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平成22年度 学士学位記授与式(2011年3月24日)

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平成22年度 九州大学学士学位記授与式告辞(2011年3月24日)

 去る三月十一日に発生しました東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード九.〇という国内観測史上最大の巨大地震であり、津波などにより二万人を超える犠牲者・行方不明者を出し、また原子力発電所の事故も誘発した未曾有の災害をもたらしました。

 まずはじめに、この東北関東大震災によって尊い命を亡くされた多くの方々、甚大な被害を受けられた方々に心から哀悼の意を表し、お見舞いを申し上げます。今なお、避難し不自由な生活を余儀なくされている数十万人の皆様の一日も早い解放と、原子力発電所の事故の収束、被災地の復興をお祈り申し上げます。

 依然として予断を許さない状況が続きますが、まず、国を挙げて、迅速な救済と復興に向けて英知を傾けると同時に、徹底した科学的な調査研究を行い、今後たとえ空前といわれる規模の自然災害に遭ったとしても、その被害を最小限度に抑えうるような国土開発、都市とインフラ整備、原子力発電所の安全性の確保等に日本全体で取り組む必要があります。

 九州大学も、直ちに医師団を派遣し、被災地近辺の外国人留学生の一時受け入れ、義援金の募集、支援室の設置等、可能な支援活動を開始しております。また、最先端の科学技術を研究し教育している基幹的な総合大学として、災害復旧や今後の大規模災害防止のための研究と教育にあらゆる方面から取り組んでいく決意であります。

 被災地の多くの方々が、家族や家や職場を一瞬にして無くされ、未だ消息も確認できない悲惨な状況にありながら、忍耐強く、整然と、礼儀正しく、時には笑みさえ見せて避難所生活に耐え、また、勇気をもって救助・捜索活動を行い、英知を傾けて復旧活動に献身する各種団体やボランティアの方々の姿をテレビ等で知るにつけ、感動を覚え、力強い希望を感じ、逆に勇気付けられます。

 こうした態度や気質、行動規範は、我々が数百年にわたって培ってきたもので、何物にも代えがたく、すべての困難に立ち向かうための根本をなすものだと確信せずにはいられません。

 卒業式間際に、自然の力の測り知れない不気味さ、科学技術の意外な脆さを知らされ、また、究極的に災害に備えるということはどういうことか、高度な科学技術に支えられた社会基盤の絶対的な安全性はいかにしたら確保できるのか等、大きな挑戦も突きつけられたように思います。

 このような状況を心に深く留めた上で、このたび卒業される二五五八人の学部卒業生の皆さんに、はなむけの言葉を贈りたいと思います。

 まず、ここまで皆さんを物心両面から支え、励ましていただいたご家族の皆様、卒業生たちの指導にあたってきた先生方や学習教育活動を様々な形で支えてきた事務系・技術系職員の皆様に、心からの御礼を申し上げます。

 また、本日は皆さんの大先輩である、京都府の前知事で現在京都府公立大学法人理事長をしておられる荒巻禎一(あらまき ていいち)様に、ご来賓としてお越しいただき、皆さんにご挨拶をいただくことになっています。荒巻様に九州大学を代表して厚く御礼申し上げます。

 卒業生の皆さんの多くは、二〇〇五年四月あるいは二〇〇七年四月に入学し、それぞれ四年間あるいは六年間、九州大学で教育を受け、勉学に励み、また、同級生や先輩後輩との付き合い、社会との関わりを通じて成長し、大きな達成感をもって本日の卒業式を迎えたことと思います。

 この四年から六年の間に世界、国内、本学で実に様々なことが起こりました。 世界では、二〇〇五年には世界各地で大規模テロが繰り返されました。二〇〇七年には、サブプライムローン問題が顕在化し、それは二〇〇八年になって、米国発の金融危機となって一〇〇年に一度ともいわれる世界的危機に陥り、二〇〇九年には、メキシコに端を発した新型インフルエンザが世界的に流行しました。二○一○年には、チリ鉱山落盤事故が起き、多数の作業員が長期間地下に閉じ込められましたが救出されました。また、最近では、中東・北アフリカにおいては、長期独裁政権に対する反政府デモが拡大し、今もなお不安な情勢が続いています。

 日本においても、様々な出来事がありました。二〇〇六年以来内閣は短期交代を繰り返し、二〇〇九年には、民主党による歴史的な政権交代が行われましたが、衆議院と参議院の間でねじれ状態が続き、安定を欠いた国政の状況が続き、科学技術や高等教育にも大きく影響しています。

 そうした中で、昨年の「はやぶさ」の宇宙からの帰還や鈴木・根岸両先生のノーベル化学賞同時受賞は、過去における我が国の基礎科学政策の正しさを再認識させ、今後の基礎科学振興の方向性を示唆する明るいニュースでありました。また、先月、本学の卒業生である若田光一宇宙飛行士の国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在に加えて、日本人初のISSコマンダー就任が決定しました。これは、本学のみならず広く国内に、夢と希望をもたらす喜ばしいニュースであります。

 日本の国立大学はすべて、二〇〇四年に同時に法人化し、本学も「国立大学法人九州大学」となり、現在第二期中期目標・中期計画期間を迎えています。運営費交付金が毎年削減される中にあって、九州大学は、教職員のたゆまぬ努力と法人としての裁量も活かしながら、多くのシステム改革を行ってきました。

 病院の再開発は一昨年九月に完了し、我が国最大級の最新機能を備えた大学病院が完成しました。九州大学は、現在、伊都新キャンパスへの移転という大きな事業に取り組んでいます。二〇〇五年に、工学系の約半数を皮切りに、移転が進行し、二○○九年十月時点で、建築学科を除く工学系の残り半分、システム情報科学系、全学教育、比較社会文化系、言語文化研究院、数理学系等の移転が完了し、既に、学生教職員合わせて約一万二千人の本学最大のキャンパスとなりました。キャンパス用地の造成工事は最終段階に入り、用地の取得はこの二年余りの間に急速に進み、あと僅かを残すのみとなりました。建物の整備も半分程まで進みました。

 一方で、二○○九年には、旧制福岡高等学校以来八十年以上の歴史をもち、皆さんが九大に入って最初に通った六本松キャンパスと、田島寮については売却が完了し、本学の手を離れました。

 また、統合新領域学府や高等研究院、本学独自の制度に基づく新しい研究センターが次々にオープンし、教育研究の体制が充実したものとなってきました。 二○一○年には、世界トップレベル研究拠点プログラムという文部科学省の事業に全国で唯一採択され、カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所をスタートさせ、既に活動していたグローバル30という教育の国際化プログラムと相俟って、大学の国際化に教育と研究の両面から拍車がかかりました。

 そして、今年、二〇一一年、九州大学は、一九一一年に医科大学と工科大学を持つ九州帝国大学として創設されてから数えて創立百周年を迎えました。

 このように皆さんは、世界的に見ても、国内を見ても、また、九州大学にとっても極めて重要な時期に在学し、研鑽を積んできたわけです。

 日本は、明治以来の教育政策、産業政策によって、驚異的な速さで近代化を成し遂げ、先進国の仲間入りを果たし、戦後の卓越した政策や国民の勤勉さ、創意工夫によって、圧倒的な科学技術力を身につけ、世界有数の経済大国に発展しました。一方で、日本はこれまで、公害問題やオイルショック、バブル崩壊、環境問題、エネルギー問題等、そして、規模の大小はあれ毎年のように繰り返される自然災害から、多くの課題・問題を待ったなしで突き付けられ、それらに技術力を高めて立ち向かい、それらをことごとく克服してきました。しかし、現在は、政治、経済、社会、エネルギー、環境、ライフ、災害等に関係する全ての問題が未曽有といわれるほど厳しい状況にあります。また、アジア諸国の急速な台頭により、世界における相対的な地位の低下を招き、「失われた二十年」ともいわれています。

 皆さんは、そういう状況のもとで、九州大学を卒業し、次のステージに進み出るわけですが、皆さんの英知、創意、工夫、勤勉さ、誠実さ、高い倫理観でもって、これまでもそうであったように、必ずや復活して、この難局もまた克服できるものと信じています。

 これから社会に出て働く皆さんに、また、これから大学院に進学して更なる研鑽を積む卒業生の皆さんに、いくつかのことをお勧めしたいと思います。

 第一は、今まで話してきたような内外の大きな問題は、今後も様々な形で皆さんに降り懸ってくるものと思います。そうした問題は多くの場合、これまで大学で学んできた知識だけでは解決できません。皆さんが大学において学んだ最も大事なことは、個々の知識や技能・技術そのものではなくて、個々の科目を通じてそうした知識や技能・技術を習得した経験と仕方です。すなわち「学習力」ともいうべき「勉強の仕方」です。そのことを心得ていてください。

 知らないことや未知で初めてのことであっても「習っていません。」と言ってはなりません。「すぐ勉強しておきます。勉強の仕方は心得ていますから。」という態度で臨んでいただきたい。

 お勧めしたいことの第二は、既に出来ているかも知れませんが、皆さん自身の能力の高さに気付いて欲しいとういうことです。また、周囲の人が今何を求めているかに気付いて欲しいということです。

 この二つの意味での「気付き力」は、これからの難題に立ち向かう時に役に立つはずです。最初の「気付き力」は、今述べた未知の課題に立ち向かう勇気の源になります。もう一つは、普通に使われている意味ですが、相手の立場にたって、相手のことを思い遣り、正しく理解する力で、「交渉力」や「指導力」を高めるためにも役立つでしょう。

 これから皆さんの新しい人生が始まります。九州大学で学んだことを誇りに思い、それぞれの持ち場、場面で研鑽を積み、「九大力」、すなわち、百年の伝統に基づく「九州大学の力」と「九つの大きな力」を醸成し、それを随所で発揮していただきたい。

 九つの大きな力は、皆さんの人生の様々な場面において自分自身で目標として選び定めるべきものだと思いますが、本日、私からは、次の力を挙げておきます。

 まず、「体力」。最近幼児に至るまでその衰えが心配されていますが、体力は何をするにも基本中の基本です。その鍛錬を日常生活の中に明確に位置付けてください。そして、「学習力」、「分析力」、「統合力」、「指導力」、「交渉力」、「国際力」、「拘泥力」、「気付き力」です。

 「統合力」とは、「分析力」によって得られたデータや知見を統合し融合することによってイノベーションへと繋ぐための力です。一度始めたことには自発的であれ強いられたことであれ、必然性があったはずです。途中で投げ出さずに永く拘り続けることが大事です。それが「拘泥力」です。その中から新しい発見ができ窮地を脱出する道を切り開くことができるでしょう。

 このような、「九大力」を常に意識し、その涵養に努め、グローバル社会で存分に活躍されることを祈念して、告辞とします。

平成23年3月24日
九州大学総長
有川節夫