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平成13年度 医療技術短期大学卒業式告辞(2002年3月22日)

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平成13年度 九州大学医療技術短期大学部卒業式告辞(2002年3月22日)

 本日めでたく卒業証書および修了証書を手にされるのは看護学科78名、診療放射線技術学科36名、衛生技術学科38名、専攻科助産学特別専攻20名の計172名の方々です。

 皆さんは、今日まで三年間、専攻科においては一年間、学生としてまた社会人として多くの経験を積まれ、最も患者と接することの多い医療分野で専門を勉強され、何かを成し遂げたという満足感を持ちながら、ここに卒業式に臨まれていることと思います。ご卒業おめでとうと心からお祝い申し上げます。

 皆さんは九州大学医療技術短期大学部に入学され、本日の卒業式まで人に言えない程の努力を自らされてこられたと思いますが、この素晴らしい日を迎えられたのは、皆さん一人の力によるものではありません。教育・研究面で皆さんを指導してこられた短期大学部の教職員の方々、経済面と精神面で支えていただいたご家族、さらに大学生活を通じて常日頃悩みや楽しさを分かち合った友人への感謝を忘れてはいけません。皆さんの多くは、直ちに社会に出られ、皆さんに助けを求められている患者の方々にすぐ接する方も多く、また勉学を重ね研究をさらに進められる方も居られますが、短期大学部での教育・研究、日常生活を通じて得られた経験、とりわけ人間の暖かみを支えとして将来に立ち向かって下さい。

 近年、医療技術の進歩、医療を支える周辺技術、あるいは機器の進歩、医療管理システムの整備など、目を見張るものがあります。医療技術がいくら進歩しても、医療に携わり、直接患者と接する人々と患者との間のコミュニケーション、患者を一人の人間として接する人間愛を忘れてはなりません。医学の進歩があまりにも速すぎて医療を施す側の人々の対応が追いつかず、様々な医療事故などが起こる場合があります。最近の医学・医療の長足の進歩に対応するには、最新の機能と設備をもった病院が不可欠であります。しかし、いくら病院設備が整い、医学・医療技術が進歩しても、極度に専門化した最先端の医療現場において必要なものは、医療を施す人の温かい心、人間性にあります。幸いにも九州大学の病院地区には、免震構造をもった国立大学最大の病床数1308床の最新鋭の病院が建設中であり、本年4月1日より外科部門が医療活動を開始します。新病院の標語は「サポーティング・ホスピタル」であり、まさに医学、医療分野における人間性の重要さを示しております。

 最近の科学の進歩、とりわけ、バイオテクノロジー、通信情報、ナノテクノロジー、材料や環境分野の科学と技術の進歩は目覚ましく、私達人間が、科学・技術の理解やその応用技術に追いつけないことがしばしばあります。この様な現状が、科学・技術に支配される人間が生まれ、人間としての心と愛情を正常に持たない人間が増してくる現象の一因となっています。生殖医療、臓器移植、再生医療、遺伝子診断・治療など医療現場では、ともすると知性と感性そして愛という心を備えた人間を対象としていることを忘れかねない危険性が常に存在し、それを侵すことによって人間の尊厳を著しく傷つけることさえあります。

 最近の忌しい事件、人間を愛情を持った他人と感じずただ物質の様に考える殺人事件、政治的、宗教的あるいは民族的な主張のみが目的となり人間性を忘れた多くのテロ事件など、悲しい出来事があまりに多く、心が痛むばかりです。20世紀は、地球上に人間が現れて以後、戦争で最も人を殺した世紀なのです。21世紀になっても人間として最も愚かしいことを続けていくのでしょうか。地球上で最も優れた生き物である人間が、そうであってはなりません。

 科学の進歩は、ともすると人間を物質として捉えるか、あるいは物質主義の心を持つ人間がはびこる危険性をもっています。医療においても同様で、医療人には愛の心を持って、人間を診る心構えが求められます。患者は医療を行う人からみれば弱者であり、皆さんからの暖かい扱いと保護を待っているのです。

 人間の病気は時と場所を選ばずに起こり、その診療活動には一刻の猶予や言い訳の許されない場合が多くあります。良好な医療活動を維持するためには、医療設備が優れていることは当たり前ですが、医療を行うチーム間あるいは医療を施す人間の間のコミュニケーションも、患者と皆さんとの間のコミュニケーションと同様に重要です。病院には身体、精神面に何かの問題がある患者が来ているのです。医者や、医療をサポートする皆さんに救いを求めているのです。非常に危険な状態にある患者を対象とするだけに、皆さんの職場はあまりにも過酷で、時としては自らをも捨てて対処しなくてはならない事さえあります。適切な診療・治療と、皆さんの暖かい保護と労りのある語りかけにより治癒に向かう患者さんの喜びに接する時、皆さんは自分の職業の重要さと誇りを知り、満足感に浸ることができるのです。

 医療分野に於ける事故の防止、進歩する医学・医療への自らの進歩、また医療をとりまく急速な社会変化への対応など、皆さんが直接関わることがこれから多くあります。本日の卒業式は、九州大学医療技術短期大学部の卒業というだけであって、医療に携わる皆さんにとっては、本日は医学・医療社会への入学の日でもあります。皆さんの医療に対する責任と周囲からの期待は、皆さんが思っておられる以上のものがあります。皆さんの活躍の場所は、九州大学の附属病院のみでなく、日本に、世界に、至る所にあります。卒業生の皆さんは、健康に留意され、病める人々への医療や公衆衛生学の面から病気の予防などを介して、人類に多くの貢献をして下さることを願って告辞と致します。

平成14年3月22日
九州大学医療技術短期大学部
学長 梶山 千里