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2023年度 春季学位記授与式(学部) 総長告辞

総長式辞・挨拶等

2023年度(令和5年度)春季学士学位記授与式 総長告辞

本日、九州大学の学士課程の学位を授与された皆さん、おめでとうございます。本年は2,562名の方々に学位が授与されました。また、この期間4年あるいは6年の間、その学びと生活を支え、励ましてこられたご家族、友人、関係者の方々にも九州大学の教職員一同、心からお祝申し上げます。 

多くの皆さんが入学された2020年4月は、COVID-19パンデミックの真只中でした。新しい大学生活は、自宅でパソコンと向き合う日々から始まりました。共に学ぶ友人たちや先生方と、画面越しにしか会えないという学生生活は、皆さんに大きな制約と行動変容を迫りました。本当に大変なことだったと思います。またこの間に、ロシアのウクライナ侵攻、ハマスとイスラエルの戦闘などと、穏やかではない世界情勢が私たちの日々の生活に影響を与えました。さらに今年元旦の能登半島地震では、多くの方々が甚大な被害を受けられたことは、本当に心が痛みます。本日学位を取得された方の中にも、ご実家など大きな被害にあわれた方もおられます。心よりお見舞い申しあげます。

そのような中で、皆さんはこれまでとは違う学び方を強いられる状況でも、それぞれが学ぼうと決めた分野において学問を探究し、本日の学位授与につながったことを誇りに思ってください。皆さんの努力に心から敬意を表します。 

元旦に発生した能登半島地震で被災した地区の半数は、65歳以上の人の割合が5割を超えていたそうです。人口過疎地で起こった自然災害の影響は大きく、2か月以上たった今でもまだ断水が続いている地域があります。一日も早い復旧・復興が望まれます。この人口過疎や高齢化の問題は、2040年に、日本社会を支える現役世代が約2割減るという日本全体の問題となっていきます。皆さんは、この時ちょうど40歳前後になっておられ、まさに、社会の中核で活躍している世代です。 

4年前あるいは6年前、皆さんは九州大学を選び、大学の学びの世界に足を踏み入れました。「大学教育とは自分で選択した学問を探究し、深め、体系的な知識にし、自分自身の考えを掘り下げ、形にすること」だと考えます。決められた教科の教科書に書かれたことを学ぶのではなく、学びたい分野を選択し、知識を体系化し、新しい考え方を模索することに最初は戸惑いもあったことと思います。それから日々の努力を積み重ね、大学での学びを修められました。大学での学びは、皆さんがこれから飛び出す新しい社会での活動の中で様々な困難や難しい課題にも遭遇する時に、皆さんを支える礎となります。大学での学びを思い出して、自分の考えを整理し、まとめ、アイデアを出し、乗り越えていってください。そして、皆さんは、COVID-19パンデミックの中で大学の学びを修めたという他の世代にはない経験があります。2040年問題を含め、決して明るい話題のあふれる社会ではありません。ただ、「こんな時代に」と、不安に思ったり諦めたりするのではなく、「こんな時代だからこそ」と、大学で培った知識や経験を大いに活用し、世の中のため、人々のために尽くしてほしいと思っています。

暗い話題の多いこの頃ですが、先月17日、H3ロケットの打ち上げが成功したことは 嬉しい話題でした。昨年3月の打ち上げ失敗からの劇的な復活劇、日本の威信をかけた国際競争力を持つロケットの誕生は喜ばしいことです。しかし、失敗の後の挫折と再挑戦は並大抵のものではなかったようです。それでも、一心に失敗の原因をさぐり、新たな装置を作り出していく作業を積み重ねられたプロジェクトのメンバーの懸命さには頭が下がります。「失敗はエンジニアを強くする」プロジェクトマネージャーの岡田匡史氏の言葉ですが、言い得ている気がします。そして、ロケットの発射はいつ見ても感動的で、今回の打ち上げで軌道に乗った衛星から送られた鮮明なアメリカ西海岸の写真にも希望が見えます。 

本学の卒業生である中村哲先生は、2019年、医療と現地の人々の生活の安定のために力を注いでおられたアフガニスタンで凶弾に倒れられました。あれから4年が過ぎ、先生の意志は現地のPMS(ピースジャパンメディカルサービス)とペシャワール会に引き継がれ、困難な中にも多くの活動が進められています。「後継者は用水路」の言葉どおりに、先生が思い描かれたアフガンの人々の希望への道を、現地の人々が自分たちの力で切り拓く活動が始まっています。新たな用水路建設の完成も間近だと聞いています。同じく本学の卒業生である村上優先生をはじめとするペシャワール会とPMSが、先生の揺るぎない想いをつないでおられる尊さを思わずにはいられません。中村先生は、早い時期より、21世紀の科学技術により高度に進歩した社会、国境を越えて発展する経済、効率と利便性が追求された日々の生活などを「欲望の自由」「科学技術への信仰」と危惧しておられました。今の世の中を見ると、その言葉の説得力をまざまざと感じます。また多くの著書の中にはたくさんの心を打つ言葉を残され、それに基づく行動、活動があり、その示唆に富んだ言葉は、深く心に残り、私たち一人一人の、そしてそれぞれの生き方のこれからに、大切なことを教えてくれています。

H3ロケットの成功も、アフガンの人々の希望のある未来にも、困難と失敗と、それを乗り越えるチャレンジが根底にあります。他方、昨今の社会のさまざまな出来事をみていると、失敗に対する寛容性が低下しているようにも思います。それは、多くの人々の希望や挑戦する気持ちを打ち砕くことにつながります。皆さんには、失敗を恐れてほしくはありません。そして、他者の失敗にも寛容であってほしいと思います。様々な問題があるといわれる日本、世界を一歩ずつ前進させるために、失敗をおそれず挑戦する意志と、それを温かく見守ることができる環境が鍵だと思っています。 

九州大学は、2030年に向け「Kyushu University VISION 2030」を実行し、「総合知で社会変革を牽引する大学」を目指しています。本学が生み出す様々な知識、知見から総合知を導きだし、活用して、社会的課題を解決していくことと、DX(デジタルトランスフォーメーション) の推進に取り組み、教育・研究はもとより、社会変革に貢献する活動に取り組んでいます。これからは、九州大学の卒業生として、新しいフィールドで活躍していただき、また九州大学の社会変革を牽引する活動にもつながっていていただきたいと思っています。改めて大学で学び直したいと思った時、新たな目標に挑戦したいと考えた時には、ぜひ九州大学に戻ってきてください。再び一緒に学びを進めましょう。

今日、皆さんは、大学で学んだことを生かして、社会に役立つ人になろうと大きな希望を持っておられることと思います。不確実な時代ではありますが、地球社会の一員であるということを忘れずに、自分自身の想いを大切に、新しいそれぞれの活躍の場への一歩を踏み出してください。

皆さんの希望ある未来を信じ、健闘を祈ります。本日はおめでとうございます。

2024年3月25日
九州大学総長 石橋 達朗