2023.01.24

エネルギー資源を”5W1H”しよう!

~次世代の研究者を育て、日本を真の資源大国に~

工学研究院 地球資源システム工学部門 エネルギー資源工学講座

助教 喜岡 新(きおか あらた)

 金属鉱物、石油・天然ガス、石炭、地熱など、私たちの生活を支えるさまざまな資源の成因から、探査、開発、採掘、処理、リサイクルに至るまでの一連の新技術を対象とする地球資源システム工学。近年では、CO2回収・利用・地中貯留技術や、深海底(メタンハイドレートやレアメタルなど)および月や火星(水やレゴリスなど)といった、人類にとってのフロンティアにおける資源探査・開発技術の研究も活発化しているようです。このような幅広い研究領域をもつ地球資源システム工学の中で、地球惑星表層学・界面物理化学・離散体工学という3つの専門分野を柱に研究を展開する喜岡新先生。理論や実験的な研究だけでなく、研究のために世界中のさまざまな場所に出かけるという喜岡先生の詳しい研究内容や教育に対する思いについてお話を伺いました。

Q1.

地球資源システム工学とはどのような学問ですか?

 簡単にいえば、私たちの生活を支えているエネルギー資源について“5W1H”する学問です。
 WHAT「エネルギー資源として使えるものは何か」、WHO「使えそうなエネルギー資源とはどのような物質なのか、どういった性質をしているのか」、WHERE「ほしいエネルギー資源はどこにあるのか」、WHY「そのエネルギー資源はなぜそこのあるのか」、WHEN「必要なエネルギー資源はいつ枯渇してしまうのか」、HOW「そのエネルギー資源はどれくらいあるのか、どのようにしてエネルギー資源を有効的につかうのか」。そのすべてのクエスチョンに答えるのが地球資源システム工学です。
 そのため、地球資源システム工学という学問は、その学問分野や求められる役割が非常に広いのが特徴です。具体例を挙げると、最近ニュースで良く聞くようなCO2削減、脱炭素あるいはゼロエミッション、さらには環境負荷低減、再生可能エネルギー、資源のリサイクルや微生物を使ったバイオテクノロジーなども地球資源システム工学が対象とする重要な研究分野のひとつとなります。九州大学の工学部地球資源システム工学科(工学部第IV群)には7つの研究室があり、地球資源システム工学の上流から下流まで、教育も研究もすべてカバーしています。それは実は日本では九州大学だけ。そのため、地球資源システム工学では九州大学が日本一である、という評価をいただいています。

Q2.

先生の専門分野と研究内容を教えてください。

 私の専門分野は地球資源システム工学の中でも、地球惑星表層学・界面物理化学・離散体工学の3つです。
 地球惑星表層学は、その言葉の通り、私たちが住んでいるこの地球の表面、そして地球以外の惑星や衛星の表面で起こる現象について研究する学問。人間にとってアクセスが難しい場所を「フロンティア域」と呼びますが、地球上にもフロンティア域があり、その一例として、私は水深6,000メートルよりも深い超深海と呼ばれる場所の研究をしています。そこは人間が行けるところではないので調査が進んでおらず、「月や火星よりも未知の場所」なのです。最近の私たちの研究で、超深海の海底は地球上で最も深い場所なのでたくさんの物が溜まっていることが世界で初めてわかり、そこに使えるエネルギー資源がある可能性も出てきています。世界中の海洋のうち超深海が占める面積はたった1%しかありませんが、日本は世界一の超深海保有国なので、大きな可能性を秘めているのです。国際的な専門家チームを構成して、いろいろな国の研究船で調査に出かけ、音波を使ったり海底にボーリング器材やロボットを下ろして調査するのですが、超深海は他の海域よりずっと深い場所なのでなかなか調査が進んでいないのが現状です。さらに最近では、地球の超深海での知見を活かして、学生といっしょに月や火星での研究を進めており、すごくワクワクしています。

水深が6,000mより深い海は超深海と呼ばれる。水深5,000〜6,000mの海域を黄色、水深6,000m以深の海域を赤色で示す。地球上の超深海が占める面積は海洋の全面積のわずか1%しかない。出典:Kioka & Strasser (2022)

 界面物理化学で私が主に行っているのは、ウルトラファインバブルの研究です。径が50〜200ナノメートルぐらいしかない小さな気泡をウルトラファインバブルまたはナノバブルと呼び、日本ではすでにさまざまな分野で使用されています。洗濯機やシャワーヘッドで使われているのを聞かれたことがあるのではないでしょうか。大学院生の頃からウルトラファインバブルに興味があったのですが、幸運にも九州大学に来てから本格的に研究を開始することが出来ました。
 私はそのウルトラファインバブルをエネルギー資源の研究で使えないかと考えています。例えば、再生可能エネルギーのひとつである地熱発電といえば、世界的にもこの九州が有名です。その地熱発電所の現場では配管が腐食したり詰まることがよくあり、修繕にコストがかかっているのですが、簡単につくれて安価なウルトラファインバブルを使って、腐食や詰まりが防げるということが学生との共同研究でわかりました。これも世界初の研究例です。配管の掃除にウルトラファインバブルを使えば化学薬品を使う必要がないので、環境にやさしいというのも魅力。最近では学生といっしょに、他の地球資源やクリーンエネルギー分野だけでなく、農業や掘削分野への応用研究にも挑んでいます。
 離散体工学は、粒子などの相互作用について研究する学問。例えばオフィスがコーヒー豆で溢れるほど私はコーヒーが大好物なのですが、コーヒー豆や粉など、集まったり離れ離れに散るものが対象となります。粉状体学とか粉体工学と呼ばれる分野もこれに含まれます。さらに、それを社会科学に適用し、人の行動や人の意見をひとつの粒子に置き換え、数理物理的に考えるというものもあり、これらは社会物理学と呼ばれる学問分野に含まれます。実は、これも再エネの研究に応用でき、学生といっしょに取り組んできました。例えば、地熱発電所を建設しようとする際に最も難しいのは地域住民との合意形成だといわれています。再エネでは地域に根ざした開発が重要なのです。その際に離散体工学を用いれば、地域住民の行動や意見の変化を数式化できるので、九州大学のスパコンITOを使うことで複雑なシミュレーションをすることができます。将来の再エネ開発にも役立ちますね。

ドイツの研究調査船「Sonne号」。世界中で数少ない超深海調査能力をもつ研究調査船。喜岡は1つ前の古い「Sonne号」も合わせて2度乗船しました。Credit: Universität Hamburg / LDF /M. Hartig / Meyer Werft

Q3.

3つの専門分野につながりはあるのですか?

 一見バラバラに見える研究たちにも実はつながりがあるのです。例えば、超深海の底にどうやって物が溜まっていくのか、ということを理解しようとするときには、膨大な数の粒子の動きを相手にするので、離散体工学の知見が欠かせません。そして、超深海に溜まったエネルギー資源に有用な物質をどうやって回収するのかを考えたときに役立つのが、界面物理化学で私が研究しているウルトラファインバブルなどの微小な気泡です。超深海にある物を回収しようとするときに、ロボットを使ってスコップで回収…となると、そこにいる生態系を破壊してしまう恐れがあります。そこで、超深海に無害な微小気泡を発生させ、溜まった小さな粒子たちに吸着させることができれば、海底の環境を乱すことなく、そのまま海面へと上がってきてくれるはず。それを実現させたくて、ウルトラファインバブルの研究を進めています。深海底から発生し得る天然のウルトラファインバブルも観測してみたいです。

ウルトラファインバブルを添加した水に青色レーザーを照射している様子。ウルトラファインバブル生成と同時にウルトラファインバブルより大きめの気泡も生成してしまうので、レーザー照射によって大きめの気泡が消失することを確認している最中の様子である。

Q4.

学生を指導する上で、先生ならではのこだわりはありますか?

 学生を指導したり、いっしょに研究をするときに気をつけているのは、できるだけ主体性を尊重するということ。こちらからテーマを提案するのではなく、学生に「どういうことをやりたい?」と聞いて提案してもらうようにしています。学生は既存の研究分野の型に囚われない柔軟な発想や思考力をもっているので、それをなくしてしまいたくないし、自らアレでもないコレでもないと頭をグルグルさせることで考える力も身につきます。その方がお互いワクワクするような研究ができるし、良い相乗効果も必ず生まれるはずです。そうすると実際に「なんか面白い結果が出たんですよ〜。ちょっと見てください!」「すごいことが分かりました!議論しましょうよ!」などと興奮気味に教えてくれる学生の姿に立ち会えます。これが私にとって何よりのご褒美です。これまで本当に良い学生ばかりに恵まれてきました。
 実は、私の学生時代の指導教員がそのスタイルで、私にも「やりたいことを好きなように進めていくといいよ」と言ってくれていました。主体性と将来の研究スキルを身につけるためにそうしてくれたのだと感謝しており、私も同じように学生を指導したいと思っています。実際に取り組んでみて分かったことなのですが、こういう指導方法は、指導側の能力や柔軟な対応力が求められます。まだまだ能力不足ですが、私の体力が続く限り同じスタイルを貫き、学生のやりたいことに寄り添っていくつもりです。もちろん学生自身に多くを任せれば、何をすれば良いか迷ったり失敗したりを繰り返すことになるのですが、例え99回失敗しても100回目でうまくいけばいいのです。結果的にうまくいけば万々歳ですが、一番大切なのはそのプロセスですから。

Q5.

今後の展望について教えてください。

 研究は一人では出来ません。ですので、新しい研究にいっしょに挑む次世代の若手研究者の育成が重要です。そういう点で、研究と教育は一心同体で一括りで考えなければいけません。日本の研究力が低下していると言われていますが、学生の主体性を尊重したスタイルで、一人ひとりの研究力を育てていきたいと考えています。そうすれば日本全体の研究力が高まり、私たちの次の世代には日本を真の資源大国にしていけるはずです。
 私自身の研究も、これまでは自分の興味に沿って動いてきた部分があるのですが、これからは誰かの暮らしを豊かにすることに重きをおいていけたらと思います。もっと社会に還元できる研究ができたらいいですね。私は野球少年だったので、メジャーリーグで超一流の活躍をされている大谷選手のように何かと何かの二刀流で活躍する「九州大学の二刀流プレーヤー」になれたら。その“何か”を見つけていきたいです。

PROFILE

喜岡 新(きおか あらた)

経歴

2016年東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了(博士(理学))。
レオポルト・フランツェンス大学インスブルック地球惑星科学研究科オーストリア科学財団ポスドク研究員などを経て、2019年に九州大学に着任。2021年より現職。