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2021年度 春季学位記授与式(学部) 総長告辞

総長式辞・挨拶等

2021年度(令和3年度)春季学士学位記授与式 総長告辞

本日、九州大学の学位を授与された学士の皆さん、おめでとうございます。また、学位を授与された皆さんを4年あるいは6年の間、その学びと生活を支え、励ましてこられたご家族、友人、関係者の方々にも九州大学の教職員一同、心からお祝申し上げます。
今年度も昨年と同様にCOVID-19感染防止対策のために、学位記授与式を二部に分け、対象者2577名のうち、第1部では文学部、教育学部、法学部、経済学部、芸術工学部、農学部の6学部、そして21世紀プログラム、計1041名に、第2部では共創学部、理学部、医学部、歯学部、薬学部、工学部の6学部、計1536名に、それぞれの学位が授与されました。共創学部では初めての学士誕生です。
皆さんの学位取得を喜んでくださる関係者の方々を、会場にお招きできずに式を執り行うことを、とても残念に感じておりますが、ライブ配信で式をご覧の方々と共にお祝いしたいと思います。 

皆さんは初めて九州大学に足を踏み入れ、この椎木講堂で入学式を迎えた日のことを覚えていますか。どんな思いを持って、ここで入学式に臨まれたのでしょうか。あの時、この九州大学で何をどのように学ぼうと考えていましたか。そして、本日、学位を取得される日を迎えて、どんな思いを持ちますか。九州大学で何を学び、何を修得できましたか。「大学教育とは自分で選択した学問を探究し、深め、体系的な知識にし、自分自身の考えを掘り下げ、形にすること」だと考えます。その観点から自身の大学での学びを振り返って、皆さんはそれを成し遂げた自信がありますか。
在学中に修得した学びの方法は、これから先の人生においても、ずっと役立つものです。何か疑問に遭遇した時は、大学での学びを思い出して、自分の考えを整理し、その疑問、課題を乗り越えて下さい。 

九州大学は昨年11月、文部科学大臣から「指定国立大学法人」の指定を受けました。国は、世界の有力な大学を目指す可能性を持つ国内10大学を「指定国立大学法人」とし、世界に通用する教育研究活動の展開を求めています。そして本学は指定国立大学法人申請を契機に、大学の未来を担う若手教職員も含めて、全学規模で議論を交わし深め、これからの10年間の本学の方向性、方針を示した「九州大学ビジョン2030」を策定しました。そのビジョンが目指す九州大学の姿は「総合知で社会変革を牽引する大学」です。ここでいう「総合知」とは、本学が持つ人文社会科学系から自然科学系、さらにはデザイン系の「知」を合わせ用い、世の中の複雑な事象を一分野だけではなく、複数の分野の知識を活用して多様な視点で、課題を解決に導く新しい知識と考え方を意味します。現代社会は、持続可能な社会の実現、また人々が多様な幸せ(well-being)を得ることができる社会の実現のために、解決しなければならない多くの問題を抱えています。
それらの複雑な問題の解決のためにも、大学が果たすべき役割は大きいと考えており、九州大学はこのビジョンの実現に取り組むことで、社会変革の一端を担いたいと考えています。このビジョンは、10年先を見据えて九州大学がどう成長したいかを描いたものですが、皆さんも自分自身の10年後、あるいは20年後の姿を思い描き、明確な目標を定めて自分自身を作る新たな世界へのスタートを切ってください。
九州大学は皆さんとのつながりを大事にします。改めて学び直したいと思った時、新たな目標に挑戦したいと考えた時には、ぜひ九州大学に戻ってきてください。再び一緒に学びを進めましょう。 

同じく昨年11月、真鍋淑郎博士がノーベル物理学賞を受賞されました。日本生まれの博士は、米国プリンストン大学上席研究員で90歳ですが、「世界で最もスパコンを使う男」と呼ばれ、1960年代に米国で開発が始まったコンピューターを使って「気候モデル」を立ち上げ、大気中の二酸化炭素により、地表の温度が上昇する地球温暖化を高い精度で予測されたことが評価されました。ノーベル賞選考委員長は「コンピューターを使ったこの気候変動予測の基礎がなければ、二酸化炭素削減の議論はなかった」「気候変動のような複雑なシステムは未知のフロンティアといえる」と述べています。博士が気象の研究を始めた1960年代、天気予報は当たらないというのが通説でしたが、計算科学を駆使して気候予測の精度と信頼性を格段に高め、今や天気予報は私たちの日常の生活や仕事に欠くことのできない指標の一つになっています。受賞後の数多くのインタビューの中で「好奇心」の大切さと熱意とやり抜く力を力説されておられますが、こうも語っておられます。「日本の理科教育では与えられた問題を解くことが出来ても、自分から問題を作るのが苦手な人を多く生み出す。でも、問題を提起する能力がないと研究はできない。一番大事なことは、本当に根本的に重要な問題は何であるかを提起する能力です。自分の本当にやりたいことが何なのかを自問自答して、それをやらないといけない」と。今なお研究の楽しさを熱く語られる博士の姿に「これが学問の本質なのだ」と改めて私たちの姿勢を正された思いを深くしました。

皆さんの中には在学中に中村哲先生の講演を聞かれた方もおられることと思います。
中村哲先生は長年アフガニスタンで医療と人道支援に献身的に携わり、尽力されておられましたが、2019年12月、現地で凶弾に倒れられました。亡くなる前まで本学で講演や講義をしてくださり、私たちが心から尊敬し、誇りに思っている卒業生であり、先輩です。先生は21世紀の、科学技術により高度に進歩した社会、国境を越えて発展する経済、効率と利便性が追求された日々の生活などを「欲望の自由」「科学技術の信仰」と危惧しておられました。近年、世界は地球温暖化による気候変動で自然災害が増え、各地で紛争が絶えず、感染症の流行に怯え、今や地球規模で様々な社会問題がでてきています。先生が2013年に書かれた著書「天、共に在り」は次のような文章で締めくくられています。「人も自然の一部である。それは人間内部にもあって生命の営みを律する厳然たる摂理であり、恵みである。科学や経済、医学や農業、あらゆる人の営みが、自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はないであろう。それがまっとうな文明と信じている」 

2019年末に始まったCOVID-19パンデミックは、例外なく全世界を覆いつくしました。2年以上が経った今も、変異株の出現に右往左往していますが、私たちは行動変容を余儀なくされ、今までの社会生活は大きく制約を受け、経済活動は大打撃を受けています。このパンデミックが一段落した時、私たちは以前の元の生活に戻るのではなく、多くのことを新たに考え直して生活することになると考えます。皆さんは、その真っただ中で九州大学での学生生活を終えようとされております。思い描かれた学生生活とは違ったかもしれません。しかし、迫られる行動変容の中で、新しい学び方、新しいコミュニケーションの取り方を模索し、学びを修められました。それは、感染症流行以前のノーマルの中で学生生活を過ごした人たちとは、違う成長をされたとも言えます。
また、このパンデミックの中で、私たちは隣人と助け合って新しい世界をつくるというところには至っていません。アジア人への差別から始まり、ロシアはウクライナに侵攻し、世界は分断の方向へと向かっているようにも思えます。この時代に、九州大学を卒業される皆さんには、社会を新しい良い方向へ導く一つの力になってほしいと思っています。グローバルシチズンシップという言葉があります。「誰もが地球社会の一員であり、それに参画する責任を持った市民だという意識」です。
今日、皆さんは、大学で学んだことを生かして、社会に役立つ人になろうと大きな希望を持っておられることと思います。今、この時に、人生の新しい一歩を踏み出すことを、「こんな時代に」と思うのではなく、「こんな時代を経験した」ということを力にして、この地球社会の一員、グローバルシチズンであるという意識を大切に、新しいそれぞれの活躍の場への一歩を踏み出してください。
皆さんの希望ある未来を信じ、健闘を祈ります。
本日はおめでとうございます。

 

2022年3月23日
九州大学 総長
石橋 達朗