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平成21年度 大学院学位記授与式(2010年3月25日)

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平成21年度 九州大学大学院学位記授与式告辞(2010年3月25日)

 本日、ここに大学院学位記授与式を挙行するに当たり、学位記を授与されました修士1680名、博士 388名、そして専門職大学院学位記を受けられた192名の皆さんに、これまでのたゆまぬ研鑽努力に対し深い敬意を表し、心からお慶び申し上げます。また、皆さんのこれまでの勉学や研究活動を支えて下さったご親族はじめ様々な関係者の皆様に深く感謝いたします。

 本日は、アメリカ合衆国からSynnex Corporation 代表取締役会長 ロバート・ファン様に、ご多用中にもかかわらず、ご臨席賜り、ご祝辞を頂けることになっています。ロバート・ファン様には、この数年に亘り、本学学生の起業家精神と国際感覚の涵養のために多額の寄附をいただいており、これにより、2005年度から起業家精神涵養プログラム「九州大学/ロバート・ファン/アントレプレナーシッププログラム」を実施しております。ロバート・ファン様にはこのように本学の教育の充実発展のために多大な貢献をいただいており、昨日、九州大学名誉博士の称号を授与させて頂いたところです。改めまして、九州大学を代表して、厚く御礼を申し上げます。

 九州大学は、明治36年(1903年)、三つ目の帝国大学を目指して、京都帝国大学の一分科として設置された福岡医科大学と、明治44年(1911年)に開設された工科大学とをもって、同年(1911年)に日本における第四番目の帝国大学、九州帝国大学としてスタートしました。以来、百年を超える歴史を通じて、我が国を代表する基幹的総合大学として、最高水準の教育・研究・診療活動を行って参りました。大正10年(1921年)9月1日付けで第一号の医学博士号を授与して以来、皆さんを含めて、約2万5千名の博士を、そして、約4万3千名の修士と約800名の専門職大学院修了者を、世に送り出してきました。

 博士号取得者の皆さんは、九州大学大学院において、また、論文博士の被授与者にあっては、それぞれの研究機関等において、優れた研究業績をあげられ、研究者として自立して研究活動を行うのに必要な高い研究能力を有すると認定されたわけであります。

 また、修士課程と専門職大学院の修了者の皆さんは、高度な学問を修得し、研究者あるいは高度な技術者、専門職として必要な訓練をされ、着実な成果を上げてこられました。

 今後は、博士課程に進学される皆さんは引き続きいずれかの大学院において、就職される方は、それぞれの職場において、さらに研鑽を続け、指導的な立場で、第一線の研究者・技術者として、あるいは高度な総合職等として、活躍されるわけです。社会からの皆さんへの期待は非常に大きいものがあります。それは、単にこれまでに培ってきたそれぞれの専門分野を通してのことにとどまりません。日本及びそれぞれの母国、あるいは国際社会の様々な領域・場面において、深い専門性に裏打ちされた高度な指導性が期待されることが多いと思います。

 例えば、我が国では、2007年にアメリカで始まりいまだ終焉しない金融危機や、税収の減少とデフレ傾向という深刻な財政状況の中で、昨年の国政選挙によって新政権に交代し、政治は歴史的転機を迎えていますが、依然として様々な大きな課題が提示されています。世界規模での環境問題もあります。こうした課題の解決にも皆さんが長年の努力によって培ってきた英知と経験が期待されています。

 皆さんは、特に博士の学位の取得者の皆さんは、長年にわたる人並み外れた、想像を絶するような努力の成果として、高度で深い専門的な発見をされ、立派な論文に仕上げてきたわけであります。それにも拘わらず、誠に残念なことですが、日本においては、ややもすると、視野が狭く、専攻した分野に対する拘りが強すぎて、協調性が少ない、などと問題にされることがあります。一方、国際社会においては、研究職はもちろんのこと技術者や外交官、官僚、政治家、企業の専門職、総合職等、実に多様な職域で、博士の学位取得者が、社会的にも高く評価され、社会の中枢で活躍しています。名刺交換に際してドクターの称号をよく目にすることからも頷けます。私は、ここに、皆さん方の今後の気持ちの持ち方、物の考え方、ひいては、日本の社会の学位に対する非常に大事な方向性が示されているように思います。

 様々な社会問題や国際問題に対して、たとえ専門外の問題であったとしても傍観するのではなく、これまでに培ってきた知識を活用し、あるいはそこへ至る経験を活用・援用して、自分なりの理解と解決策を常に持っていることが大事だと思います。専門分野を深く掘り下げて極めた分だけ、高みに登り周囲を鳥瞰・俯瞰し、事態を総合的・統合的に見極めて、解決を求められている課題に対して、解決の方向を提言し、社会を先導することが求められているのです。

 そのための有用な方法として、アメリカの哲学者チャールズ・パースの三つの推論と類推を紹介しておきます。解決すべき未知の問題に直面した時、我々は、まず、それまでの体系から典型的な三段論法(モーダスポーネンス)で解決できないかと考えます。これは、これまで、多くの数学的問題で慣れ親しんだ推論の方法で、「演繹推論(ディダクション)」といいます。いうならば、皆さんがこれまでに培ってきた専門的な知識が、直接役に立つ場面です。しかし、そうはいかない問題も沢山あります。そのときは、いくつかのデータや観測された事実からそれらを一般化するなどして知識そのものを推論する「帰納(インダクション)」や、驚くべき事実に遭遇した時に有効な、前提・仮説を推論する「仮説推論(アブダクション)」と呼ばれる推論が有用でしょう。また、類推(アナロジー)も有用です。これは、一つのよく展開された専門的な分野の知識と対比させ、借用することによって、今直面している問題の解決のヒントを得ようとするもので、皆さんも日常生活においては無意識のうちによく使っている推論です。

 こうした問題解決法と結びつけることによって、皆さんがこれまでに成し遂げてきた個々の分野における深い研究成果を、また、そこに至るまで重ねてきた経験を、広く社会一般に役立てることが可能になると思います。そして、その経験こそが、多様な職域において役立ち、期待されているのだということを肝に銘じておいていただきたい。

 もちろん、それぞれの専門分野の探究を、さらに深め、未知の問題を解決し、未踏の領域を極め、専門分野を通じて、直接的に学界や企業、社会に貢献することも当然期待されています。最近、これまでの科学技術は学士や修士の皆さんが牽引してきたが、これからの高度な知識基盤社会における科学技術は、博士の学位取得者でないと難しい、とも言われています。現在は、厳しい状況にありますが、これから、こういった意味でも、また人文社会の分野においても、多様な場面で博士の需要は高まるものと考えられます。修士あるいは専門職大学院を修了して社会に出て、実務面での経験を積み、再び博士課程に進学するという道も開かれています。

 皆さんの今後のご活躍を期待して、私の挨拶といたします。

平成22年3月25日
九州大学総長
有川節夫