About 九州大学について

2021年度 春季入学式(学部) 総長告辞

総長式辞・挨拶等

2021年度 春季学部入学式(令和3年4月5日開催)総長告辞

新入生の皆さん、入学おめでとうございます。九州大学教職員一同、心よりお祝い申し上げます。また、大変な受験の時期をずっと見守り、支え励ましてこられたご家族、友人、関係者の方々にも心よりお喜び申し上げます。

2021年度の学部入学生は留学生32名を含む2,634名です。

今年度は新型コロナウイルス感染症の感染防止対策のため、これまで一同に集い、行われていた学部入学式を二部に分け、第一部では文学部、教育学部、法学部、経済学部、理学部、および芸術工学部の6学部1,114名の(第二部では医学部、歯学部、薬学部、工学部、農学部、および共創学部の6学部の1,520名の)新入生が出席対象となっています。しかし、保護者の皆様のご出席はかなわない状況で式を執り行うことは、とても残念ですが、ライブ配信で式をご覧の皆様と共に、入学をお祝いしたいと思います。

また本日はご来賓に大隅良典先生をお迎えしております。2016年「オートファジーの仕組みの解明」に対してノーベル生理学・医学賞を受賞され、受賞記念講演において「科学を何かに役立てるためのものではなく、文化としてとらえ、育んでくれる社会になってほしい」と訴えられました。私も先生のお話をとても楽しみにしております。

2020年は、新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって、人類は行動変容を迫られ、すべてのことが今まで通りにできなくなった年でした。感染症の全体像が未だ定まっていない中、感染再拡大のいくつかの波を経て一年が経ちましたが、ワクチン接種もようやく始まったばかりで、変異種の拡散も心配されています。私たちはマスクをし、手洗いを徹底し、ソーシャルディスタンスをとるという感染防止対策を講じながら慎重に、しかし確実に安全な社会生活の再開に向かわなければと思います。また皆さんには、本当に大変で悩ましい一年を、多くの制約の中、たゆまぬ努力を積み重ね大学受験に挑戦し、今日、ここに大学生になられた健闘を讃えます。九州大学も皆さんに出会えたことを嬉しく思います。

本日、九州大学伊都キャンパスに足を踏み入れ、椎木講堂で入学式を迎えられた気持ちはいかがですか。まず、皆さんはなぜ、九州大学で学ぶことを選ばれたのでしょうか。そして、何を学ぼうと決めて、それぞれの学部に進学されたのでしょうか。大学教育とは、自分で初めて自分自身の学びを選択し、自分で選んだ学問を専門的に研究的に究め、やり抜き、体系的な知識にするということだと考えています。そして、それをもとに自分の考えを深め、発展させて形にして社会活動に役立てるのです。「なぜ九州大学を、なぜこの学びを」ということを、4年間ないし6年間、折に触れて思い出してほしいと思います。そこにある志が、いろいろな場面で皆さんを支えます。そして、私たち教員と職員も共に、皆さんの学びを支え、保証します。

「人間力」という言葉があります。「社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合力」を意味します。「人間力」は3つの要素からなり、「知的能力要素」としての論理的思考力や創造力、「対人関係力要素」としてのコミュニケーションスキルやリーダーシップ、公共心、規範意識、「自己制御的要素」としての意欲や忍耐力、自分らしい生き方や成功を追究する力です。皆さんが、大学での学びに真摯に向き合い、それを深めることで、論理的思考力や創造力、また他者に対する共感力、粘り強くやり抜く力、挑戦力等も同時に育まれると考えますが、本学の基幹教育をはじめ、クラブやサークル活動や大学生活の日々をも通して、この人間力を身に着け、健全な社会人となることを意識してほしいと考えています。

本学は1911年に設立され、今年で創立110周年を迎えます。創立100周年の節目に掲げた「自律的に改革を続け、教育の質を国際的に保証するとともに常に未来の課題に挑戦する活力に満ちた最高水準の研究教育拠点となる」という理念のもと、「教育憲章」では、その教育は秀でた人間性、教養豊かな社会性、優れた国際性、創造性の高い専門性を有する人間の育成を目指すことを定め、「学術憲章」では、人類が長い歴史の中で探究し結実した叡智を大切にし、これを次の世代に伝えること、その上ですべての学問の伝統を基盤に新しい展開、先進的な知的成果を生み出すことを使命とする、と規定しています。また初代総長の山川健次郎先生は「己が専門の学問の蘊奥(うんのう)を極め、合せて他の凡てのことに一応の知識を有して居らんで、即ち修養が広くなければ完全な士と云う可からず」と訓示され、本学はこの言葉を大切にしています。1年次で履修する基幹教育では、文系理系を問わず、異なる専攻の学生たちが一緒に対話型の協働学習をしながら、論理的思考力を養い、知識そのものをあらたな視点から創造的・批判的に「知識の再生産」を試みる取り組みをします。

大学は人類の長い歴史と伝統の中で築かれ培われた知識の塊です。その集積された知から学び、次の代に伝え、新しい知見を生み出すことがここに集う私たちの使命です。そして今日から皆さんはその一員なのです。本学の110年の歴史と伝統の中で、幅広い研究分野で培われ蓄積された知識と研究が、皆さんの学問に対する好奇心、探求心を掻き立てることを信じています。皆さんはなぜ九州大学で学ぶことを選ばれたのでしょうか。そのことを折に触れて思い出してください。そこに皆さんの学びたいことの原点があります。自分の選択した学びに真摯に向き合い、それを深め、目指した学びを全うしてください。

ここ伊都キャンパスは「総合科学の中枢・実証実験拠点」として、日々2万人が集い最先端の研究や教育が行われています。東西に約3キロ、南北に約2.5キロ、272ヘクタールの広大な敷地に最新の研究棟や椎木講堂などの様々な施設があります。中でも、約350万冊の蔵書を誇る中央図書館は、その機能も構造も秀逸です。もちろん四季を楽しめる豊かな自然に囲まれています。筑紫キャンパスは、物質・環境・エネルギー分野の「先端科学融合拠点」として、大橋キャンパスは、芸術工学部があり、アジアにおける「先端デザイン拠点」として、病院キャンパスは、医学部、歯学部、薬学部があり、世界最先端の医療設備を備え、アジアにおける「生命医療科学拠点」として、特色ある研究教育を展開しています。

私たちが尊敬し、誇りに思う先輩、中村哲先生をご存知でしょうか。

本学の卒業生で特別主幹教授だった中村先生は、2019年12月4日、アフガニスタンで凶弾に倒れられました。この突然の訃報は、中村先生を知る多くの人々にとって大きな衝撃で、大学も未だ悲しみの中にあります。中村哲先生は1973年に医学部を卒業、1984年にパキスタンのハンセン病病院に赴任されました。その後35年間、アフガニスタンのために尽くされました。「飢えと渇きは薬では治せない」と、医師である先生が1600本の井戸を掘り、およそ25キロの灌漑用水路を自ら先頭に立ち建設されたのです。近代技術に頼るのではなく、現地の人々が自らの力で、また後年自分たちで補修等ができるような方法を取り入れ水路を作ることを考え出し、筑後川の山田堰を研究し、あらゆることを自ら勉強し、自分自身で重機を操作して水路建設に尽力されました。その冷静で確実で献身的な思考と行動に圧倒されます。現地で活動を共にしておられた藤田千代子ペシャワール会理事は「現地での35年、そこにはまさに中村医師が、大国に翻弄される歴史の中で絶望し途方に暮れる人々の中に身を投じ、地表をうごめきながら、困っている人に寄り添ってきた姿がある」と綴られています。去る3月21日、中央図書館4階に「中村哲医師メモリアルアーカイブ」が開設されました。夏学期からは基幹教育のなかで「中村哲記念講座」が開講されます。2014年、中村先生が特別主幹教授を引き受けられたとき、「特別主幹教授など自分のような現場人間には縁がないと考えていましたが、お引き受けしたのは訳があります」として、アフガンの戦争、難民、貧困、干ばつ、民族対立などを身近に見て、人類が自負してきた医療や科学技術の無力さを知ったこと、自然と人間との関わりが、今後あらゆる分野で大きな主題とならざるを得ないと考えていたこと、また技術文化が到る所でそのほころびが見えていること、世界観も膨大かつ断片的な情報に振り回され、確固とした支点を失いつつあることなどを上げて、「現場の実情を伝え、母校の微力になればと思っています」と書いておられました。2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的流行をまの当たりにして、中村哲先生のこの言葉は心に大きく迫ります。九州大学は、この中村哲先生の確固たる生き方と揺るぎない想いを繋いでいきたいと考えています。

最後に、アメリカ合衆国のカマラ・ハリス副大統領が昨年11月に演説した言葉を紹介します。

”Democracy is not a state. It is an act.”「民主主義は状態ではありません。それは行動です。」

正確には下院議員だったジョン・ルイス氏の言葉です。民主主義は政治の原理であると共に、経済の原理であり、教育の精神であり、社会全般の人間の共同生活の根本のあり方です。皆さんも社会を構成している一員として、「民主主義は行動である」という言葉を覚えておいてほしいと願っています。

新しい大学生生活が希望と夢に満ちたものであることを祈り、その実現に向けての一歩を踏み出した皆さんに心からエールを贈ります。本日はおめでとうございます。

2021年4月5日
九州大学総長
石橋達朗