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平成23年度 入学式告辞(2011年4月7日)

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平成23年度 九州大学入学式告辞(2011年4月7日)

 本日、九州大学は二千七百人の新入生を迎えました。厳しい受験競争を勝ち抜いて入学した皆さんと、皆さんをこれまで物心両面から支援してこられたご家族や関係者の方々にお祝いを申し上げます。

 去る三月十一日に発生した、国内観測史上最大という東日本大震災によって、尊い命を亡くされた二万人を超えるともいわれる多くの方々に謹んでお悔みを申し上げます。この地震・津波に被災され、あるいは、誘発した原子力発電所の事故によって避難生活を余儀なくされた数十万人の方々に対して心からお見舞いを申し上げます。一日も早い、原子力発電所の事故の終息・沈静化と被災地の復興を祈念いたします。

 九州大学は、まず、本学の学生・教職員の安全の確認から始めて、被災地への大学病院からの医師団の派遣、被災地域の学生や入学予定者への図書館等の開放、被災地近辺の外国人留学生や大学の研究者の一時受け入れ、義援金や物資の募集、被災した学生への特別奨学金の設定、研究設備の一時移設等、可能な限りの支援を迅速に行っています。

 家族や家や職場を一瞬にして無くし、未だ消息も確認できない、言葉では表現できないような悲惨な状況にありながら、冷静さを保ち整然として、礼儀正しく、耐え忍んでおられる被災者の方々、命がけの救助・捜索活動や過酷な環境の中での原子力発電所事故の対応に当たり、英知を傾けた復旧・支援活動に献身する各種団体組織の方々やボランティアの方々の姿に、特に、被災した若者の凛々しさに、そして、海外諸国からの心のこもった迅速な支援に接して、私たちは、感動を覚え、希望を感じ、勇気付けられています。「日本は必ず再生する」と信じます。

 自然の力の測り知れない凶暴さ、科学技術の意外な脆弱さ、危機や大災害に対する社会システムの不完全さ等、多くの課題を突き付けられました。まず、この悲惨な災害の復旧に全力を傾注するのは当然ですが、できるだけ多くのことを学び、将来への対応にとりかからねばなりません。九州大学には、最先端の科学技術や社会システム、人文社会科学等を研究し教育している基幹的な総合大学としての大きな使命と責任があります。

 九州大学では、度々自然災害に見舞われる九州という地域の大学や政府機関と連携し、あるいは単独で、これまでも災害復旧や災害撲滅のための研究と教育に取り組んできました。今回の未曽有といわれる災害を契機に、より本格的な研究・教育に取り組む必要があると考えています。

 皆さんも一人一人が、この災害に対して、若者として、また入学した分野の専門家の卵として、今何ができるか、これから何をすべきか具体的に考えてみて欲しい。考えるべきことは多様で、長期に及ぶものもあります。今はまず、緊急を要する支援や安全確保に取り組まねばなりません。そして、月単位、年単位での対応・対策を考えなければなりません。そのうえで、国土の整備や地球規模でのエネルギー政策、情報通信技術を始めとする、大災害時にも機能し得る社会システム構築、緊急医療体制の整備等、十年単位での長期的なビジョンや提案も求められます。今回の災害は、千年に一度の災害と言われています。それに備えての対応も必要です。こうした課題を意識し、解を模索しながら大学生活を送っていただきたいと思います。

 九州大学は、今年創立百周年を迎えました。皆さんは、九大百年という記念すべき年に入学されました。九州大学は、一九〇三年(明治三十六年)三つ目の帝国大学を目指して、京都帝国大学の一分科として設置された福岡医科大学に、大学としての起源があります。これと一九一一年(明治四十四年)一月に開設された九州帝国大学工科大学とが同年四月に一緒になり、医科大学と工科大学からなる九州帝国大学がスタートしています。この一九一一年から起算して、今年が百年目に当たります。

 創立から八年後の一九一九年(大正八年)に農学部が、一九二四年(大正十三年)に法文学部が、一九三九年(昭和一四年)に理学部が設置され、一九四七年(昭和二十二年)に九州帝国大学は九州大学に改称されました。一九四九年(昭和二十四年)に法文学部を母体にして文学部、教育学部、法学部、経済学部が、一九六四年(昭和三十九年)に薬学部が、一九六七年(昭和四十二年)に歯学部が設置されました。また、この翌年一九六八年(昭和四十三年)には、二〇〇三年(平成十五年)に九州大学と統合して、芸術工学部となる九州芸術工科大学が設置されています。今世紀に入って、二〇〇一年には、二十一世紀プログラムが開設され、そして、昨年二〇一〇年にはすべての授業を英語で行う国際コースが始まっています。

 九州大学は、こうした十一の学部とプログラムやコースに加えて、十八の大学院学府、四つの専門職大学院、十七の研究院、五つの附置研究所、一つの大学病院を擁する我が国屈指の基幹総合大学として発展し、現在も、多くのシステム改革を行いながら絶えず成長を続けています。

 実際、昨年四月から今年の四月の一年間だけを見ても、カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所やマス・フォア・インダストリ研究所、大学院のライブラリーサイエンス専攻、そのほか十六ものセンターが設立され、活発な活動を始めています。この多くは、皆さんが学部の最上級生や大学院生になって係わりが出てくるものと思います。

 さて、九州大学は、伊都新キャンパスへの移転という大事業を展開しています。平成二十一年度から、本学に入学するすべての新入生はこの伊都キャンパスで大学生活を始めます。現在、教室・研究室・実験室等の建物でいうと約半分が整備されたところです。これから箱崎にあるすべての学部や大学院が順次移転することになります。キャンパスが整備中であるため、多少不自由な面があるかもしれませんが、整備の状況を間近で見ることのできる特別な期間だと考えていただきたい。環境や生態系、埋蔵文化財等に最大限に配慮したキャンパスで、エネルギーや材料、情報通信等、最先端の科学技術を先導する多くの研究が展開され、キャンパスが丸ごとそうした次世代技術や次世代社会システムの実証実験の場となっています。次世代のクリーンエネルギーとしての水素利用技術や風レンズ等による再生可能エネルギー、ナノ材料開発、有機光エレクトロニクス、新しいサイエンスや技術の息吹を感じていただきたい。例えば、皆さんがこれから手にする学生証は、特別なもので、九州大学の先生方の考案によるものです。セキュリティに十分配慮され、安全性が高く、使っているうちにどんどん機能が増え進化していくICカードです。

 皆さんは、伊都キャンパスでの全学教育の期間が終わると伊都に残る人もいますが、箱崎地区や病院地区、大橋地区に分散して学部専攻教育を受けることになります。この伊都にいる期間に授業や図書館での学習、部活等を通して、専攻分野の違ういろいろな学生と交流を深め、沢山の友達を作っていただきたいと思います。今年3月に新博多駅ビルが完成し、その十階に九大のビジネススクールが入居しています。皆さんも学習や仲間との交流の場として活用できると思います。

 さて、私は入学式に際して、新入生の皆さんにいくつかのことを必ず話すことにしています。まず、皆さんの能力は、今自分で感じているよりはるかに高い、ということです。これは、私の四十年に及ぶ教育、特に大学院での指導の経験に基づくものです。皆さんは、九州大学に合格したわけですから、言われなくても優秀だとは思っているでしょう。それでも、受験時代の偏差値などから「自分の能力は大体この辺」と決め込んでいるのではないでしょうか。実は、それよりはるかに優秀なのです。まず、授業や演習、部活等に主体的にアクティブに取り組んで、そのことに気付いて欲しいと思います。先生たちには、そのための「気付かせる教育」に心がけていただくようお願いしてあります。

 次に、皆さんは、今学部に入学したばかりですが、学術の高度化、知識基盤社会の発展に伴って、大学院への進学者は年々増加しています。今年の本学の大学院修士課程、専門職大学院への入学者は千九百九十名(約二千名)です。他大学などからの進学者もいるので正確ではありませんが、大雑把に言って皆さんの約七割が大学院で学ぶということになります。中でも理工系は進学率が高く、特に工学部では 八割以上が大学院に進学します。また、日本は、特殊で違っていますが、諸外国では、理工系はもとより人文社会系の分野でも、重要な地位で仕事をする人の非常に多くが博士の学位を持っています。日本もそのような方向へ進むと思います。したがって、これから、学部を卒業して、修士課程に進み、さらに博士課程に進学するという選択肢がかなり大きいということも十分に意識しておく必要があります。日々精進を重ね、しっかりした基礎を身につけておいてください。

 最後は「九大力」です。これから九大力の涵養に努め、それを学生生活の様々な場面で発揮していただきたい。これは、「九州大学の力」という意味と「九つの大きな力」という二つの意味をかけています。前者は、百年の歴史を持つ九州大学の伝統や実績に基づいた実力のことです。皆さんには、これまでに蓄積された「九大力」を受け継ぎ、それに重要な1ページを書き込み、後輩たちに伝えてゆくことが期待されています。

 後者、「九つの大きな力」は、今日の入学式のような特別な日に、今後の目標として皆さんが自分で定めて欲しいと思います。本日、私から皆さんに期待したいのは、気力、体力、知力、分析力、批判力、統合力、共感力、交渉力、国際力の九つです。気力・知力・体力は基本中の基本です。その中でも体力は重要で、これが無ければ何もできません。ですから図の中央に置いています。気力が無いと体力も知力も鍛えられないし、磨けないし、新しいことも始められません。始めたことを継続することもできません。そのことを表すために、左上に置いています。大学で学ぶことのほとんど全てが知力を高めることに関係します。そのために右下に置いています。知力を身につけるためには、様々な事象を分析し、多くの知識と情報、データを統合して、新しい知識を発見して、イノベーションへと繋いでいくための訓練が必要です。そのための力が分析力と、そして得られた知識を統合する統合力です。批判力は、社会や学問分野が抱えている状況を大局的に、冷静に判断し、進むべき長期的な方向を指し示す勇気を必要とするもので、学生も含めた 大学人に求められる大事な力の一つです。

 共感力は、特に、今回のような大災害時の支援や激励、痛みの共有という場面で発揮され、感動を呼び起こし、痛みさえ和らげてくれる力だと思います。また、周囲の人が今何を求めているかに気付く力にも関係します。最近の若者は、人とのコミュニケーションをとるのが苦手で、日本人は内向き志向であると、よく耳にします。そういうことを言わせないように、これまでに培ってきた知力や共感力やコミュニケーション能力に裏打ちされた交渉力と国際力を身につけていただきたい。国際力のツールとしての英語力を、知識獲得ではなく技能獲得として日常生活に位置付けて反復し、継続して確実なものにする必要があります。

 九大百年。先人たちが残した業績、すなわち、九州大学の力としての九大力は偉大です。しかし、繰り返しますが、皆さんの能力は極めて高く、可能性は図り知れない。現在、東日本大震災で隠れてしまったような感がありますが、日本においても、国際社会においても、未曾有といわれる困難な課題が山積しています。挫折を知らない若者の力にしか解けない大きな課題があります。九大力を意識して、これらに挑戦し、また、努力を重ねて、そうした課題を解決できる人材として大成されることを期待して、入学に際しての告辞とします。

平成23年4月7日
九州大学総長
有 川 節 夫