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平成22年度 大学院学位記授与式(2011年3月24日)

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平成22年度 九州大学大学院学位記授与式告辞(2011年3月24日)

 去る三月十一日に発生しました東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード九.〇という国内観測史上最大の巨大地震であり、津波などにより二万人を超える犠牲者を出し、また原子力発電所の事故も誘発した未曾有の災害となってしまいました。

 まずはじめに、この東北関東大震災によって尊い命を亡くされた多くの方々、甚大な被害を受けられた方々に心から哀悼の意を表し、お見舞いを申し上げます。今なお、避難を強いられている数十万人の被災地の皆様の一日も早い復興をお祈り申し上げます。今後も予断を許さない状況が続くことが予測されますが、これから復興へ向けて英知を傾けて迅速に活動する必要があります。

 九州大学も可能な限りの支援活動を続けて参ります。

 このような悲惨な状況を深く心に留めた上で、九大百年のこの年に、学位記を授与されました修士 一七三五名、博士 三九六名、そして専門職大学院学位記を受けられた一七九名の皆さんに、これまでのたゆまぬ研鑽努力に対して深い敬意を表します。また、皆さんのこれまでの勉学や研究活動を支えてくださったご家族、ご親族はじめ様々な関係者に厚く御礼を申し上げます。

 九州大学は、明治三十六年(一九〇三年)、三つ目の帝国大学を目指して、京都帝国大学の一分科として設置された医科大学と、明治四十四年(一九一一年)に設置された工科大学とからなる帝国大学としてスタートし、今年、九州帝国大学として創設以来、百周年を迎えました。この九大百年の歴史を通じて、我が国を代表する基幹的総合大学として、最高水準の教育・研究・診療活動を展開して参りました。

 大正十年(一九二一年)九月一日付けで第一号の医学博士号を授与して以来、皆さんを含めて、約二万五千名の博士を、そして、約四万五千名の修士と約千名の専門職大学院修了者を世の中に送り出してきました。

 博士号取得者の皆さんは、九州大学大学院において、また、論文博士の場合は、それぞれの研究機関等において、優れた研究業績をあげ、大学院設置基準やそれを受けて制定された九州大学規則にありますように、「研究者として自立して研究活動を行い、又はその他の高度に専門的な業務に従事するために必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな 学識を有する」と認定されたわけであります。

 また、修士課程と専門職大学院の修了者の皆さんは、高度な学問を修得し、研究者あるいは高度な技術者、専門職として必要な訓練をされ、着実な成果をあげ、「広い視野に立った精深な学識を身につけ、専攻分野における研究能力又はこれに加えて高度の専門性が求められる職業を担うための卓越した能力を有する」あるいは、専門職大学院の修了者にあっては、「高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を有する」と認定されたわけであります。

 今後は、博士課程に進学する皆さんは引き続きいずれかの大学院において、就職する皆さんは、それぞれの職場において、さらに研鑽を続け、指導的な立場で、第一線の研究者・技術者として、あるいは高度な総合職等として、活躍されることが期待されています。

 社会は国内外を問わず、常に大きな課題や問題に晒されています。実際、現在の日本においては、二○○七年にアメリカで始まりいまだ終焉しない金融危機や、税収の減少とデフレ傾向という深刻な財政状況の中で、歴史的な政権交代が行われましたが、昨年の参議院選挙でねじれ国会となり、不安定な状況が続いています。また、今回の千年に一回ともいわれる大災害からの復旧、技術の粋を集め、安全性には十分に配慮されていたはずの原子力発電所で起った重大な事故に関する様々な問題もあります。

 国際社会においては、中東・北アフリカにおける長期独裁政権に反対する大衆の蜂起と政情不安の問題、それを誘導したといわれるインターネットに代表されるネットワーク社会における社会システムの構築・維持といった根源的な問題、環境・エネルギー問題などがあります。

 皆さんには、こうした様々な課題や問題に、これまでに培ってきた英知や経験に基づいて挑戦し、それらを解決することが期待されています。

 しかし、一方で、諸外国と違って日本社会においては、博士号取得者に対する、研究機関を除いた一般の社会からの評価・評判は、必ずしも芳しいとはいえない状況にあります。そのため、博士のキャリアパスが狭められて、安定した職が得難いといった状況も生まれています。博士に対する社会の認識・評価にも問題がありますが、博士の皆さんの側にも原因があるように思います。

 博士の皆さんには、これまでの専門分野で研究活動を続ける人もいるでしょうが、全く違う分野で働く人もいるでしょう。いや、そのような人が大幅に増えるべきだと思います。
大学院設置基準では、博士課程の目的はこれまで長い間「研究者として自立しうる研究能力の養成」としていましたが、先ほど見ていただいたように平成元年に改正し「社会の多様な方面で活躍し得る高度の研究能力」を目的に追加していることからも分かると思います。

 博士の皆さんは、博士論文そのものの立派さだけではなく、一定の期間、与えられた課題、あるいは自ら設定した課題と格闘し、それを解決して、高度な論文として完成させたという経験こそが評価され、企業等では、多くの場合、そうした高度な課題解決の経験に基づいて、そこで抱えている新しい課題を解決してくれるだろうと期待しているのです。また、「自分が専攻してきた分野に拘りすぎて、視野が狭く、協調性がない、関連分野に対する基礎知識や教養がない」などと言わせてはなりません。

 諸外国では、研究職はもちろんのこと技術者や外交官、官僚、政治家、企業の専門職、総合職等、実に多様な職域で、博士の学位取得者が、社会的にも高く評価され、社会の中枢で活躍しているのです。そこでは、大学での研究成果への拘りから解き放たれ、社会において、研究成果を導き出した経験が評価され、活かされていることは明らかです。
そのように成果だけでなく経験を活かすためには、普段から、様々な専門外の社会問題や国際問題に対して、それを単に傍観し、あるいは、単に批判するだけでなく、これまでに培ってきた知識やそこへ至る経験を援用して、自分なりの理解と解決策を常に持つように心がけることが大事だと思います。

 また、常に、専門分野を深く掘り下げて極めた分だけ、高みに登り周囲を鳥瞰・俯瞰し、事態を総合的に見極めて、課題に対して、解決の方向を提言し、社会を先導しようと心がけることが大事です。

 十九世紀の後半に活躍したアメリカの哲学者チャールズ・パースは、問題解決のための推論として、演繹(ディダクション)、帰納(インダクション)、アブダクションの三つが有用であるといっています。

 未知の問題に直面した時、我々は、まず、それが、既知の知識や体系から導き出せないか、すなわち演繹できないかと考えます。実は、これは、皆さんが特に数学的な問題等で慣れ親しんだ方法で、言うならば、皆さんがこれまでに培ってきた専門的な知識が、直接役に立つ場面です。しかし、そうはいかない問題も沢山あります。そのときは、いくつかのデータや観測された事実からそれらを一般化するなどして知識そのものを推論する帰納(インダクション)や、初めての出来事に遭遇した時等に有効な、前提・仮説を推論する「アブダクション」と呼ばれる推論を活用します。アブダクションは、例えば、「山道を歩いていて貝殻の地層を見つけたとき、ここは昔海だったに違いない。」といった推論のことですが、こうした推論の仕方を意識しておくと役に立つでしょう。

 また、類推(アナロジー)の手法も有用です。これは、九州大学で私どもが人工知能の研究の一環として展開してきたのですが、「演繹が効かない時、一つのよく展開された専門的な分野の知識と対比させ、それを借用することによって、今直面している問題の解決のヒントを得ようとするものです。」日常生活でもよく使っている推論ですが、この類推にこそ、皆さんのこれまでの経験が活かされると思います。「歴史に学ぶ」とよく言われますが、これも類推と考えていいでしょう。

 さらに、物事を抽象化してとらえることも、大事だと思います。日本の大数学者吉田耕作先生は、「あなたの話しは、具体的すぎて分りにくい。もう少し抽象的に話してください。」というようなことを言われたといいます。捨象し、抽象化することによって、物事の本質を見極めることも大事だと思います。

 このような推論や思考法等を存分に活用して、専門性と総合性・統合性にさらに磨きをかけて、新しい分野に勇気を持って進出して、学界だけでなく企業や社会の要請に迅速に対応し、大きく貢献してくださるよう期待します。

 本日の学位記授与式には、外国人学生も多数出席しています。九州大学は、皆さんのような諸外国の優秀な若人に教育と研究の場を提供し、また、世界の多くの大学との共同研究プロジェクト等に取り組んでいます。

 今後も、世界第一級の教育・研究と診療活動を展開し、知の世界的拠点大学として、積極的に国際連携を推進していくつもりです。

 本日、学位を取得された皆さんが、さらに研鑽をつみ、様々な形で国際社会に貢献し、皆さんの祖国と日本を結ぶ架け橋となってくださることを期待しています。

 皆さんの今後のご活躍と成功を願いまして、告辞といたします。

平成23年3月24日
九州大学総長
有川節夫