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平成18年度 学士学位記授与式(2007年3月26日)

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平成18年度 九州大学学士学位記授与式告辞(2007年3月26日)

 本日、ここに集われている平成18年度2,387名の学部卒業生の皆さんに、「卒業おめでとう」と心からお祝い申し上げます。また、本日まで卒業生を見守り、励ましてこられたご列席のご家族・関係者の皆様にもお祝い申し上げます。

 九州大学で教育や研究指導を受けるなかで自己研鑽され、九州大学の学生としての誇りを持って晴れて社会へあるいは大学院へ巣立たれる皆さん。私は、この知的集団を前にして、これからの日本・世界を背負う偉大なるエネルギーを肌で直に感じています。

 また、本日は皆さんの大先輩である、元 内閣官房副長官の古川貞二郎様をご来賓としてお迎えし、祝辞を頂戴できますことに、九州大学を代表いたしまして厚くお礼申し上げます。

 皆さんが九州大学で人間性、社会性、国際性を身につけるための教育を受け、さらに専門的な研究の指導を受けて、学部卒業という輝かしい到達点に立つことができましたのは、学生の皆さん自身の努力の賜であることは勿論ですが、皆さんの周りの方々のお陰であることも忘れてはなりません。経済面から精神面まで支えていただいたご家族・関係者の愛情溢れる支援、人間的、社会的に独立できるように大学で教育・研究の指導をしていただいた教職員の励まし、人の心の温かさと痛み、友情とは何かなどを、人と人との付合いを通じて教えてくれた先輩、友人の支えを忘れてはなりません。また、中学、高等学校時代には同窓生でありながら、何らかの事情で大学で教育を受ける機会がなく、これから皆さん達が出て行く社会で先輩として汗水を流して働いている方達の存在を忘れてはなりません。

 不幸な第二次世界大戦終了より62年、皆さんの諸先輩は、厳しい生活の中、日本復興のため必死に日夜努力され、世界第二位の工業生産を誇る国にまで日本を成長させてきました。20年程前のバブル期にほとんどの日本人は、自分達は中産階級であると考えていましたし、衣食住の物質面で豊かさを謳歌していました。バブル期の日本人は物質面の豊かさに満足し、心・精神面の豊かさを育む努力を怠り、その付けが、最近多発する人間性を失った社会的事件の一因となっています。心の教育の不足が、社会性の無さや、人間関係を大切にする日本文化の崩壊に繋がっており、その結果が、今日の日本社会の無気力、経済の停滞あるいは日常生活での安全性の低下に繋がっていると私は思っています。物質面の豊かさと違って、心や精神面の豊かさや、自然や環境の豊かさは世界共通の評価基準で論じることができ、地球上で皆等しく享受すべきものです。

 「豊か」は、「満ちたりたさま、不足のないさま」また「ゆるやか、やすらか」等と、物質面と心・精神面がともに満ち足りた状態をいい、生活の豊かさ、物質の豊かさ、健康の豊かさ、心・精神面の豊かさ、自然・環境の豊かさなど、様々です。最近では、産業構造も物質的豊かさから心の豊かさを基準にしたものに変化しつつあり、感性という人間の本質を価値判断に導入し始めています。日本の国家的豊かさを支えてきた産業、鉄鉱、造船、自動車、化学・石油、電気・情報、土木・建築などは、心や自然の豊かさに対応した健康、安全、環境に関わる産業へと変化しつつあります。健康、安心、安全など新しい型の日常生活の豊かさ、心の豊かさの実現のため、九州大学で学んだ皆さんには、21世紀社会を先導するリーダーとしての、行動と意識が求められています。

 九州大学の執行部の会議で、九州大学の学生で足りないものは何かを時間を掛け、熱心に討論したことがあります。結論は、21世紀社会を先導するリーダーとなり社会に貢献する、換言すれば日本を含めた国際的視野に立って行動できる学生が少ないということでした。中央教育審議会・大学部会でも新時代の高等教育と社会について答申しており、その中に「21世紀型市民の養成」というのがあります。「21世紀型市民」とは、専門性を有し、幅広い教養を身につけ、社会の持続的発展のために、時代の変化に合わせて積極的に社会を支える、あるいは社会を改善する資質を有する人材のことです。近年、情報の伝達の早さ、交通機関の高速化など時間的尺度では地球が著しく狭く、小さくなっています。特に人の動き、経済活動では国境という概念が無くなりつつあり、科学研究は勿論、政治さえも世界は一体化しつつあります。この様な社会では「国際的視野に立つ」ということは、私達の社会的・国際的活動に不可欠です。卒業生の皆さんは在学中に「国際的視野をもち社会的リーダーとして行動する」ということを深く考えたことはないかもしれませんが、皆さんが、特に意識していなくても、このことを既に実行している人は多いと思います。「国際的視野をもつリーダーに」という言葉の内容は、グループを作り、社会奉仕するや留学生と日本人のコミュニケーションを深める等、日常生活でも容易に実現できます。九州大学も皆さんに社会のリーダーとしての素養を身につけさせるために、問題提起・自己解決型教育、いわゆる自己デザイン教育や、大学院共通教育として「リーダーシップ論」等も始めています。本日ご臨席の古川貞二郎先生にも「リーダーシップ論」の講義でお世話になっています。また、昨年よりアメリカ西海岸のシリコンバレーで行っている「九州大学・ロバートファン/アントレプレナーシップ・プログラム」もこれに該当します。このプログラムに参加した学生は、外国で高い志を持って起業家として活躍し、リーダーとして社会に尽くしている日本人の方々の国際的視野の広さと精神力の強さを直接肌で感じたことと確信しています。

 「リーダーになること」と「リーダーであること」は行動としては連続していますが、異なった意識を持って実行するものです。今ここで皆さんに求められていることは「リーダーであること」よりむしろ「リーダーになること」です。「リーダーであること」は、いくつかの行動規範を守り実行力・統率力を持つことが不可欠です。例えば、正しいと思うことをすぐ行い、結果に対して責任を取る、決断したら即実行する、批判に挫けないで仕事をする、首をかけて退路を断つ決意など、リーダーとしての心構えが多くあります。皆さんに求められている「リーダーになること」を実現するためには、そのための訓練、学習も必要です。チャレンジすること、考え・行動するときは積極的、建設的であること、何事にも独自の考えを持つ、行動に対しては決意と夢を持つ、などです。

 職業や専門を取ったら何が残るかでその人の価値が決まります。リーダーシップの意識を持ち国際的視野に立って社会に貢献することも、人間としての価値の表現の一つです。そのためには、個性、独創性、創造性を身につけるための日頃の訓練と、日本を含めた国際的視野を持って問題点を把握し判断できるようになることが必要です。いろいろな機会に私が言っていることですが、個性、独創性、創造性の涵養には、身の回りで起きる自然の変化、社会の変化に関心と好奇心を持ち、常に「何故」と考え、その回答として自分の考えを持ち、その考えを他人に説明、伝達する訓練が必要です。自分の意見を持ち、それを発表することが、その人の個性に繋がり独創性となり、独創性の広がりと積重ねが創造性を生み出すのです。また、「国際的視野」の涵養には、あらゆる分野の文化の多様性を受入れることがまず第一です。外国語が喋れるということと国際的感受性を持つことは全く別問題です。国際的視野に立つということは、様々な国の歴史、民族、自然や政治、経済など、あらゆる異文化を認め、理解することです。

 活躍する分野や、社会的、国際的重要性、影響力の拡がり等リーダーとしての活躍の仕方は様々ですが、最近の日本では品格、見識があり国際的視野に立って行動できる力強いリーダーが少なくなっている様に思えてなりません。明治維新で活躍した人々は社会を変えるという高い志を持っていました。九州大学で四年間教育を受けた皆さんは、高い道徳心と高邁な理想を追い求める心構えと実行力を身につけられたと、私は信じています。皆さんの一人一人の小さな努力の積み重ねとリーダーシップの発揮が、やがて日本を良い方向に変えるエネルギーになると、私は確信しております。

 リーダーとして自覚を持ち、国際的視野で社会を先導する皆さん達を、今ほど社会が待ち望んでいる時はありません。真に豊かな日本、世界を実現することができるものは、若い皆さん方一人一人の情熱と努力です。社会に出られても、九州大学で学び身につけたことや九州大学の輝かしい伝統を生かし、皆さんの後に続く後輩達への良き道しるべとなるように、活躍してください。そのためには、心身共に健康であることが不可欠です。人間として、他人の痛みの分かる心を備えた大人として活躍されることを願って、告辞といたします。

「国際的視野を持つリーダーに」
平成19年3月26日
九 州 大 学 総 長
梶 山 千 里