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網膜血管のフラクタル性の起源の解明

 
―数学で理解する血管の形づくり―

公開日:2020.10.15

 

研究成果 医歯薬学

 九州大学大学院医学研究院の三浦岳教授、医学部生の河村正太郎、飯塚統らの研究グループは、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所の手老篤史准教授、名古屋市立大学医学部の植村明嘉教授との共同研究で、網膜血管の幾何学的パターンが形成されるメカニズムを世界で初めて解明しました。
 網膜血管はランダムな網目構造からはじまって、動静脈が血流に反応することで美しいフラクタル構造を形成します。網膜血管の形態形成機構の解明は、糖尿病の合併症である糖尿病網膜症の病態解明に役立つため臨床上重要です。この形態形成過程の詳細な研究が行われてきましたが、どのように形ができるのか、その定量的なメカニズムは不明でした。
 研究グループはまず、網膜血管のパターンの可視化及び詳細な定量によって、血管の太さの分布及び血管網が作る領域の分布がべき分布、対数分布に従うことを発見しました。さらに、血管形成における血管径の変化する生物学的メカニズムの本質を単純な数理モデルで表現することで、この法則性がどのように生じるのかを解明しました。詳細については別紙を参照してください。
 この研究成果は、2020年10月14日(水)午後2時(米国東部時間)に、米国科学雑誌「PLOS ONE」のオンライン版で発表されます。

(a)生後8日目のマウス網膜の血管網。 (b)マウス血管網での分割領域のサイズ分布。
(c)生後8日目のマウスの動脈。 (d)動脈の太さのサイズ分布。

■背 景
 網膜(※1)の血管は美しい樹状構造を形作ります(図a)。網膜血管は非侵襲的に観察できる血管網で診断上重要であり、また、糖尿病の合併症として非常に有病率の高い糖尿病網膜症という疾患があるため臨床的に重要です。また基礎医学研究の分野でも、網膜血管は2次元的で観察しやすいことや、実験的な介入が行いやすいことからモデル実験系として広く用いられています。
  一方、1980年代に応用数学の分野でフラクタル幾何学(※2)という学問分野が起こり、「自己相似」という概念とともに広く一般に知られるようになりました。そして、生物の体の構造にはフラクタル構造が多く存在することが計測から知られるようになってきました。網膜血管に関してもそのようなフラクタル性があることが見出されていましたが、何故そのような形になるのか、その生成メカニズムに関してはあまり省みられてきませんでした。
 さらに、数理生物学の分野では血管のパターン形成は比較的良く取り上げられています。古典的には、新規の血管の出芽を再現するChaplain-Andersonモデルや、血管網の自己組織化を再現するMechanochemical modelが提案されていて、数理的な性質はよく理解されていますが、生物学との対応はあまり明らかではありません。またより最近になって、生物学的な要素を数多く取り込んだような大規模な計算モデルも提案されていますが、モデル自体が複雑すぎて、形の再現止まりでメカニズムの理解まで達していないのが現状です。

■内 容
 まず、研究グループの名古屋市立大の植村は、発生途上のマウス網膜の血管網を時系列を追って高精度で撮影し、定量の基礎となるデータを作成しました(図a, c)。網膜血管は、生後すぐに視神経乳頭の部分から網膜内に侵入し、ランダムなメッシュワークを作ります。さらに、網膜血管への血流が確立されることによって、流れによる血管径の変化が起き、最終的に樹状構造が形成されます。
 次に、九州大学の河村、飯塚は、この基礎データおよび画像処理の技術を用いて、血管が囲む領域と動脈のセグメントの太さを自動的に抽出する方法を開発し、(1)血管網が分割する領域のサイズ分布が指数分布(※3)に従い(図b)、(2) 動脈の太さ分布がべき分布(※4)に従う(フラクタル性を持つ。図d)ことを発見しました。
 さらに、九州大学の三浦、手老は網膜発生の各段階の数理モデル化(※5)を行い、(1)の指数分布は、動脈近傍の毛細血管が確率的に消失するという簡単なモデルで理解できること (2) の動脈の太さのべき分布は、二分岐する動脈樹において、血流と管腔系の変化の関係がある特定の関数に乗っている場合、Murray則という生理学でよく知られた法則性が生じ、結果としてフラクタル構造が生成されることを示しました。

■効果・今後の展開
 本研究で得られた数理モデルによって、酸素分圧や血流による血管リモデリングという生物学的に重要な要素と形態学的な指標を直接関連づけることが可能になりました。これによって、これまでのように単に枝の数や分岐点の数を数え上げて「何かが違う」というだけでなく、どのような原因で形態変化が生じたのかを解明することが可能になりました。
 数学は、生物学以外の科学の諸分野では現象を記述する言語として普遍的に使われています。このような仕事を足がかりにして、今後さらに医学生物学内に数学的手法が浸透していくことが期待されます。

■研究について
 当研究は、JST CREST「からだの外でかたちを育てる」(JPMJCR14W4)、科研費「発生におけるマルチスケールの自発的パターン形成現象の数理の解明」(15KT0018)、および林眼科・基礎医学基金(2020年度)の支援を受けて行われました。

【用語解説】
(※1)網膜:眼球の内部にある、光を感知する組織
(※2)フラクタル:全体的が局所的と自己相似な構造を持っている構造のこと
(※3)指数分布:y = ex の形の分布。片対数グラフで直線に乗る。
(※4)べき分布:y = xaの形の分布。フラクタル構造の特徴。両対数グラフで直線に乗る。
(※5)数理モデル化:ある現象に含まれる因子群の相互作用を微分方程式の形で書き表すこと

研究者からひとこと

網膜血管はよく研究されている競争の激しい系ですが、数理の立場から見るとまだ本質的な面白いことがたくさん残されています。今後も生物の美しい形が作られるメカニズムを様々な視点から解明していこうと思います。

論文情報

論文名:Remodeling mechanisms determine size distributions in developing retinal vasculature
著者名:Osamu Iizuka, Shotaro Kawamura, Atsushi Tero, Akiyoshi Uemura, Takashi Miura.
雑誌名:PLOS ONE
DOI:10.1371/journal.pone.0235373

研究に関するお問い合わせ先

医学研究院 三浦 岳 教授

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