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平成18年度 入学式告辞(2006年4月6日)

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平成18年度 九州大学入学式告辞(2006年4月6日)

 教育・研究の中核的拠点大学として輝かしい歴史と伝統を持つ「持続的に変革し、飛躍する九州大学」の一員になられた新入生の皆さんを心より歓迎いたします。皆さんの現在の晴れの姿は、ご家族、学校の先生、友人等、周りの多くの方々の経済面、教育面、あるいは精神面からの支援によるものであることを忘れてはなりません。

 また本日、ボルドー第一大学副学長 Daniel Chasseau(ダニエル シャソー)先生におかれましては、ご多用中にもかかわらず入学式にご臨席賜り、祝辞を頂戴できますことを、九州大学を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。

 さらに、ご卒業から30年を経たOBの方々にも本日ご臨席をいただいておりますことを、御礼とともにご紹介致します。

 まず皆さんが入学された九州大学の歴史と現状を説明しましょう。九州大学は、1911年に設立された工科大学と、1903年に既に設立されていた京都帝国大学福岡医科大学とをもって、1911年に九州帝国大学として誕生いたしました。東京、京都、東北帝国大学に次ぐ第4番目の帝国大学で、95年の歴史と伝統を誇る我が国の高等教育の基幹をなす大学であり、優れた人材育成と卓越した基礎研究及び応用研究の成果を、常時世界に発信してきました。現在、九州大学は学部学生約11,700名、大学院学生約6,400名、留学生及び外国人研究員約1,200名と教職員約4,500名が所属する巨大な知的集団です。

 2004年4月に日本の国立大学の制度が変わり、国立九州大学は国立大学法人九州大学として生まれ変わり、個性輝く大学作りに、教職員一同、邁進いたしております。「21世紀型市民の養成」、すなわち専門性を有し、幅広い教養を身に付け、時代の変化に合わせて積極的に社会を支える、あるいは社会を改善できる資質を有する人材の育成を目指して、九州大学は変革を遂げています。

 次に九州大学の新キャンパス、伊都キャンパスへの移転についてお話ししましょう。九州大学は、自ら定めた改革の理念を効果的に実現し、また、基礎教育を確実に身に付けさせ、創造力を養う教育・研究の中核的拠点を実現するために、福岡市西区元岡・桑原地区に新しいキャンパスを創っています。その伊都キャンパスでは、昨年10月より移転第Ⅰ陣である工学部の約半分が教育・研究を開始しました。本年度で工学系の移転は完了し、教職員と学生合せて4,900名が、古代ロマンの雰囲気と緑に囲まれた環境の中で、市民に開かれたキャンパス作りを行います。

 伊都キャンパスは、福岡ドーム約40個分の広さに相当する275ヘクタールと広大で、環境の保護、埋蔵文化財の保存に細心の注意を払い、今後100年以上の教育・研究のための理想空間となります。

 皆さんが九州大学に入学した目的は何であるか、この入学式に当たり真剣に考えて下さい。遊び、のんびり過ごすためや就職準備の目的で九州大学に入学したのではありません。皆さんは、九州大学の教育と研究に耐えられる基礎学力と体力を身に付け、また社会人として常識ある行動のとれる学生として、九州大学に合格したわけです。低学年教育、共通教育で教えられる科目を理解し、これらが高学年専門教育の基礎として身に付けられるかどうかは、皆さん個人個人の勉学に対する真摯な取り組み方によります。勉強は皆さんが自覚して自ら行うもので、他人から強制されてするものではありません。大学は、自分自身の考えを個性として表現することを学ぶ所です。教室で授業を受け、基礎知識を身に付けることだけが勉強ではありません。「学生である前に良き市民であれ」「社会性、国際性を身に付けよ」「経験を多く積み、独創性・創造性を養うために身の周りの変化に興味を持て」「人間としての尊厳を守るための倫理観を身に付けよ」「留学生と仲間になり、異文化を理解し国際感覚を磨け」などは、私がいつも学生に言っていることです。「勉強しない学生、やる気のない学生」や「社会人として自立できない学生」は、九州大学に在学する資格はない、とも言っておきます。

 入学式にあたり「志の高い人間に成長して欲しい」ということと「在学中に良い文章に接して欲しい」を新入生の皆さんにお願いしておきましょう。

 まず、「志の高い人間に成長して欲しい」ということからお話ししましょう。財団法人、日本青少年研究所が行った高校生に対する意識調査の結果を、新入生の皆さんだけでなく本日出席のご家族の方々にも真剣に考えて欲しいのです。この意識調査の結果は、日本、アメリカ、中国、韓国の高校生の平均的なものであり、本日ここに出席しておられる向上心高く、おおいに勉強意欲のある新入生の皆さんに当てはまらないかも知れませんが、日本の高校生に共通している問題点なのです。一昨年の調査では、「学校で最も充実している時は」という問に対して、日本では「親しい友人と一緒に居る時」であり、他の3ヵ国では、「良い成績を取った時」となり、日本の高校生の勉学に対する関心の低さが目立っています。昨年の調査では、平日に学校以外の場で勉強しない高校生は、中国8%、アメリカ15%しかいないのに日本では45%にも達する。調査は、「日本の高校生の多くは様々な課題に対して努力しなければならないと認識しながら、現実には行動する意欲に乏しく、ぬるま湯のような意識で生活している」と結論づけています。本年3月に発表された調査結果では、「希望の大学に入学をすることは大事か」という問に対してアメリカ54%、中国76%、韓国78%でしたが、日本は30%を切り、最低でした。日本では、他の3ヵ国と比較して、学業や進学に対する意欲が際立って低く、また、「食べていける収入があればのんびり暮したい」と希望する高校生が多く、日本の高校生は悩みもないけど希望をもって将来の自分を切り開き向上するという意欲が、他3ヵ国の高校生と比較に著しく低いことも明らかとなっています。「やる気のなさ」「勉強しない」等、日本の高校生の向上心に対する意識調査の結果について、私達は、その徹底分析と解決について不退転の決意で立ち向かわなければ、将来、日本が科学立国として世界を先導することができないと私は信じています。

 不幸な第2次世界大戦終了より61年、皆さんの祖父母の方々は戦後の廃墟の中で乏しい食料の生活に耐え、日本復興のため必死に努力され、世界第2位の工業生産力を持つまで日本を成長させてきました。日常生活は貧しくとも、日本を復興させようという気概と希望が日本人の中に漲っていたのです。21世紀の日本を先導するためには、大学で学ぶ教養と専門分野を生かし、自ら積極的に社会との接点を持ち、自分自身の能力で社会を動かしていくことが不可欠であり、九州大学という最高学府で学ぶ機会を与えられた皆さんの責務です。そのためにも志を高くもち、若々しい向上心と目的意識をもった行動が、やがて、日本、世界に人間性豊かな社会を実現させる着実な一歩になると信じています。

 次に「在学中に良い文章に接して欲しい」ということをお話ししておきます。ここで「良い文章」ということの定義や意味を議論する積もりはありません。「良い文章」という表現をそのまま素直に捕らえて欲しいのです。良い文章との接触は、皆さんの思考プロセスの発達に直接関わると、私は信じています。大学生の国語力の低下に関して様々な意見の有ることはご存知と思います。「学生の活字離れは小学校からの国語教育に根源を求めざるを得ない」、「自分の考えを書くのと正しい文章をきちんと書くことは別問題」、「新聞が読めるというのは社会人として最低限の能力」、「メールやインターネットを使うため漢字を正しく書けなくなっている」等、大学生の国語力低下に関する意見は数多くあります。

 大学生の学力低下の原因はきちんと議論・解明し、解決されるべきですが、私は国語力の低下がその原因の一つであると信じています。試験問題を与えられてもきちんと問題の主旨が把握できなければ正しい解答はできません。また、自分の考えを論理的にまとめ、それを正しい日本語で表現できなければ、自分の意見を正しく他人に伝えられません。論理的表現と正しい日本語での記述は表裏一体であり、国語力の低下が論理的思想の展開ができないということに繋がっています。日本語の知識あるいは国語力の低下が、自分の考えを正確に表現することや、その人の個性の展開あるいは創造性・独創性の発達を妨げているのではないでしょうか。日本語教育や国語力の向上が、日本の教育の再構築と創造性・独創性の発揮に不可欠ではないでしょうか。大学在学中に「良い文章に接する」ために文学書をできるだけ読んで、人生の糧にしてください。

 皆さんがこれから九州大学で受ける教育は、受け身でかつ他人から強制される勉強であってはなりません。学問に対する欲求と、研究から新しい真実を見つけ出す喜びは同じであり、勉強も研究も新しいことを知る喜びであるのです。しかし、今から六本松地区を中心に受ける低学年共通教育や基礎教育、さらに学部専門教育、大学院教育及び研究には、新しい知識の蓄積、新事実の発見、さらに自分の考えを展開できるという期待と感動がありますが、決して易しく、楽しいばかりではありません。学問、研究は、専門的で深く追求すればする程、喜びと共に苦しさも増してくるということを、理解しておくべきです。

 抵抗なく何事にも飛び込んで行き、失敗が許されるのは若いときしかありません。新入生の皆さんは、若者の特権をもてる若い日があっという間に過ぎることを自覚して、一日一日を有効に、九州大学の学生生活が実り多く、有意義となるよう心掛けてください。「持続して変革し、飛躍する九州大学」の学生という誇りをもち、何事にも自分の意見をもち、積極的、建設的な行動の取れる社会人として成長することを願って、告辞と致します。

「志高く社会に貢献を」
平成18年4月6日
九州大学総長  梶山 千里