About 九州大学について

有川総長 年頭の挨拶(2012年1月1日)

歴代総長メッセージ(有川節夫元総長)一覧

有川総長 年頭の挨拶 「九大百年、躍進百大」(2012年1月1日)

 新年おめでとうございます。

 昨年は、3月11日に東日本大震災という未曾有の災害が発生した大変な年でした。大地震と巨大な津波によって、行方不明者を含めて2万人近い犠牲者をだし、さらに原子力発電所の事故も誘発し、33万人を超える人々が未だに避難や仮設住宅、転居などで不自由な生活を余儀なくされています。この大震災と事故から私たちは多くの教訓を得て、同時に日本人の文化の力と倫理観の強さなどを学びましたが、被災地の一刻も早い復旧と日本全体の復興を願わずにはいられません。本学にとって昨年は、九州帝国大学として創設されて以来100周年という記念すべき年でありました。「知の新世紀を拓く」をキーコンセプトにして、この数年にわたって個人や企業、団体の方々からの多くの浄財を頂きながら5月を中心に各種の記念行事を企画していましたが、この東日本大震災に配慮し、その多くを今年に延期いたしました。

 東日本大震災だけでなく紀伊半島を襲った台風12号を始め、世界各地で洪水や寒波、地震、火山爆発などの大規模な自然災害が頻発しました。また、「アラブの春」と呼ばれる一昨年暮れにチュニジアで始まった、アラブ諸国での反政府デモや暴動、政変など世界的な政情不安も続きました。さらに、ギリシャの信用不安に端を発する欧州の財政危機やアメリカの国債問題に代表される途上国を含めた世界規模の財政危機にも見舞われています。わが国でも国政や財政に大きな問題を抱えています。しかも、国内外のこうした問題のほとんどが未だ解決に向かっているとは言い難い状況にあり、まさに試練の一年でありました。

 大学の教育・研究・診療活動を支える予算措置に関して、運営費交付金については、法人化以降毎年繰り返されてきた削減に実質的に歯止めがかかりました。科学研究費補助金については、採択率の改善がなされ、一部ではありますが基金化がはかられ、研究費の効果的かつ効率的な利用への道が開けたことは画期的であり喜ばしいことであります。また、大学病院の運営にも一定の配慮がなされたと思います。しかし、競争的側面をもった新しい仕掛けの導入と引き換えに、運営費交付金そのものは依然として減額され続けています。

 このように国内外は極めて厳しい状況にありますが、九州大学は、法人化のメリットを生かし、各方面からの基幹大学としての期待に応え、その責務を果たすために、数多くの事業や改革に取り組んできました。まず、最大の事業である伊都新キャンパスの整備については、用地の再取得が進み、残り約3%となり、平成24年度には再取得が完了する見通しが得られ、本学とって最大の課題がひとつ解決することになりました。3月には財務格付で「AAA」が更新され、また、第一期中期目標期間の評価反映分としてかなりの予算が平成24年度予算に上積みされるということになりました。統合移転という大事業を推進中の本学にとっては、有り難いニュースでありました。

 4月には、数理学研究院を改組して、本学にとって第5番目の研究所「マス・フォア・インダストリ研究所」がスタートし、産業界と連携した産業数理に関する国際的な共同利用・共同研究拠点を目指した活動が始まりました。また、統合新領域学府に3番目の専攻として、ライブラリーサイエンス専攻修士課程が設置され、教育研究活動を開始し、早くも大学図書館や公立図書館、文書館、情報関連企業などから注目を集めています。

 人文社会科学関係では、3月にオープンした新博多駅ビル「JR博多シティ」に「ビジネススクール」が入居し、「駅中キャンパス」としての新しい教育及び産学連携活動が始まりました。また、4月には、本学の卒業生の寄附金を基にした「ロバート・ファン/アントレプレナーシップセンター」が、組織的な起業家育成活動を開始しました。「キャンパスアジア」構想の一環としての「日韓海峡圏カレッジ」も開講し、本学と釜山大学校との間で学生が相互に移動する新しい教育が始まりました。10月には椎木正和氏(しいき教育文化振興基金会長)の寄附金による「ユヌス&椎木ソーシャル・ビジネス研究センター」を開設し、ソーシャル・ビジネスに関するユニークな研究・啓発・普及活動も始まりました。

 医学診療関係では、附属病院や生体防御医学研究所の協力と理解を得て、懸案であった「別府病院」が4月に開院し、診療と臨床研究が始まりました。また、7月には、「先端医療イノベーションセンター」の建物が完成し、医学・薬学、医療工学における基礎研究と臨床応用への懸け橋、実用化への大幅な期間短縮をめざした具体的な産学官連携活動が始まりました。

 先端研究や産官学連携事業としては、10月には最先端研究開発支援プログラムによる「最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA) 」の研究棟が完成し、開所式を行い、具体的な活動を開始しました。7月には、経済産業省のイノベーション拠点立地支援事業(「技術の橋渡し拠点」整備事業)に、「次世代型燃料電池産学連携研究施設」が採択され、災害時にも強い大型分散電源として期待される次世代燃料電池の開発と早期実用化を進めることになりました。また、新たに「共同研究部門」という産学官連携による研究目的を前面に押し出した研究部門の設置を可能にし、既にいくつかの部門が設置され、研究活動を始めています。

 国際関係では、11月の調査において留学生数が2,000人を突破し、グローバル30の申請時に約束した平成25年までに2,300人という目標に大きく近づきました。2月には、WPIのカーボンニュートラル・エネルギー国際研究所のキックオフシンポジウムが開催され、具体的な研究活動に入り、研究所の建物の建築も始まりました。4月には、様々な国際的な契約などに効果的、効率的に対処できるように専任の専門家を配した「国際法務室」が設置されました。EUIJ九州という日本における4番目のEUセンターも、西南学院大学と福岡女子大学との連携協力のもとでスタートしました。

 本学独自の「主幹教授制度」は定着を見せ、主幹教授による先導的学術研究拠点(研究センター)も充実し、昨年設置承認された「アジア保全生態学センター」など10センターを含めて既に16のセンターで、それぞれ高度でユニークな研究活動が展開されています。4月には、大学における第三の職種としてのリサーチアドミニストレーター(RA)を顕在化させ、研究支援を強力に推進し、同時にそうしたRAのキャリアパスの形成も目指した「学術研究推進支援機構」がスタートしました。また、「教材開発センター」も予定通り附属図書館に付設されました。

 百周年関連事業としては、頂いた寄附金をもとにして「九州大学基金」を創設しました。この基金を百周年記念事業の趣旨に沿って活用し、学生や若手研究者などの支援を行い、教育・研究・診療などの環境整備や卒業生、同窓会との連携活動の支援も行うことにしています。この恒久的な九州大学基金の制度により、本学に寄附文化が醸成され定着することが期待されます。また、「九州大学百年史写真集」や「九州大学百年の宝物」、小冊子「九州帝国大学初代総長山川健次郎」を既に刊行しました。さらに、有り難いことに、椎木正和氏(しいき教育文化振興基金会長)より九大百年を記念して大学講堂の建設費をご寄附いただくことになりました。既に設計が始まり、本年11月に着工し、平成26年2月には竣工し、同年の学位記授与式を手始めに全学の主な式典などのイベントをこの「椎木講堂」で開催することができ、同時に、芸術や文化の発信拠点として広く活用できるようになります。大学本部も一部ここに移ることになります。

 九大百年に際し、昨年の新年に表明したように、これからの九大の飛躍の礎石を築くために、最も重要であり同時に最も困難と思われた二つの課題に取り組み、全学の理解を得てスタートすることができました。ひとつは、「大学改革活性化制度(永続性のある強靭な改革のスキーム)」です。これにより各部局あるいは部局の連携による強力な改革が継続的に可能となり、社会や学界に自らの教育・研究・診療活動の意義と重要性を明確にアピールすることができます。また、社会や学界の要請に迅速に応えるために優先すべき改革については、部局を超えた相互理解と互譲の精神でもって推進でき、さらに、改革提案の審査に参加することによって、現在、人文社会系、理工系、医歯薬系で何が問題で何が展開されているかを知ることもでき、総合大学ならではの効果が十分に発揮できると期待されます。

 もうひとつは、教養教育に新しい視点で取り組む「基幹教育院」の開設です。基幹教育とは、専門教育を学ぶ前に、学生にさまざまな可能な選択肢と出会う学びの機会を創り、一人一人が自分の判断で、自分が依拠しようとする枠組みを選択できるように、幅広い知識や視野を育成すると同時に、生涯に渡って自律的に学び続けるアクティブ・ラーナーとしての「学び方を学び」、「考え方を学ぶ」ための姿勢と態度(基幹)を育成することをいいます。相当数の教員を配置して、この基幹教育を企画し、実施し、運営を行います。それが中核となり牽引することによって、全部局がそれぞれの特性に応じて参加する、いわゆる「全学出動態勢」を実質的なものにすることができます。九州大学に入学するすべての学生が、この新しい理念に基づく教育システムのもとで、主体的かつ意欲的に学び、夢と希望と確かな目標をもって専攻教育に進むことができるようになります。九州大学は、新入生を、新入生の基幹教育を何よりも大事にします。そのために、この基幹教育院を大学の中の最も重要な組織と位置づけ、可能な限りの資源を投入し、体制を整備したいと考えています。

 以上、新年にあたり昨年の代表的な出来事を振り返って見ましたが、実に多くの事業に取り組み、多くの改革を断行し、成果をあげてきたことが分かります。特筆すべきことは、個々の改革だけではなく、永続的な改革の推進のために、本学のすべての部局が「大学改革活性化制度」というエンジンを手に入れたことであります。今年はこうした改革や制度、事業をしっかりと定着させることが重要な課題となります。

 年末に閣議決定された平成24年度予算案は、現下の国の財政状況や東日本大震災からの復旧・復興という大事業を考えれば、大学や科学技術に関してはかなり配慮されたものとなってはいます。しかし、減額が続く運営費交付金を補完する形で新規に導入された「国立大学改革強化推進事業」に見られるように、一層の改革強化が、単に個々の大学内の改革だけではなく、大学の枠を超えた改革が、連携の推進や教育研究組織の大規模な再編成、個性や特色の明確化という形で強く要請されています。本学が単独で行える改革については、「大学改革活性化制度」によって、部局や部局連携で十分に対応でき、そうして提案される改革に対して国からの支援を受けることも期待できますが、大学の枠を超えた改革の推進については、文部科学省に新たに設置が予定されている「タスクフォース」からこれまでの審議会などでの議論と独立した提案がなされる可能性もあり、そうした動きも注視しながらより柔軟で大胆な構想を描いておくことが求められます。

 九州大学固有の事業としては、先ず、平成24年度から伊都新キャンパスへの統合移転の第三期にはいります。用地の再取得は完了する予定ですが、第三期の建物の整備事業を着実に進めなければなりません。平成26年に移転予定の理学系の建物の整備は、残念ながら東日本大震災への対応などのため平成24年度の予算要求が見送られましたが、もうひとつの条件にもなっている箱崎の跡地利用計画の明確化とその承認が急がれます。一方、様々な手法を活用して進めている外国人研究者用の宿舎やカーボンニュートラル・エネルギー国際研究所の研究棟、基幹教育院のための施設、椎木講堂などの整備は大きく進展し、さらに、経済産業省の「技術の橋渡し拠点」整備事業による二つの施設が本学と自治体の支援も得て、伊都キャンパスとその手前にそれぞれ整備されます。伊都新キャンパスはその周辺も含めて一層充実したものとなります。

 文部科学省が設定している競争的資金によるプログラムの多くは、本来大学が自ら企画し推進し恒常化すべき計画に弾みを付け、そのスタートアップを支援しようとするものです。昨年スタートした「大学改革活性化制度」により採択された企画を中心にして、そうした国のプログラムの支援も活用しながら恒常化を図りたいと考えています。また、終了したプログラムや現在進行中のGCOEやG30などのプログラムに対しても同様に対応すべきであると考えます。GCOEで展開した拠点を定着させ、G30の出口にもなっている国際教養学部やそれに関連する国際教養学府及び研究院の具体的な設計を示す年になります。若手研究者の確保やテニュアトラック制の恒常化、女性研究者や外国人研究者の登用の定常化にも着手しなければなりません。

 昨年スタートした「リーディング大学院」や「政策のための科学」、「大学の世界展開力強化事業」などの人材育成プログラムを始めとして、本年度予算で設定される様々なプログラムや事業にも積極的に挑戦し、グローバル社会を牽引する基幹総合大学としての責務を果たしていく必要があります。また、第四期の科学技術基本計画にも様々な形で積極的に参画する必要があります。

 冒頭で触れた日本や国際社会が直面している大きな課題の多くは、解決が困難で、中には破綻さえ危惧されるものもあります。また、国内では、震災や事故からの復旧・復興は、大規模な予算措置などで一定の進展が期待されるものの、少子化や高齢化、企業の国際的な競争力の低下、膨大な累積債務、停滞する経済、食料やエネルギー資源の高騰、雇用状況の悪化など厳しい状況が続き、それゆえに大学にも厳しい目が向けられています。しかし、こういう時だからこそ、大学人が率先して活動して変革を果たし、次代をリードする逞しい若者を育成し、高度な学術研究を展開し、課題解決の基盤構築を目指して最大限の英知と努力を傾けるべきだと考えます。

 九大百年、躍進百大。今年が、九州大学に学び働くすべての学生・教職員にとって、これからの九大百年の最初の年として、あらゆる分野において世界的に高く評価され、存在感のある大学として躍進を始める記念すべき年になることを願って新年の挨拶とします。

平成24年1月1日
九州大学総長 有川 節夫