということをやっています。

 弥生時代の人たちが、ここの石を使って石斧を作っていたことが本当に明らかになれば、「どういう社会だったのか」、「誰が運んだのか」、「どういう形態で、ものが動いていたか」ということが、ようやく次に議論ができるわけです。分析することで、これまでの研究状況が変わります。 

 土器でも、やはり観察情報に則った研究だけでなく、きちんと分析しないといけません。どこの粘土で作った土器なのかが分かれば、人の交流などもっといろいろなことがわかります。あと、金属器である鉄器や青銅器に関しては、同位体分析も含めてどこの原材料を使用していたのか解明したいと考えています。 

 それから、人の歯のストロンチウム同位体比分析は、まだ、実施事例が少ないです。人が水を飲むと、水の中に含まれているストロンチウムが歯に吸着していきます。歯は幼い時に全部出来上がってしまいますから、定住社会では「どこの川の水を飲んで、小さい時に、成長したのか」、ということが判明します。

 墓地遺跡でたくさん人骨、歯が出てくるようなところで、多くの人の歯を測っていくと、多くの人の歯のストロンチウム同位体比で同じ値が出れば、それらの人々は同じ水を飲んでいたであろうと推定できます。すなわち、その墓地を営んだ母集団です。そして、少数のグループに分かれた人々は、別の集落からきたと推定ができるわけです。

 それを隣接する複数の遺跡でやっていくと、この人は隣の村から来た人ということが分かってきます。先史社会の人の動きは、主に婚姻によるものでしょうから、過去の婚姻関係が復元できます。

 考古学は過去の人々の営みを復元することですから、先程の「石器や土器が動いた」ということをただ単純に解明するのではなく、そこからその道具を使用していた人々の動き解明していきます。物的証拠から、歴史の一断片を少しずつ明らかにしていくのです。こうした事実を一つ一つ明らかにしていくということが、今日の日本人につながってくることだと思います。

―― 「つばさプロジェクト」をひとつのきっかけとして、今後もう少し大きなプロジェクトに挑戦していこうという気持ちはありますか。

田尻:このメンバーでは、まだまだできる範囲の仕事は限られていますから、学内外のもっと多くの人を巻き込んでいくことで、いろいろなデータが出せるのでなないか考えています。我々は石器、土器、金属器、歯のことをやっていますが、他にも様々な資料が遺跡からは出土しますから、そういったものも分析できるようにいずれはなりたいと思っています。

―― 10年後、20年後と考えた時に、今の考古学からは、もっと大きく発展していくのでしょうか。

田尻:「遺跡から、こういうのが出ました」ということを後世に伝える使命と、「それが一体何なのか、どういうものなのか」ということを、外形情報からいろいろ判断するのは、これまでの考古学の蓄積したノウハウがあるので、それなりの実績があるのですが、さらに科学的なデータをとることで、「見た目は似ているけど、実は違う」ということが明らかにできます。

 また、今回のプロジェクトのように新しい分析法もどんどん取り入れていくでしょう。考古学自体が進化していきますし、もっと過去が具体的に明らかになっていくと思います。

 新しい事実が出て来れば、これまで考えられていた定説が変わってくるということもありえます。先ほど、今山の石斧が各地から出ているという話で、今山とされてきた資料の中で、実際には今山の玄武岩ではない資料が出てきました。

 やはり、違うこともあるんだと。逆に、これは確実に今山の玄武岩でつくられているという資料も確認できました。有名な佐賀県吉野ヶ里遺跡出土の資料には、確実に、今山から石斧が運ばれています。そのような1個1個の事実の積み重ねが、既存の定説と言われていることを、どんどん変えていきます。

―― 最後に学生のみなさんへメッセージをいただけますか。

田尻:考古学は「過去のことを明らかにする」ことですが、「過去のことを明らかにして、何の意味がありますか」と、聞かれたことがあります。実学的に、「こうすると、みんなの暮らしに役にたちます。だから、この研究は意味があります。」というように説明できるかというと、単純には説明できないです。しかし、考古学は「人がどうやって今現在まで来たのか」ということを明らかにすることですから、今の自分たちの立ち位置が分かりますし、いわゆるアイデンティティーの確立に繋がります。

 過去の人々の息づかいを1個1個明らかにすることは、日々のみなさんの心の持ち方に、きっと関わってくるでしょう。過去を知らない人は、今と未来がぶれます。おそらくいろいろなところで生きていくことが難しくなるでしょう。ですから考古学は重要な学問だと思います。日々私たちは今日のこと明日のことを心配して生きていますが、足下には多くの過去が繋がっていると思います。

 もし学生さんが、考古学に興味があるのであれば、発掘を体験していただきたいなと思います。土の中からものが出てきた瞬間というのは、何物にも代え難い。それが、例えば、壊れた土器の破片だったとしても、「ここで人々が生活していたんだ、こんなものを使っていたんだ」という体験をすると、やみつきになるというか、やめられなくなると思います。

 宝探しのようなお宝があるわけではなくて、普通に過去の人々が使っていた日常のものが地面の中にはたくさん残っていて、それを明らかにしていくということは、日々の心が豊かになっていくのではないかと思っています。

先生の研究室でのインタビュー風景

―― 今日はお忙しい中、お話を聞かせていただいて、本当にありがとうございました。

聞き手:学術研究・産学官連携本部 研究推進専門員(URA) 米満彩 (2015年11月)

 

P&Pつばさプロジェクト 研究課題「遺跡出土資料の産地分析に関する新手法開発」

チームリーダー: 比較社会文化研究院 田尻 義了
メンバー: 人文科学研究院 辻田 淳一郎
比較社会文化研究院 中野 伸彦
比較社会文化研究院 足立 達朗
総合研究博物館 米元 史織
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