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Research Results 研究成果
シアル酸は細胞表面に存在する糖の一種であり、母乳や卵に多く含まれることが知られています。また、シアル酸が多数結合したポリシアル酸 (PSA) は胎児期の脳に一時的に発現し、神経系の正常な発達に重要な役割を果たすことも明らかにされています。一方で、大人の脳の神経細胞 (ニューロン) の一部にもポリシアル酸が発現していることが報告されています。最近の研究によって、 神経細胞接着分子(NCAM)上に存在するポリシアル酸 (PSA-NCAM) が様々な神経栄養因子や神経伝達物質と結合し、神経活動の制御に関与している可能性が示唆されていますが、詳細については理解が進んでいませんでした。この度、九州大学大学院医学研究院の山田純講師と神野尚三教授の研究グループは、北海道大学の渡邉雅彦教授、名古屋大学の佐藤ちひろ教授らと共同で、海馬のポリシアル酸が気分の調節や「やる気」に関わるセロトニンシグナル伝達と抗うつ薬の作用発現に重要な役割を果たしていることを世界に先駆けて発見しました。
認知と気分を制御している海馬では、比較的一様な興奮性ニューロンと、複数のグループに分けられる抑制性ニューロン (GABAニューロン)からなる神経回路が形成されています。研究グループはマウス海馬のGABAニューロンの一部にポリシアル酸が発現していることに着目し、その機能に関する研究に取り組みました。ポリシアル酸を発現している海馬のGABAニューロンは、不安や食欲の制御に関わる神経ペプチドであるコレシストキニンが陽性であり、他のグループのGABAニューロンに比べてセロトニンシグナルを伝達するシナプスの入力が多いことが示されました。また、うつ状態のマウスに抗うつ薬 (選択的セロトニン再取り込み阻害薬, SSRI) を投与すると、ポリシアル酸の発現とセロトニンシグナル伝達の指標であるp11タンパクの発現がいずれも上昇しましたが、海馬からポリシアル酸を除去すると、抗うつ薬によるp11タンパクの発現上昇が起こらなくなりました。さらに、うつ状態のマウスの海馬からポリシアル酸を除去すると、抗うつ薬の作用が失われ、うつ状態が改善しないことも分かりました。これらの結果は、ポリシアル酸はセロトニンシグナル伝達を増強し、気分の改善や「やる気」の回復を促す分子であることを示唆しています。今後、ポリシアル酸のセロトニンシグナル伝達増強作用に基づき、うつ病の治療法が新たに発展することが期待されます。本研究の成果は、2020年1月22日に米国神経科学学会誌 『The Journal of Neuroscience』に掲載されました。
参考図
近年、うつ病の治療には抗うつ薬であるSSRIやセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤 (SNRI) などが広く用いられています。しかし、満足できる効果が得られず、困っている患者さんは未だに少なくありません。これからの研究によって、「やる気」の回復を促す脳内分子としてのポリシアル酸の有用性について、更に明らかにしていきたいと考えています。