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2021年度 秋季学位記授与式 総長告辞

総長式辞・挨拶等

令和3年度秋季学位記授与式 総長告示

本日、九州大学の学位を授与された皆さん、おめでとうございます。学士課程72名、修士課程146名、専門職学位課程1名、博士課程194名の合計413名の皆さんに学位記が授与されました。またこの中に267名の留学生が含まれています。
COVID-19パンデミックのため、保護者の方をはじめ関係者の皆さんを、この場に直接ご招待することができず残念に思いますが、ライブ配信をご覧になっている方々とともに、本日の門出をお祝いしたいと思います。大学教職員一同心からお祝い申し上げます。 

昨年来のCOVID-19パンデミックは、国境を越えて発展していた世界中の多くの活動に影響を与え、今なおその終着点は見極められず、私たちの学びの世界も大きな変容を迫られています。特に海外留学生の皆さんには多くの苦労があったことと思います。それらの困難を乗り越え学びを深め、研鑽を積み、本日を迎えられた皆さんの不屈の努力に敬意を表すとともに、とても誇らしく思います。皆さん一人一人の新しい未来に、本学で培った学びが役立つことを願い、これからの活躍を楽しみにしています。

九州大学は今年、開学110年を迎えました。本学の教育憲章の中には「日本及び世界の発展に貢献すること」が掲げられ、学術憲章の中には「古典的・人間的叡知を尊び、これを将来に伝えてゆくこと」及び「新しい展望を開き、世界に誇り得る先進的な知的成果を産み出してゆくこと」を明記しています。これまで多くの学生、教職員が入れ代わり立ち代わりこの理念を脈々と受け継ぎ、優秀な人材を輩出し、すばらしい研究成果を生み出すことで、知の探求と創造・展開の拠点として、人類と社会に貢献してきました。皆さんも、本学で学び、深めた専門性を活かし、培った人間性、社会性、国際性、その他様々な能力を働かせ、人類が直面する課題の克服・解決に貢献されることを期待しています。
皆さんがこれからたくさんの課題に立ち向かわれるとき、折に触れて九州大学を思い出し、また足を運んで下さい。将来、大学を訪れることによって、新たな視点で課題を分析することができる可能性もあります。本学も様々な改革を進めていますので、課題解決の糸口を一緒に探ることができることもあると思います。皆さんの知の原点は九州大学にあります。九州大学も皆さんの心の拠り所となれるように努力、研鑽を積んでいきます。 

作家、帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)氏が『ネガティブ・ケイパビリティ「答えの出ない事態に耐える力」』という本を書いておられます。どうにも答えの出ない、どうにも対処できない事態に耐える能力について書かれた2017年の作品です。彼は、「私たちが「能力」といえば、才能や問題解決能力として捉え、こういったものは学校教育や職業教育で不断に追求されてきたもので、ネガティブ・ケイパビリティとは、その裏返しの能力です。論理を離れた、どのようにも決められない宙ぶらりんの状況を回避せず、耐え抜く能力です。しかし私たちの人生や社会はどうにも変えられない、とりつくすべもない事柄に満ち満ちています。」と書いています。すぐには解決できなくても、何とか持ちこたえていくという考え方があることを心にとめておいて下さい。現代の教育が育成するのはポジティブ・ケイパビビリティですが、「宙ぶらりんの状況を回避せず、耐え抜く能力」すなわちネガティブ・ケイパビリティも持つことが大切です。帚木氏は著述の中でさらに、詩人のジョン・キーツが最初にネガティブ・ケイパビリティの概念に言及したこと、その能力をシェイクスピアと紫式部が有していて、あれほどの作品を世に送り出すことが出来たと引き合いに出しています。この本はとても興味深い本で、日本語で書かれていますが、読まれるといいと思います。帚木蓬生のペンネームは紫式部が書いた源氏物語からとられたと聞いていますが、先生は1978年の本校の卒業生で精神科医でもあります。

COVID-19ワクチン開発の立役者であるカタリンカリコ博士は, 研究資金の打ち切りで、ハンガリーから1985年に渡米されますが、m-RNAの研究はとても困難を極めたそうです。それでもあきらめずに、博士は好奇心と熱意と謙虚さを持った研究者を貫き、そのお陰で私たちはCOVID-19パンデミックの状況を乗り越えようとしています。博士もネガティブ・ケイパビリティを持っておられるのではないでしょうか。

今年3月、中央図書館の4階に中村哲先生の「メモリアルアーカイブ」が開設され、6月には「中村哲記念講座」が開講しました。この8月、アフガニスタンは再び争乱の様相を呈していますが、先生がまかれた揺るぎない姿勢の種が現地で屈することなく育っていくことを祈らずにはいられません。先生の著書で英訳もされている「天、共にあり」の終章にある「人も自然の一部である。それは人間内部にもあって生命の営みを律する厳然たる摂理であり、恵みである。科学や経済、医学や農業、あらゆる人の営みが、自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はないであろう。それがまっとうな文明と信じている。」という言葉があります。困難な環境に遭遇している今の私たちに大切なことを教えてくれます。

九州大学は卒業生とのつながりを大切にしています。海外にも多数の同窓会が設立されています。これからはこれらのネットワークも大いに活用いただき、皆さんの社会における活動をより充実したものにしていただきたいと思います。

終わりに当たり、私からの最後のメッセージをおくります。実社会に踏み出し、明るい未来を探し求めてください。そして、直面するどんな難題にも果敢に挑戦する気概を持ち続けてください。ともに努力し、人々が笑顔で過ごすことのできる社会の実現に向け、歩みを進めていきましょう。

  

2021年9月24日
九州大学総長
石橋 達朗