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松尾真太朗
准教授
人間環境学研究院
専門分野
建築鋼構造
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ネジ(ボルト)を締めたことはあっても、溶接をしたことがないという人は、少なくないはずです。我が国はいま、溶接工不足に直面しつつあります。このような状況がさらに進めば、建設事業の遅れにつながりかねません。
九州大学大学院人間環境学研究院の松尾真太朗准教授は、この問題を解決しようと、溶接に代わる選択肢を探っています。それは、ボルトを締めるような比較的簡単な作業で、建築構造物の安全性を維持する構法です。
「溶接には、建材の進化に伴ってより高度な技術が求められます。しかし、ボルトを締めることは誰にでもできます。溶接作業の全てをなくす必要はありませんが、一部の接合部を高力ボルトに変更するだけでも、建設作業を大幅に簡略化でき、工期も短くできる可能性が高まります」と松尾准教授は話します。
世界中で1日に建てられる約13,000棟もの都市建築物にとって、安全性と工事のしやすさは重要なポイントです。より強度の高い建材を使うことは、建材そのものの重量を減らしながら、建物の構造強度を保持することが可能となります。しかし多くの場合、それと引き換えに、厳しい施工条件がつきまといます。
そこで松尾准教授は、これらの制限を受けにくい施工技術の開発と評価に力を注いできました。高力ボルトを使うことで、実際の現場で行う溶接作業を大幅に減らしながら、工場における品質管理の行き届いた接合部品(梁を柱にボルトで固定するための接合用ダイヤフラムなど)を現場に供給して組みたてるのもその一つです。
「全体的な考え方は単純ですが、例えば、ある一定の規模の建物に対して、安定的に効率的な構法が適用できれば、それはシステム化され、広く普及する可能性があると言えますが、そのような画期的な構法はなかなか実現できていないのが現状です。」と松尾准教授は話します。
より使いやすい施工技術にしようと、松尾准教授がもう一つ研究を進めているのが、CFT(コンクリート充填鋼管)構造です。その優れた性能は、超高層建築において注目されてきました。コンクリートは、本来必要な鋼材の量を減らしつつ強度を高めます。また、半永久的な鋼管は、仮設型枠の解体に伴う労力を減らします。しかしながら、コンクリートの充填はデリケートな作業です。
「求められる品質に対し、充填作業を厳しく管理できるのはごく一部の建設会社に限られているのが現状です。より多くの人が従事できる環境の実現に貢献できればと考えています」と松尾准教授は語ります。
CFTの材料を製造する際には、溶接作業も必要です。鋼管には高強度の鋼材を使うことが望まれます。しかしながら、接合部をできる限り強くするために、同じような高強度の材料で溶接しようとすると、その作業は複雑になります。
「ただ、構造全体を考えれば、強度の低い接合部に対して高強度の接合部が持つメリットは、場合によっては限られてきます。どの部分であれば、低強度の接合であっても構造上は問題なく耐えられるかを理解することで、より簡単な溶接技術を用いるだけで済むかもしれません。」と松尾准教授は説明します。
松尾准教授の研究グループは加力実験とモデリングを行い、さまざまな施工技術による構造部材が外的変化に対してどのようにして耐えられるかを調べるとともに、現場で実際にどう応用できるかを予測しています。学内の設備を使い、破壊に至るまでの現象を特定するための加力実験やモデリングを行うことで、構造部材の特性を正確につかみ、新しい設計に生かすのです。
しかし、このような実験には限界があります。
「実験によって調べられる現象は、あくまで研究者が想定する仮定のもとで起こり得る現象です。一方、実際の現場では、どんなことも起こりうるのです。建築構造物の実際の破壊現象を調査し、このギャップを埋めることが非常に重要です」と松尾准教授は話します。
その活動の一環として、松尾准教授は2016年の熊本地震(九州大学から南へ約100kmの熊本市付近を震源に発生した一連の地震)で被災した 鉄骨造施設の調査を行うワーキンググループに参加しました。
「甚大な被害が発生したことは残念ですが、私たちにはこの経験を無駄にせず、今後の建築構造物の安全性の向上に生かしていく責務があります」と松尾准教授は強調します。
将来の建築構造物が、住む人にとってより安全で、建てる人にとってより負担の少ないものとなるよう、松尾准教授は研究を続けています。