植物たちが持つ未知の可能性を解き明かす
Discover the Research Vol.3 農学研究院 教授 丸山 明子(まるやま あきこ)
植物は、周りの無機物から有機物を作り出し、人間も含めた動物は、植物が作り出す有機物を食べて生きています。地球上の生命を支える植物が生きていくために必要な栄養素や植物研究の魅力について、農学研究院の丸山明子教授に伺いました。
植物はどうやって生きているのか
先生の研究内容を教えてください。
私の専門分野は植物栄養学です。植物は無機イオンを吸収し、有機物を作り出すことができます。例えば、光合成をイメージしてみてください。植物は光と水、そして二酸化炭素があれば、炭素が連なった化合物、つまり有機物、を作ることができ、私たちはそれを食べることでカロリーを摂取できます。二酸化炭素のように人が直接取り込むだけでは身にならないものでも、植物が介在すると人の身になるものに変換してくれるわけです。私は植物がこの無機イオンをどのようにして有機物に同化していくのか、同化そのものの活性がどのように調節されているのかについて研究しています。
環境ストレスが植物に与える影響についても研究されているとか?
はい。環境ストレスにさらされている植物の内部で、硫黄を含む化合物がどのように働くのかを調べています。硫黄の元素はすごく反応性の高いことが特徴です。反応性が高いことから硫黄の元素は代謝を高めたり、菌を殺すような活性を持っていたりして、環境ストレスにさらされたときに植物が生成することがある毒素を取り除いてくれます。そこで私は硫黄の同化をよりよくできれば、環境ストレスに耐性の高い植物を作れるのではないかと考え、研究しています。
好きなこと、興味のあることの先に植物があった
どのような経緯で植物の分野に興味を持たれたのですか?
子どものころから生物に興味がありました。そして、食べることが大好きでした。生物と食べ物を合わせたら植物なのかなと(笑)。ただ、大学に入学した時点では、それほど植物を研究したいという強い意志があったわけではありませんでした。将来何をしたいのかを考えたときに、「興味があるのは生き物かな」くらいの気持ちで理学部生物学科に入学しました。高校生のころの私からすると理学部が具体的にどのような内容を学ぶ学部なのかもよくわかっていませんでした。ただ、何となく楽しそうな、未知のことに取り組むところというイメージは持っていて、「新しい世界に飛び込みたい!」という思いを抱いていました。
大学に入学してから研究者になろうと思われたきっかけは?
学生のころは、正直自分が研究者になれるとは思っていませんでした。最初は卒業論文のために研究をしていて、進路について考えたときにどうせやるなら好きなことを突き詰めたいと思い、研究者の道に進むことに決めました。ただ、実のところ大学院生のときは、今のような植物栄養学を研究していたわけではなかったんです。
それでは、植物栄養学にはどのような経緯で進まれたのですか?
最初は研究室で行っていた種子の発芽について研究していたのですが、シアンが発芽を促進する仕組みを調べるにあたり、代謝を研究するようになりました。その後、植物のなかでシアンを解毒している酵素について調べるようになりました。幸い酵素の本体を突き止めることはできたのですが、「その酵素やシアン代謝が植物の生き様にとってどう大切なのか?」という疑問については消化不良を感じていました。それならば、植物が成長するうえでより重要なものに焦点を当てて、タンパク質の役割を直接解析できるような研究をしてみたいと考え、モデル植物を用いた植物栄養学の分野にシフトしていきました。
研究という宝探しに魅せられて
研究の魅力はどこにあると思われますか?
これまで誰にもわからなかったことを、自分が人類で最初に発見することになるかもしれない研究をしている、これが一番の魅力だと思います。分野にかかわらず、研究者であれば皆同じように感じているのではないでしょうか。例えば、ある反応を起こしているタンパク質が分からない時に、植物からその反応を起こすタンパク質や遺伝子を取り出して、その正体を特定する必要があります。その配列が出た瞬間というのは、「あ!わかった」とテンションが上がるものです。
確かに第一発見者になることができるのは研究者ならではの魅力ですね。
植物の研究では、反応が起きるきっかけと結果はわかっているけれど、その過程がブラックボックスのまま、ということがよくあります。そのようなときには、類似した反応を調整しているものを探したり、反対にその反応が起きなくなるような変異体を取り出したりして、結果までに何が介在しているのかを探していきます。逆に興味をもった遺伝子やタンパク質を失わせた植物で何が起こるかを調べることで、その働きを突き止めることもあります。私にとってそれはまるで宝探しをしているようなわくわくする時間です。
研究を通して社会で生きる力を育てる
先生の研究室の特徴を教えてください。
分子生物学的なところから、代謝物や元素などの分析化学的なところまで一貫して扱っていることでしょうか。また、特定の栄養素に着目して研究を進めているので、その範囲においてとくに重要な働きをしているものに関しては、ほかの研究室よりも多くの情報を持っていると思います。
普段、学生への指導で意識していることはありますか?
植物の研究では、ひとつの実験をするにもまずは種子を撒くところから始まるので、植物が育つまでに何日も待つことはめずらしくありません。なので、実験を始める前に、ここまでわかったら次は何をするのか、結果によってこっちに進むのか、あっちに進むのか、手順を整理しておくことが大切です。研究を始めたばかりの学生とは、こうしたスケジューリングを一緒にするようにしています。最初は一緒に組み立てますが、そのうち独り立ちできるように促していきます。
あくまでも学生の自立を助けることが目的なわけですね。
はい、そうです。日本の大学のいいところは学生それぞれがテーマを持ち、小さな研究者として主体的に取り組むところだと思っています。自分で課題に対しての仮説を立て、どのような実験をしたらよいのかを計画し、その計画でやってみたらうまくいくこともあれば、想定とは違う結果になることもあります。その過程を経験するからこそ得られる学びというのがたくさんあります。
研究を通してどのような力が身につくと思われますか?
まず研究を経験すると、物事を順序立てて論理的に考える力が身につきます。社会人として生きていくうえで、自分の考えを明確にし、今自分には何がわかっていて、何ができるのかを周りにうまく説明できることは大事ですよね。そういう力は机に向かって勉強しているだけでは身につけることが難しいのかなと思います。また、研究室はひとつの目的をもった集団なので、そこで自分がどう貢献して、周りとどのように関われば成果につながるのか、といったことも一通り学べると思います。
研究室の学生にはどのような人材に成長してほしいですか?
やはり世の中に貢献できる人材になってほしいです。大学生活のなかで、これまでの知見から仮説を立て、実験結果や学んだことに基づいて考える訓練をします。その過程で自分の考え方ややりたいことなどにも気づくでしょう。そのような習慣がつくと、周りに流されることなく自分の意見を言ったり、進むべき方向を決めたりできるようになると思います。もちろん、いろいろな可能性を模索したうえで、研究者を目指す学生がでてきてくれるのが一番嬉しいのですが(笑)。あとは、研究室で数年間を一緒に過ごす学生たちには、全員がハッピーな人生を送ってほしいです。
今後、先生としてはどのようなことに挑戦したいですか?
私が昔から研究している転写因子(DNAに書き込まれた遺伝情報のRNAへの転写を促進したり抑制したりするはたらきをもつタンパク質群)があるのですが、それが働く仕組みを明らかにして、モデル植物でもいいので、硫黄の同化能力が高く、よい成分が豊富な植物を作り出したいです。また、硫黄を含む代謝物が植物の成長過程でどのような働きを持つのか、他の要素との関係についても研究を展開していければと考えています。
自分を信じて、責任を持って進めばいい
最後に、進学に不安を抱えている高校生にひと言お願いします。
いろいろな情報であふれている時代だからこそ、一度ゆったりと「自分は普段何が好きで、何をしているときが楽しいのか」をイメージしてみてください。そうすると、興味がある分野や、やりたいことがおのずと見えてきます。大学は必ずしも就職を目指す場所ではありません。その時々で興味があることを選択して、学べる場所です。今の自分の感覚を信じて、いいなと感じることに正直に進めばいいと思います。
自分の心の声に耳を傾けることが大切なわけですね。
そう思います。でも、だからこそ決めたことには責任を持って、しっかりと取り組むようにしてほしいと思います。大人になるということはやってきたことの積算のようなものだと考えています。日々を着実に積み重ねていけば、そこには必ず未来があります。最初からすごく遠いところを見て「自分はダメだ」とか、「本当にできるかな」とか不安にならなくても大丈夫です。自分探しに時間をかけたり、周りに相談したりするのも若い人の特権だと思います。
丸山先生の研究の詳細については、ご自身のサイトをご覧ください。