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2021年度 春季入学式(大学院) 総長告辞

総長式辞・挨拶等

2021年度 春季大学院入学式 (令和3年4月5日開催)総長告辞

新入生の皆さん、入学おめでとうございます。九州大学教職員一同、心からお祝い申し上げます。また、皆さんをいつも支え励まし、見守ってこられたご家族、友人、関係者の方々にも心からお喜び申し上げます。新型コロナウイルス感染症の感染防止対策のため、ライブ配信でご覧の皆様と共に入学をお祝いしたいと思います。 

今年度の大学院新入生は留学生357名を含む2,453名です。 

2020年は新型コロナウイルス感染症パンデミックで、人類は行動変容を迫られ、すべてのことが今まで通りにできなくなった年でした。感染再拡大のいくつかの波を経験し一年が過ぎましたが、これという効果的な対策もなく、ワクチン接種もまだ1%に満たない状況の中、変異株の拡散も心配されています。私たちは従来のマスク、手洗い、ソーシャルディスタンスを守って感染防止に努めながら、何らかの形で安全な社会生活の再開に向かわなければと考えます。皆さんには、大変で不自由な一年で、多くの制約の中にも関わらず、大学院受験に挑戦し、本日大学院生になられた健闘を讃えます。九州大学も皆さんを心から歓迎します。 

新入生の皆さん、学術の領域にようこそ。
九州大学は1911年に設立され、今年で創立110周年を迎えます。本学が定める「学術憲章」では、長い歴史の中で探究され結実した九大知を尊び、将来に伝えること、その上で、すべての学問の伝統をもとに新しい展開、先進的な知的成果を生み出すことを使命としています。伝統に学び、そこにみられる知的探求を尊びつつ、現代に相応しい知の深化と発展とを指向すること、創造的かつ独創的な学術研究を重視し、学問の自由及び研究者の自律性を尊重すること、人間的叡智と科学的知識との調和に努めつつ、諸々の知の実践的価値を追求していくこと、科学が自然環境と人類の生存とに重大な影響を与えることを常に顧慮し、自らの良心と良識とに従って、社会の信頼に応え得る研究活動の遂行に努めること、をその理念にうたっています。

大学院で学ぶとはどういうことだと考えていますか。もともと好奇心と探究心で目指す学問ですので、楽しいものだと考えます。学部時代に専攻した学びを、教育的に専門的にやり遂げ、体系的な知識や技術にしてこられたことと思いますが、それをもとに大学院ではさらに専門性を高め、新しい知見を得る研究という領域に進みます。 最近は「知の生産」とか「知の創出」とか、そしてそれを「牽引する優秀な人材」などという文言が溢れていますが、「知の生産」はそう容易なことではありません。新しい知見を生み出したり、新しい事実を発見したり、新しい技術を発明することに、人類は多大な努力と忍耐を重ねてきたことは、これまでの大学の学びの中で実感されたのではないかと思います。2020年に起こった新型コロナウイルス感染症パンデミックでは、近年、全世界が同時に、「知らないということ」、「分からないということ」にこれほど狼狽し、その影響を大きく受けたことはなかったと思います。現在、多くの、そして医学のみならず、すべての領域の研究者がこれを解決すべく努力を続けていますが、それが簡単に解決しそうな気配はありません。この「知らないということ」、「分からないということ」から私たちの研究が始まります。「知らないということを知った」、「分からないということが分かった」ということです。すなわち「無知の知」、「不知の知」です。オックスフォード大学の苅谷剛彦先生は「新しい知を紡いでいくためには、知に対して謙虚でなければならないし、自分以外の知の生産者に敬意を払わなければならない。知の生産にとって議論の多様性が重要であることも熟知しているであろう。同じような考えかたの人と議論するより、多様な背景や多様な経験をもった人との交流が重視されるのはそのためである。互いに知の生産者として敬意をはらい合う関係が、多様な学問共同体を支える基本原理である」と書いておられます。皆さんが、これから自分の研究課題に取り組んで考えを深め、発展させ、形にして学術業績として、それぞれの論文に仕上げられたとき、大学は学位で皆さんの業績を保証します。先ほど述べた「学術憲章」に書かれている創造的かつ独創的な研究を目指し、人間的叡智と科学的知識の調和に努め、科学が自然環境と人類の生存とに重大な影響を与えることを常に顧慮し、自らの良心と良識とに従って、新しい自分の研究に取り組み、社会の信頼に応え得る研究活動に励んでください。

新型コロナウイルス感染症のワクチンの開発に貢献したハンガリーのカタリン・カリコ博士は今や話題の人です。1985年に米国へ渡ってm-RNAの研究を続けたのですが、その研究の道は大変険しかったようです。しかし、決して諦めずに研究を続け、今回のファイザー社のワクチン開発の基礎となったといいます。皆さんも、情熱とアイデアと喜びと楽しむ心を持って、そして困難な時もあきらめず、これからの道を進んでください。なぜ九州大学で学ぶことを選んだのか、折に触れてそのことを思い出してください。そこに皆さんの学問への志の原点があります。 

本日初めて伊都キャンパスに足を踏み入れた方もおられるのではと思い、少しだけキャンパスの紹介をします。ここ伊都キャンパスは東西に約3キロ、南北に約2.5キロ、272ヘクタールの広大な敷地に、今から皆さんが使う最新の研究棟や椎木講堂等の様々な施設があります。中でも約350万冊の蔵書を誇る中央図書館は、その建物も機能も秀逸です。その4階に先日「中村哲医師メモリアルアーカイブ」が開設されました。本学の卒業生で特別主幹教授だった中村哲先生の「アフガンに寄り添った35年」を伝えることは九州大学がとても大切にしていることで、先生の想いを伝え、繋いでいく特別な場所となっています。キャンパスは美しい四季を存分に楽しめる豊かな自然に囲まれており、持続可能な社会の実現のための様々な試みを実証する未来を感じる所でもあります。筑紫キャンパスは、物質・環境・エネルギー分野の「先端科学融合拠点」として、大橋キャンパスは、アジアにおける「先端デザイン拠点」として、病院キャンパスは、世界最先端の医療設備を備え、アジアにおける「生命医療科学拠点」として、特色ある研究教育を展開しています。 

私は数十年前、ロサンゼルスの南カリフォルニア大学に留学したのですが、そこで出会った恩師が私のキャリアを決めたといっても過言ではありません。ジョンズホップキンス大学出の新進気鋭の若い教授が率いるドヘニー眼研究所は、当時の日本の研究室とは大違いで、新しい発想で最新の実験に没頭できました。そこでの研究業績が私の礎となったことはもちろんですが、その教授は留学期間だけではなく、生涯に渡っていつも心強いアドバイザーでしたし、共感力や謙虚さを私に教えて下さったと思っています。当時の同僚たちとの今も続くよい関係を含め、「留学した」ということは私の人生の宝物の一つです。皆さんもどうぞ早い時期に一度海外留学を経験し、異文化の中、違った環境の中で自分の力を見極め、さらに磨いてください。 

最後に、これからの研究活動が充実し、実り多いものであることを祈り、その実現に向けて第一歩を踏み出した皆さんに、心からエールを贈ります。おめでとうございます。 

2021年4月5日
九州大学総長
石橋達朗