Research Results 研究成果
ポイント
概要
名古屋市立大学大学院医学研究科の井上貴子准教授、熊本大学大学院生命科学研究部の田中靖人教授、九州大学大学院農学研究院の中山二郎教授らの研究チームは、C型肝炎患者さんにおいてウイルスの排除治療後に腸内環境と肝臓の状態がどのように変化するかを、腸内フローラ、便中胆汁酸プロファイル、肝臓での遺伝子発現という多角的な視点から解析しました。
その結果、HCV感染中には、腸内フローラにおけるoral Streptococci(口腔レンサ球菌[注7])の増加や胆汁酸代謝の乱れ、肝臓での酵素遺伝子の発現異常が確認されましたが、ウイルス排除後にはそれらの回復が見られました。特に、有用菌であるBlautia(ブラウティア菌)の増加は、肝線維化の改善やALT値の低下と有意に関連しており、腸内環境の健全化が肝機能の回復と密接に関わっていることが示されました。
また、病期が慢性肝炎までの初期段階でウイルスを排除した場合には腸内環境の回復が顕著だった一方で、すでに肝硬変へ進行していた場合には回復が限定的でした。これらの結果から、C型肝炎における「早期の治療」の重要性が改めて明確になりました。
本研究の成果は、肝臓病学の専門誌「JHEP Reports」電子版にて、2025年6月24日付で公開されました。
用語解説
1)腸内フローラ
腸内につくられた微生物の生態系のこと。腸内には100兆個以上の細菌がすみついて、食事や体内でつくられた成分を利用してさまざまな代謝物を生み出し、健康の維持や病気の進行に影響を与えている。
2)腸内フローラの乱れ(dysbiosis)
フローラを構成する細菌種の異常で、細菌種多様性の減少(単純化)や、少ないはずの細菌種の異常な増加、多いはずの細菌種の減少などを指す。
3) ウレアーゼ
尿素を加水分解して、アンモニアと二酸化炭素を作り出す酵素のこと。
4)胆汁酸
コレステロールの代謝物で、殺菌作用や代謝調節機能を持つ。肝臓を出て、十二指腸に流れ出て、腸管から再吸収され、再び肝臓に戻ってくるサイクル(腸肝循環)を起こす物質のひとつである。ヒトの便中に見られる主な胆汁酸として、コール酸・ケノデオキシコール酸・デオキシコール酸・リトコール酸・ウルソデオキシコール酸の5種類が知られている。
5)ブラウティア菌
グラム陽性の球形の細菌で、腸内にすむ有用菌のひとつ。日本人ではこの菌の割合が多いほど、肥満や2型糖尿病のリスクが下がることが報告されており、「健康を支える腸内細菌」として注目されている。
6)肝線維化
肝臓が繰り返しダメージを受けて、組織が硬くなってしまう変化のこと。進行すると肝硬変に至る。
7)口腔レンサ球菌
グラム陽性の球形の細菌で、ひとつひとつの菌体が鎖のように連なって並ぶ特徴がある。口の中に普通にすんでいる常在菌のひとつで、腸内でも増えることがある。
論文情報
【タイトル】Restoration of the gut-microbiota-liver axis after hepatitis C virus eradication
(C型肝炎ウイルス排除後の腸肝軸の回復)
【著者】井上 貴子1#, 中山 二郎2#, 森 宙史3、田中 優2, 4、中川 大輔2、大西 雅也5, 6, 船津 結妃2、守屋 圭7、瓦谷 英人7、渡辺 久剛8、須田 剛生9、近藤 泰輝10, 11, 12、井出 達也13、柿﨑 暁14、三馬 聡15、末次 淳5、川田 一仁16、渡辺 崇夫17、飯尾 悦子12、百田 理恵2、鈴木 穣6、坂牧 僚18、渡邊 綱正19、渡邊 丈久12、長岡 克弥12、日浅 陽一17、寺井 崇二18、吉治 仁志7、豊田 敦3、黒川 顕3、田中 靖人12* (#は共同筆頭著者、*は責任著者)
所属:1. 名古屋市立大学, 2. 九州大学,3. 国立遺伝学研究所、4. JSR株式会社、5. 岐阜大学、6. 東京大学、7. 奈良県立医科大学, 8. 公立学校共済組合東北中央病院、9. 北海道大学、10. 仙台厚生病院、11. 仙台徳洲会病院、12. 熊本大学、13. 久留米大学、14. 高崎総合医療センター、15. 長崎大学、16. 浜松医科大学、17. 愛媛大学、18. 新潟大学、19. 聖マリアンナ医科大学
【学術誌名】JHEP Reports
【DOI】10.1016/j.jhepr.2025.101494
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