
九州大学とイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校が学生向け2週間の夏期プログラムで連携強化
8月13日から26日まで、九州大学の学生11名(農学部生6名、生物資源環境科学府生1名、共創学部生4名)が、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で、イリノイの農業や環境、地域住民に焦点を当てた研修プログラムに参加しました。
The original English version of the interview can be found here
プログラムと大学間連携について
本プログラムは、九州大学農学研究院とイリノイ大学College of Agricultural, Consumer & Environmental Sciences(ACES)国際プログラム室が共同で企画したものです。学生の問題解決能力を高め、国際的視野を広げることを通じて、環境および食分野における将来のリーダー育成を目指しています。今回は特に、環境・農業・人間の相互関係に着目し、イリノイ州中部の文化、農業を起点とするフードバリューチェーン、環境システムについての包括的な理解を深めました。環境・食料に関連する国際的な教育研究推進は、九州大学のVISION 2030 にも掲げられています。
両大学の戦略的パートナーシップは、2010年に九州大学でカーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)が開所されたことをきっかけに始まりました。2019年には学術交流協定が更新され、交流は他学部へと拡大しています。今回のプログラム実施は、こうした理念に基づく取り組みの一環です。
農学研究院の中村真子教授は、プログラム企画の経緯について、次のように語ります。「2023年7月、イリノイ大学の国際教育・研修部門ディレクターであるマット・ローゼンスタイン博士が、本学主催のレクチャーシリーズに参加するために福岡を訪れました。その際、イリノイ大学のロバート・J・ジョーンズ学長が植物生理学の第一人者であることを知り、この出会いを契機にイリノイ大学と九州大学農学研究院の間で学生プログラムを企画するアイデアが生まれました」。
2023年9月には、ジョーンズ学長を含むイリノイ大学の一行が本学を訪問しました。その際、中村教授が農学研究院をジョーンズ学長に紹介し、教育・研究交流プログラムについて議論を深めました。さらに、翌2024年3月には、中村教授と九州大学国際教育ナビゲーションセンターの廣政恭明教授(当時は農学研究院准教授)を含む本学代表団がイリノイ大学を訪問し、ACESを視野に入れながらプログラムの実施に向けた協議を続けました。
「このプログラムでは研究と教育の両方を重視したいと考えていましたが、2週間という短期間で両方に焦点を当てるのは難しいと感じていました。その中で、ACESから教育に重点を置く提案があり、より効果的なプログラム構成が実現しました」と廣政教授は振り返ります。
研究とコミュニティとのつながり
プログラムでは、イリノイ大学の科学、食品、農業研究のさまざまな分野に焦点を当てた活動や講演が多く実施されました。学生たちは、食品科学研究所、統合バイオプロセス研究所、食肉科学研究所などの施設を見学し、各研究所の運営に携わる研究者から話を聞きました。研究者からは、研究所で行われている最先端の研究やそれらがどのように地域社会に還元できているか説明を受けました。
また学生たちは、地域コミュニティにおける体験や生活についても学びました。イースタン・イリノイ・フードバンクでのボランティア活動に参加し、食料不安や、助けを必要としている人たちへの支援インフラについて理解を深めました。さらに、プレーリー果樹園・酪農場(Prairie Fruits Farm and Creamery)とソラ・グラティア農園(Sola Gratia Farm)の見学を通じて、地方の農業ビジネスの動向や運営について新たな知見を得ることができました。



プログラムに参加した学生たちにとって、トウモロコシや大豆を生産する地元農家の訪問は印象的な体験の一つとなりました。アーバナ・シャンペーンに到着した学生たちは、上空から見渡す限り広がるアメリカ中西部のトウモロコシと大豆畑を目にし、そのスケールの大きさに衝撃を受けました。地元農家の方々と交流する中で、大規模農場の運営における経済的・技術的手法について理解を深めただけでなく、農作業の科学的・環境的な影響、特に遺伝子組み換え作物(GMO)の使用に関する議論は、学生たちにとり重要な学びとなりました。

「私は二年次に『遺伝子組換え生物の利用と制御』という授業を受け、その中で日本がどのようにGMOに対して厳格な規制を行っているのかを中心に学びました。しかし、19年間日本で育ってきた私には、なぜ海外と日本でそのような差が生じているのか、また、その差は如何にして生まれたのか、漠然とした疑問を持っていました」と農学部2年川村日向大さんは言います。「今回の短期研修は、丁度いい機会だと考え、このプログラムを通じてその疑問を中心に学ぼうと思いました。その結果として得られた感想ですが、アメリカの農業規模では、そうした規模でなければ農業が成立しないのだろうということ、日本では日本人の食文化や感性に合わせた農業が発展しているという2点が挙げられます。」

日本とは異なり、アメリカの大規模農業では大量の農薬や肥料が農地で使用されています。その結果、農地だけでなく、水系や下流の環境にも多大な環境汚染が引き起こされています。学生たちは地元の大規模農場を訪れ、遺伝子組み換え作物を活用して化学農薬の使用を減らす取り組みや、バイオリアクターを用いて余剰肥料からの窒素除去を行うなど、地元の生産者たちが進めている汚染防止の取り組みについて学びました。「農家の方にお話をお聞ききしたところ、GMO種子を使用することで農薬の散布回数を減らすことができ、それによって作業者や周囲環境への農薬暴露が減少し、農業益虫を殺さずに済むため、環境に優しいのだとおっしゃっていました」と生物資源環境科学府修士1年中村奈三さんは振り返ります。「これまで日本にいた時、『GMOは環境に優しい』と言う人に出会ったことはありませんでした」。
このプログラムは講義や研究ばかりではありません。8月末はイリノイ大学の新入生オリエンテーション週間でもあり、学生たちは活気溢れるアメリカの大学文化を体感しました。屋外での映画上映やスポーツサークルの活動など、キャンパス全体でさまざまなイベントに参加しました。同大学には世界に誇るアメリカンフットボールチーム「ファイティング・イリーニ」があり、その本拠地であるメモリアル・スタジアムで開催された大規模イベント「イリノイ・サイト・アンド・サウンズ」では、学生たちも熱気に包まれた雰囲気を肌で感じました。オリエンテーションの最後を飾るこのイベントで、イリノイ大学の新入生たちは大学スポーツの伝統を体験し、愛校心が芽生え、育まれていきます。


農学部2年古谷真奈さんは「イリノイの人々は、人との関わり方がとても近いと感じました。その一例がFriday Night Liveです。毎週金曜日になると、街のあちこちでさまざまなバンドが演奏を始めるんです。バンドの周りにたくさんの人が集まって曲を聞いたり、様々な年代の人が輪の中心に出てきて踊り出したりしていました。日本だとこういった公共の場で踊りだす人はほぼいないですから。」と現地の様子を語ってくれました。
成長と未来
本学学生の姿は、イリノイ大学側にも印象深く映ったようです。
本学の学生が安心して過ごせるよう尽力した、ACES国際プログラム室のアシスタント・ディレクターのローレン・カープラス氏は、「学生たち一人ひとりに感動しました。親切で、本当に思いやりがあり、どんなことにも意欲的で、すべての経験に感謝する姿勢がありました。学生たちは日本の魅力的な一面も教えてくれました。このプログラムをきっかけに、イリノイ大学の学生が九州大学に行き、さらに個人レベルでの研究者交流が盛んになることを期待しています」と語りました。
「イリノイでの滞在中、ローレン氏には大変お世話になりました。プログラムの準備に多大な労力を注いでくれた彼女のサポートに心から感謝しています」と語るのは、プログラム企画者の一人である、農学研究院の北浩子准教授。イリノイ大学で学生たちと共に参加しました。「今回は学生たちにとって素晴らしい時間となりました。本プログラムが始まる前、学生同士はほとんど知り合いではありませんでしたが、最終的にはすっかり親しくなりました。学生たちがこのようなプログラムに参加できたことを幸せに思います」。

「このプログラムは大成功でした。全員がチームとしても個人としても成長できました。日本を離れて新しいことを経験し、またアメリカの大学というスケールの大きさに触れることで、学生たちは間違いなく新しい視点を得ることができました」と廣政教授は充実感を持って語ります。「九州大学とイリノイ大学との今回の連携を受け、両大学が研究と教育の両面で今後どんなことを成し遂げられるのか期待しています。教育重視のプログラムは今回が初めてでしたが、すでに進行中の研究連携もあります。農学研究院では、本学の平川英樹教授とイリノイ大学ACESのアミット・ライ助教が、作物遺伝子の分野で共同研究を進めています。今後、両大学がより多くの研究分野で連携を構築していくことを期待しています」。
両大学はすでに、2026年にイリノイ大学の学生が九州大学を訪問するプログラムについて協議を進めています。
