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平成20年度 学士学位記授与式(2009年3月24日)

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平成20年度 九州大学学士学位記授与式告辞(2009年3月24日)

 平成20年度九州大学学士学位記授与式に当たり、めでたく卒業される2,650名の学部卒業生の皆さんに、心からお祝いを申し上げます。ここまで卒業生たちを物心両面から支え、励ましていただきましたご家族の皆様、本学で卒業生たちの指導にあたってこられた先生方や学習教育活動を支えていただいた事務系職員の皆様にも、心からのお礼とお祝いを申し上げます。また、本日は皆さんの大先輩である、三菱重工業株式会社相談役の増田信行様にご来賓としてお越しいただき、皆さんにご祝辞をいただくことになっています。増田様に九州大学を代表して厚くお礼申し上げます。

 卒業生の皆さんの多くは、2003年4月あるいは2005年4月に入学し、それぞれ4年間あるいは6年間、九州大学で教育を受け、勉学に励み、また、同級生や先輩後輩との付き合い、社会との関わりを通じて成長し、大きな達成感をもって本日の卒業式を迎えたことと思います。

 この4年から6年の間に世界、国内、本学で実に様々なことが起こりました。世界では、2003年にはバクダッド攻撃が始まりました。このイラク攻撃は、その大義が揺らいだこともあって、イラク情勢は混迷を深め、新憲法は制定されたものの、今なお不安な状況が続いています。本年1月には、アメリカ合衆国では、歴史上初めてという新しい大統領が誕生しました。北朝鮮の核問題を巡る6カ国協議が始まったのも2003年のことです。この問題も根本的な解決のないまま今日に至っています。2005年には世界各地で大規模テロが繰り返されました。原油の高騰が続きました。2007年には、サブプライムローン問題が顕在化し、それは2008年になって、米国発の金融危機となって世界に拡大し、100年に1回ともいわれる世界的危機に陥っています。

 我々は、情報通信技術や交通機関の発達したグローバル社会にいますから、こうした世界における重大問題は、直ちに日本にも波及し、大きな影響を与えます。そうした国際的な問題の他に、日本固有の問題も数多く起こっています。悲惨な事件・事故が相次ぎ、許し難い不正や偽装、怠慢等の数々の背信行為、地震など自然災害も繰り返し起こっています。政治に関して、2005年の総選挙における与党の絶対多数獲得、その後の政権のもとでの参議院選挙における与野党逆転、政権の短期交代の繰り返し等、安定を欠いた国政の状況が続いています。そうした中で、昨秋の四人の日本人科学者のノーベル賞同時受賞は、数十年前における我が国の基礎科学に関する政策の正しさを再認識させ、今後の基礎科学振興の方向性を示唆する明るいニュースでした。

 九州大学に関しては、2003年の九州芸術工科大学との統合は、大きな出来事でした。これは、アート・デザイン部門をもった我が国における初めての基幹的総合大学の誕生でもありました。この年は、国立大学としての最後の年でしたが、実に、多くの大きな組織改革が行われました。また、伊都新キャンパスの起工式もこの年に行われました。

 2004年には、大学は法人化し、「国立大学法人九州大学」となりました。大学の改革は、法人になり法人の裁量の余地が出て、この五年間に数多くのシステム改革がなされました。

 九州大学にとって大きな事業は、伊都新キャンパスへの移転と病院の再開発です。病院の再開発は今年9月に完了し、我が国最大かつ最新の機能を備えた大学病院が完成します。 伊都新キャンパスについては、2005年に、工学系の約半数が伊都キャンパスへ移転し、翌2006年には、工学系の残りとシステム情報科学系が移転を完了し、学生教職員合わせて約6,000人が伊都キャンパスで本格的に教育研究活動を展開しております。そして、この四月には、六本松を中心にした、全学教育全員と、比較社会文化研究院・学府と言語文化研究院、高等教育開発推進センターが、そして今年の秋には理学部数学科、数理学研究院・学府が移転を完了し、学生教職員合わせて約12,000人の本学最大のキャンパスが実現します。この時点で、工学系と数学系においては、念願の新入生から大学院まで、一貫した教育が同一のキャンパスで行われることになります。

 一方で、この3月には、旧制福岡高等学校以来、80年以上の歴史をもつ、六本松キャンパスに別れを告げます。誠に、感慨深いものがあります。この四月からは、九州大学におけるすべての新入学生の学習・教育は、新しい伊都キャンパスでスタートすることになります。そして、再来年、2011年には、総合大学として100周年を迎えます。

 このように皆さんは、世界的に見ても、国内を見ても、また、九州大学にとっても極めて重要な時期に在学し、研鑽を積んできたわけです。日本は、明治以来の教育政策、産業政策によって、驚異的な速さで近代化を成し遂げ、先進国の仲間入りを果たし、戦後の政策や国民の勤勉さ、創意工夫によって、世界第二位の経済大国に発展しました。私は、そこに至るプロセスにおいて日本の基幹的総合大学が果たしてきた教育研究上の貢献は極めて大きいものがあったと考えています。日本では、公害問題やオイルショック、バブル崩壊等から、多くのことを学び、産業界は、技術や経済においてしっかりした対応をして世界を牽引してきました。

 しかし、一昨年から顕在化して、瞬く間に世界中に伝搬した今回の金融危機は、市場経済だけでなく実体経済やもの作りにまで波及して、100年に一度ともいわれる社会的問題へと拡大しました。非正規職員の雇用の問題だけでなく正規社員の雇用問題も日々深刻さを増しています。加えて、日本では、社会保険、国民年金の問題もあります。政治、経済、社会が未曽有といわれるほど厳しい状況の中で、皆さんは九州大学を卒業し、次のステージに進み出るわけですが、これまでもそうであったように、皆さんの、そして日本国民の英知、創意、工夫、勤勉さ、誠実さでもって、必ずやこの難局を克服できるものと信じています。

 これから社会に出て働く皆さんに、また、これから大学院に進学して更なる研鑽を積む卒業生の皆さんに、いくつかのことをお勧めして、はなむけの言葉としたいと思います。

 第一は、これまで話してきましたような内外の大きな問題は、今後とも様々な形で皆さんに降り懸ってくるものと思います。その一つ一つに常に、自分の専門や専攻に関わらず自分なりの現状分析と解決策をもっていて欲しい、少なくとも真剣に考えて欲しいということです。政治や国際問題についても、「自分はこう思う」、あるいは、「自分だったらこうする」といった明確な意見を、つまり、「一家言」を常にもっていて欲しい。そうすることによって、高度に専門的な分野で働くとしても、しっかりした分析力と総合力が自然に生まれ、確かな判断力と指導力が身に付き、それぞれの分野でリーダーとして活躍できるようになると考えるからです。

 お勧めしたいことの第二は、自分を相手の立場に置いて考えてみる習慣を身に付けてほしいということです。相手と自分を入れ替えて、相手の身になって考えてみることによって、自分の主張が、自分が説得しようとしていることが、的を射たものがどうか、普遍性があり受け入れられるものであるかどうか、他者に対して十分配慮されたものであるかどうかが、明確に分かります。相手に対して優しく振舞うことにもつながります。自分自身を観察の対象にして、客観的に観てみるという習慣も同様な意味で重要だと思います。そのための一歩として、教育や交渉、説得、様々な仕事に際して、相手と自分を入れ替えて考える、相手の身になって考えてみる、ということが役に立つと思います。

 三番目は、特に研究開発に携わる人には重要な言葉で、私自身も実践してきたものです。私の専門分野である情報科学の分野には、コンピュータの原理を一九三六年に築いた英国の数学者アラン・チューリイングに因んでチューリイング賞という、この分野では、ノーベル賞に匹敵する賞があります。それを一九七八年に受賞した当時スタンフォード大学の教授であったロバート・フロイド教授が、受賞講演で残した言葉です。少し一般化して言うとこうです。非常に有名になった重要な発見や発明に対して、「自分だったら、どうやったらそれができただろうか」と自問してみよう、というのです。時代を遡って、状況や理論、技術レベルを当時のままに設定して、その状況に自分を置いて深く考えてみる。その発見や発明を自分で再現してみる。そうして、自分の思考法や技術を鍛え、洗練せよ、というものです。これは、皆さんがこれから幾度となく直面するであろう大きな問題や課題を解決する際に大きな力になると思います。

 これから皆さんの新しい人生が始まります。常に、この四年間あるいは六年間、この九州大学で学んだことを誇りに思い、それぞれの持ち場、場面で研鑽を積み、「九大力」、すなわち、「九州大学の力」を発揮してほしいと思います。この九大力には、「九つの大きな力」という意味も込められています。九つの大きな力としては、例えば、「体力」、「知力」、「気力」、「交渉力」、「指導力」、「国際力」、「分析力」、「判断力」、「総合力」等を挙げることができますが、これからの皆さんの人生の様々な場面で皆さんが選び定めるべきものでしょう。

 先ほどの三つに加えて、そういう意味での「九大力」を常に意識し、涵養され、日本を、そして国際社会を牽引されることを祈念して、告辞とします。

平成21年3月24日
九州大学総長
有川節夫