Research Results 研究成果

活性化と阻害のあいだ

翻訳因子の二律背反
医学研究院
久場 敬司 教授
2024.05.22
研究成果Life & Health

概要

eIF4A1によるTOP mRNAの翻訳抑制の増強機構

 理化学研究所(理研)開拓研究本部岩崎RNAシステム生化学研究室の岩崎信太郎主任研究員、七野悠一研究員、生命機能科学研究センター翻訳構造解析研究チームの伊藤拓宏チームリーダー、柏木一宏研究員、九州大学大学院医学研究院薬理学分野の久場敬司教授、山口智和助教らの国際共同研究グループは、長年翻訳[1]を促進すると考えられてきた翻訳開始因子(※1)eIF4A1が、栄養飢餓時に翻訳に対して抑制的に働くという想定と逆の役割があることを発見しました。
 本研究成果は、翻訳の制御機構に対する根本的な理解と、これらの機構が関与するがんなどの疾患の治療法の開発につながるものと期待されます。
 メッセンジャーRNA(mRNA)(※2)上の遺伝情報を読み取ってタンパク質を合成する翻訳過程で、その頻度を決定する翻訳開始は、多数の翻訳開始因子によって厳密に制御されており、特に重要です。翻訳開始因子の中で最も豊富に存在するのがeIF4Aです。eIF4Aは翻訳を阻害するmRNA上の二次構造(※3)を解消して翻訳を促進するために必要と考えられていました。一方、二次構造の解消以外の機能も示唆されていますが、その機能の全貌は不明でした。
 国際共同研究グループは、elF4Aの一つであるeIF4A1がRNA結合タンパク質LARP1を介してTOP mRNA(※4)に強く結合することを発見しました。LARP1は栄養飢餓時にTOP mRNAの翻訳を強く抑制するために必要な因子ですが、eIF4A1はLARP1とTOP mRNAの結合を強化することで、TOP mRNAに対する翻訳抑制を強めていることが分かりました。
 本研究は、科学雑誌『Nature Structural & Molecular Biology』オンライン版にて2024年5月21日(日本時間)に公開されました。

用語解説

(※1)翻訳、翻訳開始因子
翻訳とは、mRNAへコピーされた塩基配列をアミノ酸配列へ変換して、リボソームでアミノ酸を順番につなげてタンパク質を合成すること。翻訳開始因子とは、細胞内でタンパク質の合成(翻訳)を行うリボソームが、合成を開始する際に協調的に働くタンパク質群。真核生物の翻訳開始因子は真核生物型開始因子(eIF:eukaryotic Initiation Factor)と呼ばれる。

(※2)メッセンジャーRNA(mRNA)
タンパク質のアミノ酸の並び方の情報(コドン)を持つRNAのこと。リボソームによってそのコドンが読み取られ、タンパク質が合成される。

(※3)二次構造
1本鎖RNA内の塩基が結合することにより部分的に形成された2本鎖構造。翻訳開始においては障害となるため、塩基間の結合を解消する必要がある。RNAの塩基配列によって結合の強弱が異なるため、二次構造が翻訳開始を阻害する強さもRNAごとに異なる。

(※4)TOP mRNA、TOP配列
TOP配列とは、末端のキャップ構造の直後にシトシン(C:Cytosine)塩基とウラシル(U:Uracil)塩基が連続するTandem Oligo Pyrimidine(TOP)と呼ばれる配列のこと。TOP mRNAとは、TOP配列を持つmRNAのこと。

論文情報

タイトル:eIF4A1 enhances LARP1-mediated translational repression during mTORC1 inhibition
著者名:Yuichi Shichino, Tomokazu Yamaguchi, Kazuhiro Kashiwagi, Mari Mito, MariTakahashi, Takuhiro Ito, Nicholas T. Ingolia, Keiji Kuba, and Shintaro Iwasaki
雑誌:Nature Structural & Molecular Biology
DOI:10.1038/s41594-024-01321-7

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医学研究院 久場 敬司 教授