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平成23年度 大学院学位記授与式(2012年3月27日)

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平成23年度 九州大学大学院学位記授与式告辞(2012年3月27日)

 本日ここに大学院学位記授与式を挙行するにあたり、学位記を授与されました修士 1,740名、博士 431名、そして専門職大学院学位記を授与されました 182名の皆さんに、これまでのたゆまぬ研鑽努力に対して深い敬意を表し、心からお慶び申し上げます。また、皆さんのこれまでの勉学や研究活動を支えてくださった先生方、事務職員、技術系職員の皆さま、そして、ご家族の皆様に対しまして厚く御礼を申し上げます。

 昨年は、3月11日に東日本大震災という未曾有の災害が発生した大変な年でした。大地震と巨大な津波によって、行方不明者を含めて20,000人近い犠牲者を出し、さらに原子力発電所の事故も誘発し、多くの人々が未だに避難や仮設住宅、転居などで不自由な生活を余儀なくされています。この大震災と事故から私たちは多くの教訓を得て、同時に日本人の文化の力と倫理観の強さなどを学びましたが、被災地の一刻も早い復旧と日本全体の復興を願わずにはいられません。このような状況を深く心に留めた上で、本日皆さんに、はなむけの言葉を贈りたいと思います。

 九州大学は、昨年、九州帝国大学として創設以来、百周年を迎えました。この百年間に、大正10年(1921年)に第1号の医学博士号を授与して以来、皆さんを含めて、約26,000名の博士を、そして、約46,000名の修士と約1,200名の専門職大学院修了者を世の中に送り出してきました。

 博士号取得者の皆さんは、九州大学大学院において、また、論文博士の場合は、それぞれの研究機関等において、優れた研究業績をあげ、大学院設置基準やそれを受けて制定された九州大学規則にあるように、「研究者として自立して研究活動を行い、又はその他の高度に専門的な業務に従事するために必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を有する」と認定されました。

 また、修士課程と専門職大学院の修了者の皆さんは、高度な学問を修得し、研究者あるいは高度な技術者、専門職として必要な訓練をし、着実な成果をあげ、「広い視野に立った精深な学識を身につけ、専攻分野における研究能力又はこれに加えて高度の専門性が求められる職業を担うための卓越した能力を有する」あるいは、専門職大学院の修了者にあっては、「高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を有する」と認定されました。

 これから、博士課程に進学する皆さんは引き続きいずれかの大学院において、就職する皆さんは、それぞれの職場において、さらに研鑽を続け、指導的な立場で、第一線の研究者・技術者として、あるいは高度な総合職等として、活躍することになります。

 社会は国内外を問わず、常に大きな課題や問題に晒されています。

 実際、経済では、日本においては、2007年にアメリカで始まり、いまだ終焉しない金融危機や、税収の減少とデフレ傾向という深刻な財政状況が続いています。ギリシャに代表されるEUの数カ国やアメリカの財政状況の悪化、通貨の信頼性の低下に起因するとみられる極端な円高に伴う深刻な問題もあります。

 政治では、政権交代後も短期政権が繰り返され、衆議院と参議院がねじれ状態となり、国政は不安定で迅速な政策決定が困難な状況が続いています。また、昨年の千年に一度ともいわれる大災害からの復旧・復興や技術の粋を集め安全性には十分に配慮されていたはずの原子力発電所で起った重大な事故に関する様々な深刻な問題もあります。
国際社会においては、アラブ諸国での反政府デモや暴動、政変など世界的な政情不安が続き、また、世界各地で洪水や寒波、地震などの自然災害が頻発しました。インターネットに代表されるネットワーク社会における社会システムの構築・維持といった問題、環境・エネルギー問題などもあります。

 皆さんには、こうした様々な課題や問題に、これまでに培ってきた英知や経験に基づいて挑戦し、それらを解決することが期待されています。特に、これからの技術開発は、博士号取得者が担う時代になったと言う人もいます。

 しかし、一方で、少なくとも日本社会においては、博士に対する評価は厳しく、「自分の専攻分野に拘りすぎて融通が利かず、視野が狭く、協調性がなく、基礎学力もない」などと言われることさえあります。そうしたこともあり、博士の皆さんが安定した職を確保することが厳しくなり、キャリアパスも描きにくくなっています。こうした問題は、最近では米国においても指摘されています。原因は、社会の側にもありますが、大学や博士の皆さんの側にもあると思います。

 先ほど見ていただいた大学院設置基準では、博士課程の目的に社会の多様な方面で活躍し得る「高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を有する人材を育成する」ということを追加していることに注意しましょう。一方で、博士論文の成果がそのまま企業等ですぐに役に立つことは稀ですし、そうした新しい知識の有効期限は通常は長くはありません。それでも博士の皆さんに期待するのは、また、皆さんが真価を発揮できるのは、一定の期間、一つの課題に集中して取組み、深く掘り下げ、それを解決して、立派な論文としてまとめ上げたという経験にあります。企業等は、そうした経験に基づいて今直面している新しい課題をスマートに解決してくれるだろうと期待しているのです。これは理工系だけでなく人文社会系においても同じです。そのことは、諸外国で、外交官、官僚、政治家、企業の専門職、総合職等、実に多様な職域で、博士号取得者が、高く評価され中枢で活躍していることからも明らかです。

 そのように深く掘り下げた経験を活かすために、簡単なことですが、お勧めしたいことがいくつかあります。まず、普段から専門外の科学技術上の問題や社会問題、国際問題に関心を持ち、これまでに培ってきた知識やそこへ至る経験を援用して、自分なりの理解と自分なりの具体的な解決策を持つように心がけていただきたい。そして、深く掘り下げた分だけ、高みに登り周囲を俯瞰し、事態を総合的に見極めて、解決の方向を提言し、社会を先導しようと心がけていただきたい。最近、俯瞰力の重要性が中央教育審議会等で指摘されているのはこうした認識からであると思います。

 もう少し具体的にいうと、これは、大学院の学位記授与式に際して繰り返し話していることですが、四つの推論を使うことです。最初の三つは、アメリカの哲学者チャールズ・パースが問題解決のための推論として挙げた、演繹(ディダクション)、帰納(インダクション)、アブダクションです。

 未解決の問題に遭遇した時、我々は、まず、既知の知識や体系からその解が論理的に導き出せないか、すなわち演繹できないかと考えます。これは、通常の論理展開でよく使う三段論法とも呼ばれる推論で、皆さんの専門知識が直接役に立つ場面です。しかし、そうはいかない問題もたくさんあります。そのときは、観測等で得られたデータや事実の集合から、それらを一般化するなどしてそれらを説明する知識を推論する帰納(インダクション)や「アブダクション」と呼ばれる推論を活用します。インダクションは、データや事実の集合から仮説を形成するために使われる推論ですが、個々のデータの細部を捨象して一般化する必要があります。そうして得られた仮説が与えられたデータや事実をうまく説明できるかどうか検証します。このプロセスを繰り返すことになります。アブダクションは、遭遇した事象を説明する仮説を導く推論で、実は、皆さんはこれまでの研究や日常生活で、観測や実験で得られた事象や現象を説明するためによく使ってきた推論でもあります。

 四番目の推論は、類推(アナロジー)です。これは、「演繹が効かない時、一つのよく展開された専門分野の知識と対比させ、それを借用・援用することによって、今直面している問題の解決のヒントを探ろうとするもの」です。これも日常生活でよく使っている推論です。この類推にこそ、皆さんのこれまでの経験が活かされると思います。取り組んできた経験が深いものであればあるほど、他の未知の課題に対して、深い類推が効いて、斬新な解決策が見つかる可能性が大きくなるのです。「歴史に学ぶ」ことも類推といえます。

 このような推論や思考法を存分に活用して、確かな俯瞰力を身につけ、専門性に加えて総合性・統合性に磨きをかけて、国際社会で大いなる指導性を発揮されることを期待します。

 本日の学位記授与式には、外国人留学生も多数出席しています。九州大学の外国人留学生の数は年々増加し、昨年秋には総数で2,000人を超えました。その多くは大学院で学んでいますので、大学院学生に占める割合は25パーセントを超えています。

 九州大学は、世界の多くの大学と協定を結んで交流し、共同プロジェクトも数多く展開しています。例えば、最近では、エジプトのアレクサンドリアに建設中のイージャストというエジプト日本科学技術大学に国内支援大学の総括幹事校として深く参画し、大学院学生を指導しております。また、日中韓の三つの大学間で環境問題に関する大学院教育を行うキャンパスアジアのプログラムもスタートさせました。

 今後も、世界第一級の教育・研究と診療活動を展開し、知の世界的拠点大学としまして、積極的に国際連携を推進していくつもりです。

 本日、学位を取得された皆さんが、さらに研鑽を積み、母国と国際社会に貢献し、皆さんの祖国と日本を結ぶ架け橋となってくださることを期待しています。

 皆さんの今後のご活躍と成功を願いまして、告辞といたします。

平成24年3月27日
九州大学総長
有川節夫