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平成15年度 大学院学位記授与式(2004年3月26日)

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平成15年度 九州大学大学院学位記授与式告辞(2004年3月26日)

 本日ここに大学院学位記授与式を挙行するに当たり、めでたくこの日を迎えられた1603名の修士学位記と446名の博士学位記を受けられる皆さん、おめでとうございます。皆さんの永年の研鑽努力に深い敬意を表し、心からお慶び申し上げます。

 皆さんが九州大学の大学院の各学府で高度に専門的な教育・研究の指導を受けて大学院修士課程あるいは博士課程修了という輝かしい到達点に達することができましたのは、皆さん自身の不断の努力の賜であることは勿論ですが、経済面から精神面まで支えていただいたご家族の支援、人間的、社会的に独立できるように大学で教育・研究の指導をしていただいた教職員の励まし、研究室、ゼミでの先輩、友人の支えも、皆さんの大学院課程修了という目標達成に不可欠の要因であったことは疑いもありません。

 皆さんは大学の学部卒業後、九州大学の大学院という最高の教育・研究環境で、高度の専門分野における将来の日本の指導者となるための訓練を受けてこられました。ただ、皆さんの受けられた大学院での教育・研究は、社会に出て直面する種々の問題に自ら進んで挑戦し、自分自身で考え、その解決の糸口とプロセスを見出すことのできる能力を身に付けるためのものであったと思います。社会に出て就職したときに、僅か数年学んだ自分の専門分野以外には興味がないという、視野狭窄的な人間を育てる教育を、九州大学で行った積りはありません。真の科学の研究・技術は計り知れないほど高度で深く、皆さんの現在の能力や専門性はその入口にあるにすぎないといった状態です。ただ、皆さんが受けられた九州大学大学院での教育・研究は、自分で問題を見付け、自分で解決するという「問題提起型の創造性開発教育・研究」であり、その訓練を受けた皆さんは、日本、世界に於いて科学を先導する研究者あるいは指導者となるべき人材として強く期待されているのです。

 最近の科学の進歩、とりわけ、バイオテクノロジー、通信情報、ナノテクノロジー、遺伝子治療や環境分野の科学と技術の進歩は目覚ましく、私達が、科学・技術の内容を理解できないことがしばしばあります。このような現状が、人間が科学・技術に支配されたり、人としての心と愛情に乏しい人間が増えている現象の一因となっています。最近の忌わしい事件、他人を愛情を持った人間と感じず、ただ、モノのように扱った殺人事件、政治的、宗教的あるいは民族的な主張のみが目的となり人間性を忘れた多くの政治的・民族的争いやテロ事件など、悲しい出来事があまりに多く、心が痛むばかりです。20世紀は、地球上に人間が現れて以来、戦争で最も多くの人の命が失われた世紀でした。私達は、21世紀になっても20世紀の過ちを繰り返し、最も愚かしいことを続けていくのでしょうか。地球上で最も優れた生き物である人間が、そうであってはなりません。科学の進歩は、ともすると人間を物質として捉えるか、あるいは物質主義の心を持つ人間をはびこらせる危険性を持っています。また、科学技術の応用には、ともすると知性と感性そして人を愛する心を備えた人間を対象としていることを忘れかねない危険性が常に存在し、人間の尊厳を著しく傷つける危険性さえ存在します。皆さんは、将来の日本の指導者として期待され、最高学府の優れた教育・研究環境で高度な専門分野を身に付ける訓練を受けてきました。今後、皆さんに求められるものは、皆さんが生み出す科学技術が人類を含めた全生物にとって真の幸福をもたらすものかどうか常に反芻を怠らない姿勢と倫理観です。

 世界の指導者となるべく期待されている皆さんにお願いしたいことがあります。それは、「平和の和と人間愛」に関してです。2002年9月11日のニューヨークでの同時多発テロ以後、世界で展開されている政治、軍事、経済行為と行動に関して、現在ほど「和と人間愛」が問われている時はありません。「和と人間愛」については、確かに欧米とアジア、特に欧米と日本との間でかなりその考え方、その評価の仕方が異なります。その差は、民族の構成、気候・風土、宗教観などから生じたと思われますが、「平和」に対する人間としての願いは、世界中変わることはありません。「イラクは大量破壊兵器を持つ危険な国」という理由で始まったイラク戦争についても、世界の国々が一国のユニラテラリズムに引摺られるのではなく、国連という世界統治の唯一の機関にその解決法を任せられなかったのかどうかを考える必要があります。現代の「和」とは、国民が乱れなく付和雷同的に行動することではなく、国民が個人の考えを主張し、政治主導でなく最終的に国民総意として結論を導くことです。そして皆さんのように若い、将来の指導者として期待されている人達こそがその原動力となるべきです。日本政府の判断と行動、すなわち日本という国の世界に対する責任と貢献という観点から捕らえる視点と、日本国民が「平和」や「人間愛」から世界を見る視点とは、自ずと異なることがあります。しかし、私達個人の意見と意思を結集して、現在世界で行われている政治的、軍事的行為に日本国民として意見を主張することは、「和」と「人間愛」の理解できる人間としての当然の行為と私は信じています。

 次に国立大学の法人化についてお話します。1911年に京都帝国大学福岡医科大学と工科大学から九州帝国大学が設置されました。1921年9月1日付で第1号の医学博士号を授与して以来、九州大学は世界で活躍する数多くの大学院修了者を世に送り出してきました。本年4月以降は、九州大学は国立大学法人九州大学に名称が変わります。法人化により大学の運営・経営法、財務・会計制度、人事制度等が変わり、大学活動の根幹である教育、研究、社会貢献、国際貢献にも各大学の個性輝く特色・特徴を出すことが要請されています。

 九州大学でも、これら法人化の基本理念を具体化することにより、世界レベルの教育研究の中核的拠点を構築することが求められています。九州大学の活動の重点四分野(教育、研究、社会貢献、国際貢献)で、他大学と比較して特徴のある活動と顕著な成果を出し、大学の活動、成果のピークを社会に対して分り易く目に見える形で情報発信することが、教育研究の世界的拠点大学として九州大学が生き残るための唯一の道です。チャールズ・ダーウィンは「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもなく、唯一生き残るのは変化に対応できる者である」と言っています。進化論の内容を言った言葉ですが、国立大学法人化でも同様の事が言えると思います。教職員は一丸となって、法人化の理念を実現すべき大学作りに努力することを皆様にお約束すると共に、社会に巣立たれる、あるいは大学院で勉学を続けられる皆さんに国立大学法人九州大学への限りない支援をお願いいたします。

 最後に、博士学位記の由来についてお話しいたします。学位記の用紙は、財務省印刷局で印刷されております。デザインは、大正から昭和20年にかけて発行された紙幣の図案を数多く手がけられた、磯部 忠一(いそべ ただかず)氏の考案によるものです。輪郭は正倉院御物の古代紋様が描かれ、唐草紋様は東大寺三月堂の本尊であります不空羂策(ふくうけんじゃく)観音像の宝冠などに表現された宝相華(ほうそうげ)唐草紋様に酷似しております。日本美術の黄金期といわれた8世紀、天平時代の美術作品から採用し、描き起こしたものと考えられます。この学位記は極めて格調の高い独創的な図案であり、九州大学に相応しいものであると思っております。

 今後、皆さんがさらなる研鑽を続けられ、諸先輩方の築かれた九州大学の伝統を引き継ぐとともに、新しい時代の、新しい日本を担う中核的あるいは指導的な存在としてご活躍されるよう期待して、私の挨拶と致します。

平成16年3月25日
九州大学総長  梶山 千里