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平成20年度 大学院学位記授与式(2009年3月24日)

歴代総長メッセージ(有川節夫元総長)一覧

平成20年度 九州大学大学院学位記授与式告辞(2009年3月24日)

 本日、ここに大学院学位記授与式を挙行するに当たり、学位記を授与されました修士1,778名、博士345名、そして専門職大学院学位記を受けられた210名の皆さんに、これまでのたゆまぬ研鑽努力に対し深い敬意を表し、心からお祝い申し上げます。

 本日は、ベルギーからレウベンカトリック大学 Martinus Buekers(マート・ブーケルス)副学長に、ご多用中にもかかわらず、ご臨席賜り、ご祝辞を頂けることになっています。九州大学を代表して、ブーケルス副学長に厚く御礼申し上げます。

 九州大学は、明治36年(1903年)、京都帝国大学の一分科として設置された福岡医科大学と、明治44年(1911年)開設された工科大学とをもって、同年(1911年)に日本における第四番目の帝国大学、九州帝国大学としてスタートしました。以来、100年を超える歴史を通じて、我が国を代表する基幹的総合大学として、最高水準の教育・研究・診療活動を行って参りました。大正10年(1921年)9月1日付けで第1号の医学博士号を授与して以来、皆さんを含めて、約25,000名の博士を、そして、約41,000名の修士と705名の専門職大学院修了者を、世に送り出しております。

 皆さんは、九州大学大学院において、また、論文博士の被授与者にあっては、他の研究機関において、それぞれ優れた研究業績をあげられました。今後は、大学院博士後期課程や、企業、教育研究機関、病院、公的機関等において、その経験を活かして、さらに研鑽を続け、指導的な立場で、第一線の研究者・技術者として活躍されるわけです。社会からの皆さんへの期待は非常に大きいものがあります。それは、単にこれまでに培ってきたそれぞれの専門分野を通してのことにとどまりません。日本社会、国際社会の様々な領域・場面において、深い専門性に裏打ちされた高度な指導性が期待されることが多いと思います。

 科学技術や医療の進歩によって、社会や個人の生活は、際限なくとも思えるほど豊かになってきました。しかし、その一方で、大量の化石エネルギーの使用に伴う二酸化炭素の排出等により、大きな世界規模の環境問題を引き起こしています。我が国では、かつて経験したことのない高齢化社会に突入し、社会保障や福祉の面で大きな課題を抱えています。雇用制度に伴う問題もあります。国際社会を見ますと、今なお、地域紛争や自然災害で苦しみ、平和を享受できない人々が数多く存在しています。また、一昨年、アメリカ合衆国に端を発した金融・経済危機は、瞬く間に世界中に伝搬し、市場経済だけでなく実体経済やもの作りにまで波及して、100年に一度ともいわれる重大な社会的問題へと拡大しました。

 本日、修士・博士、専門職大学院の学位記を手にされた皆さんに、いくつかの期待とアドバイスをして、はなむけの言葉としたいと思います。それは、残念なことですが、最近、一部の博士学位取得者に対して、日本における企業や社会からの評価が必ずしも芳しくないと聞かされているからでもあります。

 まず、今も簡単に触れましたような、様々な社会問題や国際問題に対して、単に「大変だ~」というのではなく、これまでの専門分野で培ってきた知識や経験を活かして、それに総合性と統合性をもたせて、「自分はこう思う。」「自分ならこうする。」といった、自分なりの整理と解決策を常に模索して欲しいということです。そして、時折、社会の在り方、人間の在り方を常に意識しながら、人類が直面する様々な問題の解決について提言をしてほしいと思います。そのために有用な考え方として、帰納や類推あるいはアブダクションがあります。帰納は、それまで蓄えられた経験やデータ、情報等を一般化することです。類推は、一つのよく展開された専門的な分野の知識と対比させることによって、今直面している問題の解決のヒントを探る推論です。また、アブダクションは、演繹、帰納と並ぶ第三の推論で、提示されているデータや情報を説明できる仮説を探す推論のことです。こうした知的な活動と結び付いたときにはじめて、皆さんがこれまでに成してきた個々の分野における深い研究成果が、また、皆さんが重ねてきたそこに至るまでの経験が、広く社会一般に役立つことになります。

 もちろん、それぞれの専門分野の探究を、さらに深め、未知の問題を解決し、未踏の領域を極め、専門分野を通じて、直接的に社会や学界に貢献することも当然期待されています。そのために、私自身も大事にしてきた手法があります。「どうやったら自分はそれができただろうか?」と自問してみるということです。これは、情報科学のノーベル賞ともいわれるチューリイング賞受賞者のフロイド教授がその受賞講演で話した言葉です。文脈は「アルゴリズム」ですが、普遍性があります。独創的な発明・発見をした研究者の時代・環境に自分を置いてみて、どうやったらそのような発明・発見に至れるのか、追体験してみようということです。これを、感動するような理論や技術に接したときに普段から試みることをお勧めします。こうして、専門性と総合性をさらに身に付け、社会の要請に迅速に対応し、自由闊達な研究活動を行って学界・社会に貢献していただきますようお願いします。

 最後に、大学院の学位記授与式における恒例となっているようですので、皆さんが手にされる学位記の由来についてお話しいたします。学位記のデザインは、大正から昭和20年にかけて発行された紙幣の図案を数多く手がけられた、磯部 忠一(いそべ ただかず)氏の考案によるものです。輪郭は正倉院御物の古代紋様が描かれ、唐草模様は東大寺三月堂の本尊であります不空羂策(ふくうけんじゃく)観音像の宝冠などに表現された宝相華(ほうそうげ)唐草紋様に酷似しているということです。日本美術の黄金期といわれた八世紀、天平時代の美術作品から採用し、描き起こしたものと考えられます。極めて格調の高い独創的な図案であり、九州大学に相応しいものであるといわれています。 それでは、皆さんの今後のご活躍を願い、告辞といたします。

平成21年3月24日
九州大学総長
有川節夫