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平成16年度 学士学位記授与式(2005年3月25日)

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平成16年度 九州大学学士学位記授与式告辞(2005年3月25日)

 本日ここに九州大学学士学位記授与式を挙行するに当たり、めでたくこの日を迎えられた2,478名の学部卒業生の皆さんに、心からお祝い申し上げます。本日まで卒業生を見守り、励ましてこられたご列席のご家族・関係者の皆様におかれましても感慨ひとしおのことと拝察致します。

 また、本日は皆さんの大先輩である、アサヒビール株式会社代表取締役社長の池田弘一様をご来賓としてお迎えし、祝辞を頂戴できますことを、九州大学を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。

 さて皆さんは、九州大学で、教育・研究・社会との係わり、あるいは国際的な交流を通じて、何かを成し遂げたという満足感に浸るとともに、学部卒業という大きな節目に到達した自分自身を誇りに思っておられることと思います。本日の学部卒業はまた、自分自身の行動に今まで以上の責任を持つべき社会や大学生活への輝かしい門出を意味するものでもあります。

 この卒業という荘厳な場で、九州大学で何を学び、何を身に付けたか思い起こして下さい。九州大学教育憲章には、人間性、社会性、国際性、専門性を身に付けた学生を育成するとあります。この全てに共通して必要な素養を育むためには、自分で問題を見付け、自分自身で考え、自分で問題を解決できる、「問題提起解決型教育」あるいは「自己啓発教育」が不可欠であると信じています。

 皆さんは九州大学在学中に、自ら求めて勉強の喜びあるいは研究をすることの意義を知ったと確信しています。学問に対する欲求と研究から新しい真実を見付け出す喜びは同じです。即ち、勉強すること、研究することの意義は新しい真実を知り、未知のことを知る喜びであります。学問と研究をする喜びはまた、科学・技術を進展させ、文化を継承する喜びでもあります。しかし、研究から生れる大きな発見には、単に今までの論理の積重ねだけでなく、そこに大きな飛躍やイマジネーションが不可欠となり、そのためには感性・直感と独創性・創造性との間の絶妙なバランスが必要です。自然科学における感性や直感は観察力を身に付ける過程で磨くことができ、独創性・創造性は洞察力・展開力を身に付ける訓練によって後天的に身に付けることができます。

 20世紀は、私たちが予想もしなかった速度で科学が発達し、その内容が広範で多岐に亘るようになった時代でした。

 最近の科学の進歩、とりわけ、バイオテクノロジー、通信情報、ナノテクノロジー・材料あるいは環境分野などの科学と技術の進歩は目覚ましいものがあります。そのため、私達人間が、科学・技術を理解できなかったり応用技術に追いつけないことがしばしばあり、この様な現状が、科学・技術に支配される人間が生まれ、人間としての心と愛情を正常に持ち得ない人間が増してくる現象の一因となっています。また、科学が人間の倫理を越えてしまった事例も多くあります。

 科学の進歩には、ともすると人間を物質として捉えるか、あるいは物質主義の心を持つ人間をはびこらせる危険性が伴っていますので、私達は、科学・技術の進歩が、社会・人間の倫理や環境を守るための制約を越えないよう監視する目を養うと共に、自然との共存に対するバランス感覚を身に付けなければなりません。その意味でも自然科学だけでなく人文・社会科学との融合研究から生まれる成果が社会的に重要視されているのです。今、大学で学んだ皆さんに求められるものは、多くの発明・発見が人類を含めた地球上の全生物にとって真の幸福をもたらすものかどうか、常に検証し、正しい結論を導き出す素養と見識の涵養です。

 このように科学・技術の進展の目覚ましい世界で、皆さんは九州大学で受けた教育と研究成果をどの様に生かさなくてはならないのでしょうか。よく世界では「地球の愛」と「人の愛」と対比させて語ることがあります。「地球の愛」や「人の愛」という表現は、非常に曖昧で観念的でしかありませんが、地球上に多くの人間がどの様な状況で生活しているかを考えると、ある程度その意味が理解できます。地球上の多くの人々の生活環境は、地勢・地形、気候などの風土や土地の豊かさ、水資源の豊富さなど様々な要因によって異なります。即ち地球がもたらす豊かさと貧しさ、温和さと苛酷さ、あるいは住み易さ・住み難さなど、様々です。また、地球規模の地理や気候条件が同じであっても、政治的、経済的、文化的、宗教的要因によって、私達の生活の状況は著しく異なってきます。さらに自然災害、感染症などの病気あるいは食料の生産量などを考えると、人々が地球上で幸せに豊かに生活をするという人間として等しい同じ権利を持っているにもかかわらず、地球上での生活状態は国、民族、地域によってあまりにも異なっていて不平等です。その意味では、「地球の愛」とは、不平等で様々な苛酷な条件で生活をすることを各々の地域の人間に強いることであります。そして「地球の愛」の不平等を平等にできるのが、「人の愛」であり、科学・技術の活用の重要さがそこにあるのです。

 3月20日、福岡を突然襲った福岡県西方沖地震は、予想を超えた被害をもたらし依然余震が続き、多くの方々が避難生活を余儀なくされています。最近の主な自然災害・疫病をあげても、2004年10月の新潟中越地震、12月のインドネシア・スマトラ島沖で起こったマグニチュード9.0の地震とそれにより発生した津波被害による約16万人の死亡や、2003年12月のイラン南東部地震による25,000人以上の死亡があります。また、新型肺炎SARSの猛威、地球規模でのAIDSの広がりや狂牛病BSE等の新感染症は、私達の幸福な生活を脅かすだけでなく、人類の生存さえ危うくしています。さらに、ここ数年、アフリカに於ける内戦による国の荒廃、食料不足、極貧、疫病の蔓延など、人間としての尊厳と生存をゆるがしかねない問題が起きています。個々の人間には全く責任のない個人の努力では如何ともし難いこれらの不平等な問題を解決し、人間的に平等で人間として豊かな生活を実現できるのが、科学・技術の適切な活用であると私は信じています。地球上の誰もが人間としての幸を等しく享受し、豊かな心を持って生活できることを可能にするのが科学・技術の活用とそのさらなる進展・発展であり、地球上での等しい幸福な生活の実現が「人の愛」なのです。

 平成18年から始まる第3次科学技術基本計画には、安心・安全で質の高い生活ができる国を実現するとありますが、地球上の全ての国でこのことが可能になるよう、日本を含めた先進国が義務として努力しなくてはなりません。国の安全・安心の確保は国の持続的発展を維持する上でもっとも基本的要因であり、テロやネットワーク攻撃の脅威、インフラの脆弱さを含む災害への対応、アジア諸国の急速な成長や世界全体の人口増加に伴う食料需給の変化などに備えておくことが求められています。日本の最高学府の一つである九州大学で教育を受けた皆さんがその役目を担っており、大学教育の目的の一つが地球上での「人の愛」の実現です。そのための努力と「人の愛」の実現こそ、九州大学教育憲章の人間性・社会性・国際性・専門性の具現化であるのです。確かに科学・技術の進展・発展とその活用は、国、地域、企業の利益をもたらすためにも重要ですが、私達が科学・技術の発展のため、目覚ましい成果を挙げる努力をする最終目標・目的は「人の愛」の実現であることを、また、それが地球上に住む私達に等しく与えられた責務であることを、九州大学で教育を受けた皆さんに自覚して欲しいのです。

 「人の愛」の実現を目指して皆さんは九州大学で何を学んだのでしょうか。科学・技術の発展・進展は、皆さんの独創性・創造性なくしては不可能です。独創性・創造性は各個人の学術的・芸術的個性の集積から生み出されるものであり、それを皆さんは九州大学での学生生活の中で個々に身に付けてこられたものと信じています。今後とも、常にあらゆる事柄に、あらゆる場面で自ら問題を提起し、自分自身で解決する能力を磨いて下さい。

 卒業式の意味するところは、卒業そのものではなく、「開始、始まり」即ち「社会への人生の門出」なのです。この席で是非皆さんに、「地球の愛」と「人の愛」の違いと、皆が等しく人間の尊厳を持って幸せに暮らす世界を実現させることができるのは、科学・技術の進歩と適切な活用であることを、理解して欲しいのです。地球上に理想社会を実現させるためには、若い皆さんの一人一人の努力の積重ねと目的意識を持った行動が不可欠であり、皆さんの思慮深い行動が、やがて地球上に人間性豊かな社会を実現させるための着実な一歩となります。社会へ出られても、九州大学で学び身に付けられた能力や知識を活かし、地球上の理想社会実現に少しでも近付ける様に、皆さんの後に続く後輩達への良き手本となる様、活躍して下さい。人間として他人の心身の痛みの分かる能力と感性を備えた社会人として活躍されることを心より願い、告辞と致します。

「科学・技術の理解できる人間に」
平成17年3月25日
九州大学総長
梶山 千里