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音響および映像における「忠実性(fidelity)」の再検討

芸術工学研究院 研究紹介

音響および映像における「忠実性(fidelity)」の再検討

芸術工学研究院 音響設計部門
准教授 城一裕

九州大学芸術工学部城研究室では、音響学とインタラクションデザインを背景に、作品制作を主体とした実践に基づく研究を行っています。メディア・テクノロジーに批評的に向き合い、技術の人間化の一例として、新しい技術のデモにとどまらない表現のあり方を探っていきます。

これは、本研究室のウェブサイト[1]の冒頭に掲げている言葉です。とはいえ、研究を紹介する上で、この言葉だけでは説明不足かと思いますので、以下最近取り組んでいる研究の一つ “音響および映像における「忠実性(fidelity)」の再検討(日本学術振興会科研費 基盤研究(B) 23H00591)” に沿って、具体的な事例を示していきます。

この研究の概要は、

「本研究では、計算機の内部でサンプルないしはピクセルというデジタルデータ(情報)として処理されている音響と映像を、他の自然系における現象として生成する技法を具現化する。具現化に際しては、微生物の発酵(音響)と発光細菌(映像)をその対象とし、自然現象をそのままに観察するのではなく、その繁殖の過程に計算機を介入させることで、単なる自然現象を超えた音響と映像の表現を生み出す技法を検討する。各々の自然系の持つ計算不可能(incomputable)な部分に最終的な表現を委ねた作品の制作と、それら作品の公開による対話の創出を通じて、音響と映像の「忠実性(fidelity)」という観念を再検討する。」

というものです。もう少しその背景を説明すると、ここ数年のAI技術の発展によって(2024年3月現在ですと、音響で言えばsuno.ai[2]、映像であればsora[3]、あたりが分かりやすい例かと思います)。計算機(コンピュータ)の中であれば、ほぼほぼどのような音響も映像も計算によって生成可能なものになってしまった、という現状を踏まえて、さまざまな自然現象に含まれる計算できない要素、より具体的には微生物の繁殖、に依拠した音響や映像を生み出そうとしています。

以下、ぞれぞれの具体的な事例を説明します。

- 微生物の発酵(音響)
音響の生成については、その発音原理として発酵を用いる技法を検討しています。発酵とは、微生物が有機物を代謝してエネルギーを得る行為です。この行為としての発酵により音を奏でるために、本研究では、アルコール発酵にともなって生成される炭酸ガスのはじける音に着目しています。音の生成に伴い、アルコールが生成されてしまうため、酒税法[4]に従ってその他の醸造酒の試験醸造免許を申請し、半年以上の手続きののち、つい先日2024年3月1日に、本学大橋キャンパス内のフードラボ、録音スタジオをはじめとした各種施設を製造所として登録することができました(図)。今後は、まずは韓国の伝統的なお酒であるマッコリと、人類最古のお酒とも言われる蜂蜜酒(ミード)をその素材として、人の手を離れて動き続ける微生物に音の展開を委ねる作品を制作していく予定です。

図: その他の醸造酒製造免許通知書(令和6年3月1日)

- 発光細菌(映像)
映像の生成については、暗いところで自ら発光する発光細菌[後藤, 1975]という微生物に着目しています。ここでは、あらかじめ計算機(コンピュータ)の内部で製作した画像を、デジタルスクリーン製版機という機械を使って、高精細なシルクスクリーンとして出力します。その上で、発光細菌をいわばインクの代わりとしてスクリーンを介して寒天培地の上に塗布することで、自発光する細密な点描画を作り出します。培地に塗布された菌類は、温度や湿度の影響を受けながら繁殖していくことで、時系列に沿ってその内容が不確定に移り変わる映像が生成されていきます(図)[5][6]。

図:発光細菌の変化の様子

以上のように、本研究では、微生物の繁殖という現象に内在する、不確かさ、を積極的に受容していくことで、原理的にその忠実な再現・複製は難しい、音響と映像とを作り出していくことを目指しています。人の意図に基づきながらも、微生物にその変化を委ねていくこれらの実践を通じて、「忠実性(fidelity)」という観念そのものを再検討していきます。

参考文献 

[1] 九州大学大学院 芸術工学研究院 城研究室 https://www.design.kyushu-u.ac.jp/~jo/

[2] Suno.ai https://www.suno.ai/

[3] sora https://openai.com/sora

[4] 酒税法 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=328AC0000000006

[5] 佐伯拓海,城一裕,“A Medium for Images or Luminous Bacteria” 発光細菌とデジタルスクリーン製版を用いた映像の検討,インタラクション2023, pp.344-347, 2023.

[6] Takumi Saeki and Kazuhiro Jo. 2024. ‘イ’(1926) by BioLuminescent Bacteria. In Proceedings of the Eighteenth International Conference on Tangible, Embedded, and Embodied Interaction (TEI ‘24). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, Article 95, 1–3. DOI: https://doi.org/10.1145/3623509.3635320

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准教授 城一裕