|
林灯
教授
九州大学エネルギー研究教育機構
専門分野
燃料電池、材料科学、電気化学
|
産業革命以降、地球の気温は徐々に上昇しています。化石燃料の燃焼によって、温室効果ガス(大部分は二酸化炭素)が大気中に放出されていることが主な原因です。対策を打たなければ、地球温暖化は異常気象の度重なる発生を引き起こすと共に、今や気候非常事態と呼ばれ、緊迫した状態に陥っている生態系に甚大な被害を及ぼすでしょう。
幸いにも、この地球規模の課題に対し、産学官が一体となって立ち向かおうとしています。実際に日本政府は2021年1月、2050年までの「カーボンニュートラル」を宣言しました。目標達成に向けた有望な方法として注目を集めているのが、再生可能エネルギーとカーボンフリー技術への投資と研究です。
「次の世代へつなぐには、環境に優しい、いわゆる『グリーン技術』の発展が重要であり、太陽光や風力、波力などを利用した再生可能エネルギーは非常に優れた選択肢です」と、九州大学エネルギー研究教育機構林灯教授は指摘します。
「ただ、これらのエネルギー源は常に需要に対応できるわけではないため、エネルギーの貯蔵が必要です。短期間の貯蔵には充電式電池が有効で、長期的には、そのエネルギーを水素に変換する方法もあります」。
水素エネルギー研究を牽引してきた九州大学で林教授は、この技術の肝である水素燃料電池の電極触媒の改善を研究の柱としています。
簡単に説明すると、水素は正の電荷を持つ粒子である陽子と、負の電荷を持つ粒子である電子を1つずつ持つ原子です。水素分子が燃料電池に入ると、電極触媒によって分解され、核の成分にそれぞれ分かれます。
電子は回路を通過して発電し、電子が離れてイオン化した水素イオン(陽子)は膜を通過して燃料電池の反対側に移動します。陽子と電子が再び合流すると、酸素と反応して水が生成され、発電の過程で排出される唯一の「廃棄物」となります。
「電極触媒は、燃料電池で起こる化学反応を加速させます」と語る林教授。「その電極触媒は白金ナノ粒子が高分散されたカーボンからなり、多孔質構造を形成しています。その構造を理解することが、効率化の鍵を握ります」。
林教授の研究チームは、電極触媒について調べ劣化を抑えると共に、電極触媒がより高温に耐えながら作動できる方法を探しています。
「劣化のメカニズムを解明することで初めて、それを防ぐ方法の開発につながり、耐久性が上がるのです」と林教授。「例えば、電極触媒上の白金ナノ粒子が凝集して表面積が減少し、性能が低下します。凝集を抑制できる方法を提案できれば、より高い温度でも燃料電池が作動できるようになり、自動車や大型車両での実用性が飛躍的に高まります」。
最近では、再生可能エネルギーから水素を生成する方法に着目しています。水素は水分子を水素と酸素に分解する「電気分解」によって作ることができます。ただ、現在、水電解による水素製造は、化石燃料から得られる電力が使われることが多いです。一方で、林教授のチームは再生可能エネルギーのなかでも、風力発電を利用した研究で、期待できる成果を上げています。
燃料電池や水電解の基礎技術はほぼ確立していると、林教授は考えています。ただ、「水素エネルギー社会」の成功には、効率と実用性の向上が不可欠であり、優れた触媒の存在とは、そのパズルのほんの一部に過ぎません。
「この技術は、世界のエネルギー問題を解決する可能性を秘めています。ただ、それには水素インフラの研究など、様々の方向からの研究も必要です。」と林教授は説明します。「だからこそ、学生の教育にも力を入れています。水素エネルギー社会の実現に寄与できる優れた研究者や技術者を育てたいと考えています」。
「世界中の取り組みを通じて、今後10年間で、燃料電池自動車がさらに普及し、30年以内には、船舶や飛行機といったより大きな乗り物で水素が利用されることが期待されます」と林教授は語ります。