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平成16年度 大学院学位記授与式(2005年3月25日)

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平成16年度 九州大学大学院学位記授与式告辞(2005年3月25日)

 本日ここに大学院学位記授与式を挙行するに当たり、めでたくこの日を迎えられた1,654名の修士学位記と416名の博士学位記、そして62名の専門職大学院学位記を受けられる皆さん、おめでとうございます。皆さんの永年の研鑽努力に深い敬意を表し、心からお慶び申し上げます。

 また、北京大学 許 智宏(シュィ・ジーホン)学長におかれましては、大学院学位記授与式にご出席いただき、祝辞を頂戴できますことを、九州大学を代表致しまして厚く御礼申し上げます。

 皆さんが九州大学大学院の各学府で高度に専門的な教育・研究の指導を受けて大学院修士課程あるいは博士課程修了という輝かしい地点に到達することができましたのは、皆さん自身の不断の努力の賜であることは勿論ですが、経済面から精神面まで支えていただいたご家族の支援、人間的、社会的に独立できるように大学で教育・研究の指導をしていただいた教職員の励まし、研究室、ゼミでの先輩、友人の支えも、皆さんの大学院修了という目標達成に不可欠の要因であったことは疑いもありません。

 皆さんは大学の学部卒業後、九州大学の大学院という最高の教育・研究環境下で、高度の専門分野で将来の日本の指導者となるための訓練を受けてこられました。ただ、皆さんの受けられた大学院での教育・研究は、社会に出て直面する種々の問題に自ら進んで挑戦し、自分自身で考え、その解決の糸口とプロセスを見出すことのできる能力を身に付けるためのものであったと思います。社会に出て就職したときに、大学の僅か数年間で学んだ自分の専門分野以外には興味がないという、視野狭窄的な人間を育てる教育を、九州大学で行った積りはありません。真の科学の研究・技術は計り知れないほど高度で深く、皆さんの現在の能力や専門性は、その入口にあるにすぎないといった状態です。ただ、皆さんが受けられた九州大学大学院での教育・研究は、自分で問題を見付け、自分で解決するという「問題提起型の創造性開発教育・研究」であり、その訓練を受けた皆さんは、日本、世界に於いて人文・社会・自然科学を先導する研究者あるいは指導者となるべき人材として強く期待されているのです。

 最近の科学の進歩、とりわけ、バイオテクノロジー、通信情報、ナノテクノロジー・材料や環境分野などの科学と技術の進歩は目覚ましいものがあります。そのため、私達人間が、科学・技術を理解できなかったり応用技術に追いつけないことがしばしばあり、この様な現状が、科学・技術に支配される人間が生まれ、人間としての心と愛情を正常に持ち得ない人間が増してくる現象の一因となっています。また、科学が人間の倫理を越えてしまった事例も多くあります。

 科学の進歩には、ともすると人間を物質として捉えるか、あるいは物質主義の心を持つ人間をはびこらせる危険性が伴っていますので、私達は、科学・技術の進歩が、社会・人間の倫理や環境を守るための制約を越えないよう監視する目を養うと共に、自然との共存に対するバランス感覚を身に付けなければなりません。その意味でも自然科学だけでなく人文・社会科学との融合研究から生まれる成果が社会的に重要視されているのです。今、九州大学大学院で学んだ皆さんに求められるものは、多くの発明・発見が人類を含めた地球上の全生物にとって真の幸福をもたらすものかどうか、常に検証し、正しい結論を導き出す素養と見識の涵養です。

 このように科学・技術の進展の目覚ましい世界で、皆さんが九州大学大学院で受けた教育と研究成果をどの様に生かさなくてはならないのでしょうか。よく世界では「地球の愛」と「人の愛」と対比させて語ることがあります。「地球の愛」や「人の愛」という表現は、非常に曖昧で観念的でしかありませんが、地球上に多くの人間がどの様な状況で生活しているかを考えるとある程度、その意味が理解できます。地球上の多くの人々の生活環境は、地勢・地形、気候などの風土や土地の豊かさ、水資源の豊富さ等様々な要因によって異なります。即ち地球がもたらす豊かさと貧しさ、温和さと苛酷さ、あるいは住み易さ・住みにく難さなど、様々です。また、地球規模の地理や気候条件が同じでも、政治的、経済的、文化的、宗教的要因によって、私達の生活の状況は著しく異なってきます。さらに自然災害、感染症などの病気あるいは食糧の生産量等考えると、人々が地球上で幸せに豊かに生活をするという人間として等しい同じ権利を持っているにもかかわらず、地球上での生活状態は国、民族、地域によってあまりにも異なっていて不平等です。その意味では、「地球の愛」とは、不平等で様々な苛酷な条件で生活をすることを各々の地域の人間に強いていることであります。「地球の愛」の不平等を平等にできるのが、「人の愛」であり、科学・技術の活用の重要さがそこにあるのです。

 3月20日、福岡を突然襲った福岡県西方沖地震は、予想を超えた被害をもたらし、依然余震が続き、多くの方々が避難生活を余儀なくされています。最近の主な自然災害・疫病を挙げても、2004年10月の新潟中越地震、12月のインドネシア・スマトラ島沖で起こったマグニチュード9.0の地震とそれにより発生した津波被害による約16万人の死亡や、2003年12月のイラン南東部地震による25,000人以上の死亡があります。また、新型肺炎SARSの猛威、地球規模でのAIDSの広がりや狂牛病BSEなどの新感染症は、私達の幸福な生活を脅かすだけでなく、人類の生存さえ危うくしています。さらに、ここ数年、アフリカに於ける内戦による国の荒廃、食糧不足、極貧、疫病の蔓延等人間としての尊厳と生存をゆるがしかねない問題が起きています。個々の人間には全く責任のない個人の努力では如何ともし難い、これらの不平等な問題を解決し、人間的に平等で人間として豊かな生活を実現できるのが、科学・技術の適切な活用であると私は信じています。

 地球上の誰もが人間としての幸を等しく享受し、豊かな心を持って生活することを可能にするのが科学・技術の活用とそのさらなる進展・発展であり、地球上での等しい幸福な生活の実現が「人の愛」なのです。

 平成18年から始まる第3次科学技術基本計画には、安心・安全で質の高い生活ができる国を実現するとありますが、地球上の全ての国でこのことが可能になるよう、日本を含めた先進国が義務として努力しなくてはなりません。国の安全・安心の確保は国の持続的発展を維持する上でもっとも基本的要因であり、テロやネットワーク攻撃のきょうい脅威、インフラの脆弱さを含む災害への対応、アジア諸国の急速な成長や世界全体の人口増加に伴う食料需給の変化などに備えておくことが求められています。日本の最高学府の一つである九州大学大学院で教育を受けた皆さんがその役目を担っており、大学院教育の目的の一つが地球上での「人の愛」の実現です。そのための努力と「人の愛」の実現こそ、九州大学教育憲章の人間性・社会性・国際性・専門性の具現化であるのです。確かに科学・技術の進展・発展とその活用は、国、地域、企業の利益をもたらすためにも重要ですが、私達が科学・技術の発展のため、目覚ましい成果を挙げる努力をする最終目標・目的は「人の愛」の実現であることを、また、それが地球上に住む私達に等しく与えられた責務であることを、九州大学大学院で教育を受けた皆さんに自覚して欲しいのです。

 「人の愛」の実現を目指して皆さんは九州大学大学院で何を学んだのでしょうか。科学・技術の発展・進展は、皆さんの独創性・創造性なくしては不可能です。独創性・創造性は各個人の学術的・芸術的個性の集積から生み出されるものであり、それを皆さんは九州大学大学院での学生生活の中で個々に身に付けてこられたものと信じています。今後とも、常にあらゆる事柄に、あらゆる場面で自ら問題を提起し、自分自身で解決する能力を磨いて下さい。

 皆さんは、将来の日本の指導者として期待され、最高学府の優れた教育・研究環境で高度な専門分野を身に付ける訓練を受けてきました。今後、皆さんに求められるものは、皆さんが生み出す科学技術が人類を含めた全生物にとって真の幸福をもたらすものかどうか常に反芻を怠らない姿勢と倫理観です。

 九州帝国大学は、1911年に京都帝国大学福岡医科大学と工科大学を統合して、設置されました。1921年9月1日付で第1号の医学博士号を授与して以来、九州大学は世界で活躍する数多くの大学院修了者を世に送り出してきました。昨年4月に国立大学は法人化され、九州大学は国立大学法人九州大学に名称が変わりました。九州大学でも、法人化の基本理念を具体化することにより、世界レベルの教育研究の中核的拠点を構築することが求められています。九州大学の活動の重点四分野(教育、研究、社会貢献、国際貢献)で他大学と比較して特徴のある活動と顕著な成果を出し、大学の活動、成果のピークを社会に対して分り易く目に見える形で情報発信することが、教育研究の世界的拠点大学として九州大学が生き残るための唯一の道です。

 最後に、(博士)学位記の由来についてお話しいたします。学位記の用紙は、財務省印刷局で印刷されております。デザインは、大正から昭和20年にかけて発行された紙幣の図案を数多く手がけられた、磯部 忠一(いそべ ただかず)氏の考案によるものです。輪郭は正倉院御物の古代紋様が描かれ、唐草紋様は東大寺三月堂の本尊であります不空羂策(ふくうけんじゃく)観音像の宝冠などに表現された宝相華(ほうそうげ)唐草紋様に酷似しております。日本美術の黄金期といわれた8世紀、天平時代の美術作品から採用し、描き起こしたものと考えられます。この学位記は極めて格調の高い独創的な図案であり、九州大学に相応しいものであると思っております。

 今後、皆さんがさらなる研鑽を続けられ、諸先輩方の築かれた九州大学大学院の伝統を引き継ぐとともに、新しい時代の、新しい日本を担う中核的あるいは指導的な存在としてご活躍されるよう期待して、私の挨拶と致します。

平成17年3月25日
九州大学総長
梶山 千里