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平成19年度 入学式告辞(2007年4月5日)

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平成19年度 九州大学入学式告辞(2007年4月5日)

 日本の教育・研究の中核的拠点大学として輝かしい歴史と伝統を持つ、「持続的に変革し、飛躍する九州大学」の一員となられた皆さんを、心より歓迎致します。ご入学おめでとうございます。今日まで物心両面から受験生を支え、入学式に出席しておられるご家族・関係者の方々にもお祝いを申し上げます。

 また、ロンドン大学アジア・アフリカ学院学長のPaul Webley(ポール・ウェブリー)先生におかれましては、ご多用にもかかわらず入学式にご臨席賜り、祝辞を頂戴できますことを、九州大学を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。

 入学試験という苛酷な競争を勝ち抜き、この入学式に出席しておられるのは、皆さん自身の努力によるものであることは間違いありませんが、周りの多くの方々の経済面、精神面、あるいは教育面からの計り知れない支援があったことを、新入生の皆さんは忘れてはなりません。皆さんは、高等学校まで大学入学という目標に向かって努力してきました。過去の学校の成績、入学試験の点数、入試のための面接の結果などの差は、この入学式で全くリセットされ、皆さんは、これからの大学生活、社会生活のための同じスタートラインに立っています。

 まず皆さんが入学された九州大学の歴史と現状を説明しましょう。九州大学は、1911年(明治44年)に設立された工科大学と、1903年に既に設立されていた京都帝国大学福岡医科大学とをもって、1911年に九州帝国大学として誕生しました。東京、京都、東北帝国大学に次ぐ第4番目の帝国大学で、96年の歴史と伝統を誇る我が国の高等教育の基幹をなす大学であり、優れた人材育成と卓越した基礎研究及び応用研究の成果を、常に世界に発信してきました。現在、九州大学は学部学生約11,700名、大学院学生約6,600名、留学生及び外国人研究員約1,200名と教職員約4,500名が所属する巨大な知的集団です。

 九州帝国大学創立は1911年1月1日ですが、1910年12月26日の福岡日々新聞に、「九州大学の開設」と題して次の様な内容の論説が掲載されています。「高尚な知識欲に乏しく、薄っぺらな社会的名誉と利益にかり立てられた学生とならないよう願う。九州大学は専念一意、純粋に学問のために学問に務め、その成果をもって社会を指導し、そのような大学が福岡にあるという名誉と利益を社会に感知させよ。そして、それ故に社会は大学を尊重し擁護する責任があるのだと要求する気構えを期待する。社会の神聖なる心的生活の指導者となるべきという要求に対して、大学は応えなくてはならない。」この論説は、学生も含めた大学関係者が、見識ある行動と秀でた教育・研究活動を社会より求められているという大学の原点を、今一度思い起こさせます。

 2004年4月に日本の国立大学の制度が変わり、国立九州大学は国立大学法人九州大学として生まれ変わり、個性輝く大学作りに、教職員一同、邁進しています。「21世紀型市民の養成」、すなわち専門性を有し、幅広い教養を身に付け、時代の変化に合わせて積極的に社会を支える、あるいは社会を改善できる資質を有する人材の育成を目指して、九州大学は変革と飛躍を続けています。

 九州大学の新キャンパス、伊都キャンパスへの移転についてお話ししましょう。九州大学は、自ら定めた改革の理念を効果的に実現し、また、基礎教育を確実に身に付けさせ、創造力を養う教育・研究の中核的拠点を実現するために、福岡市西区元岡・桑原地区に、新しい市民に開かれた都市型のキャンパスを創っています。伊都キャンパスは、福岡ドーム約40個分の広さに相当する275ヘクタールと広大で、環境の保護、埋蔵文化財の保存に細心の注意を払い、今後100年以上の教育・研究のための理想空間となります。その伊都キャンパスでは、2005年10月より工学部の約半分が教育・研究を開始し、本年3月に工学系の移転は完了しました。現在、教職員と学生合せて約5,500名が、古代ロマンの雰囲気と緑に囲まれた環境の中で、知的活動を行っています。2年後の2009年4月より六本松キャンパスの教育・研究を伊都キャンパスで開始します。2年後には、伊都キャンパスは、学生数10,000人以上、教職員約1,000名の知的集団が大学生活を行うキャンパスになります。

 大学入学の目的は、これからの社会生活への基盤作り、即ち就職のための準備もありますが、志が高く、倫理観を持ち、社会に貢献できるリーダーとなるためでもあります。大学で何を学ぶことができるかは、大学が何を提供できるかも重要ですが、皆さんが大学を如何に有効に利用することができるかに懸っています。言い換えますと、大学に何かを求めるより、自分の欲する知的活動、課外活動、人間関係を見出す努力と熱意と積極性が不可欠です。勉学も含め、大学生活をコントロールし、有意義なものにする責任を自らが負うことが、高等学校までの学生生活と大きく異なる点です。

 皆さんは、九州大学の教育と研究に耐えられる基礎学力と体力を身に付け、また社会人として常識ある行動のとれる学生として、九州大学に合格したわけです。低学年教育、共通教育で教えられる科目を理解し、高学年専門教育の基礎として身に付けられるかどうかは、皆さん個人個人の勉学に対する真摯な取り組み方によります。勉強は皆さんが自覚して自ら行うもので、他人から強制されてするものではありません。いくら良い教育を受けても、それを理解し、個性ある考え方として展開し、独創性・創造性を身に付ける努力をしなければ、大学教育を受ける意味はありません。人文科学、社会科学、自然科学の教育を通じて、基礎知識を身に付けることは勿論ですが、人間としての倫理観も身に付けて下さい。

 大学では、教室で授業を受け、基礎知識を身に付けることだけが勉強ではありません。「学生である前に良き市民であれ」「社会性、国際性を身に付けよ」「経験を多く積み、独創性・創造性を養うために身の周りに興味を持て」「人間としての尊厳を守るための倫理観を身に付けよ」「留学生と仲間になり、異文化を理解し、国際感覚を磨け」などは、私がいつも学生に言っていることです。

 日本の学生に対して、いくつかの課題あるいは問題点が指摘されています。例えば、「表現、説明能力の低下」、「論理性の欠如」、「指示待ち」、「独創性・創造性の欠如」、「視野の狭さ」、「指導力・リーダーシップを涵養すべき」や「チームワークが苦手」等です。これらの諸課題に対して九州大学では様々な工夫を行っています。例えば、「問題提起、解決型授業、即ち自己解決型デザイン教育」、「チームプロジェクトの導入」、「学生の授業、研究指導への参加、即ちティーチング・アシスタントやリサーチ・アシスタント制度の充実」や「インターンシップの奨励」等です。学生自身の課題の解決、克服には上記のような学生指導に対する大学の努力、工夫も不可欠ですが、最終的には学生一人一人の解決への意欲の持ち方と熱意と努力に強く依存します。

 次に、日本の家庭、親の課題についてお話し致します。本日、入学式にご出席のご両親・関係者の皆様にも是非、真剣に考えていただきたいのです。財団法人日本青少年研究所が、家庭での親から小学生の子供に対する注意事項について、日中韓、三カ国の調査結果を最近発表しています。注意事項23項目中、21項目で日本が最下位で、日本に於ける家庭での教育力の低さが浮き彫りになっています。例えば、「テレビをみるのをやめなさい」、「ゲームをやめなさい」、「友達と仲良くしなさい」、「先生の言うことを聞きなさい」、「親の言うことを聞きなさい」、「嘘をついてはいけない」、「好き嫌いなく食べるように」、「よく勉強すれば努力が報いられる」等を「よく言う」割合を見ると、日本の親は、中国、韓国の半分以下しか子供に注意していないのが分かります。子供に対する家庭での親の躾が社会での子供の態度に直接反映されます。家庭教育・乳幼児教育、低学年教育に於ける大人、親の役目と責任を、私達はもっと真剣に考えるべきだと思っています。

 最後に国語力について、お話しします。大学生の学力低下の原因はきちんと議論・解明し、解決されるべきですが、私は国語力の低下がその原因の一つであると信じています。試験問題を与えられてもきちんと問題の主旨が把握できなければ正しい解答はできません。また、自分の考えを論理的にまとめ、それを正しい日本語で表現できなければ、自分の意見を正しく他人に伝えられません。論理的表現と正しい日本語での記述は表裏一体であり、国語力の低下が論理的思想の展開ができないことに繋がっています。日本語の知識あるいは国語力の低下が、自分の考えを正確に表現することや、その人の個性の展開あるいは創造性・独創性の発達を妨げているのではないでしょうか。日本語教育や国語力の向上が、日本の教育の再構築と創造性・独創性の発揮に不可欠ではないでしょうか。大学在学中に「良い文章に接する」ために文学書をできるだけ読んで、人生の糧にしてください。

 皆さんがこれから九州大学で受ける教育は、受け身でかつ他人から強制されるものであってはなりません。学問に対する欲求と、研究から新しい真実を見つけ出す喜びは同じであり、勉強も研究も新しいことを知る喜びであるのです。しかし、今から六本松地区を中心に受ける低学年共通教育や基礎教育、さらに学部専門教育、大学院教育及び研究には、新しい知識の蓄積、新事実の発見、さらに自分の考えを展開できるという期待と感動がありますが、決して易しく、楽しいばかりではありません。学問、研究は、専門的で深く追求すればする程苦しさが増してきます。

 抵抗なく何事にも飛び込んでいき、失敗が許されるのは若いときしかありません。新入生の皆さんは若者の特権を持てる時間があっという間に過ぎ去ることを自覚して、1日1日有意義に、九州大学の学生生活が実り多いものとなるよう心がけてください。大学から何かをしてもらおうと期待するのではなく、何を自分自身ですべきかを考える社会人になってください。「持続的に変革し,飛躍する九州大学」の一員となったという誇りを持ち、何事にも自分の意見を持ち、積極的、建設的な行動のとれる社会人として成長することを願って告辞と致します。

「自ら進んで社会から学び取れる学生に」
平成19年4月5日
九 州 大 学 総 長
梶 山 千 里