Research Results 研究成果
九州大学大学院理学研究院の松森信明教授と木下祥尚助教らの研究グループは、電子線散乱を脂質膜に適用することで、局所的な膜構造の解析に成功しました。
細胞膜に存在する固い膜ドメイン「脂質ラフト」は、生体機能発現のプラットフォームを形成することが示唆され、注目を集めています。脂質ラフトを指向した研究では、飽和炭素鎖を有する脂質(飽和リン脂質)と不飽和の炭素鎖を有する脂質(不飽和リン脂質)の混合膜が頻繁に用いられます(図a)。この混合膜では飽和脂質が凝集したラフト様の固い膜ドメインが、周囲の柔らかい膜領域から相分離するためです(図b)。しかし、脂質膜の構造解析で汎用されるX線の直径(>100 μm)は膜ドメインのサイズ(10~30 μm)より大きく、ドメイン内部の構造解析は困難でした。
本研究では収束性に優れた電子線を脂質膜に適用することで、ラフト様ドメイン「内部」における脂質炭素鎖充填構造の解析を試みました。ここで問題になるのは脂質膜が電子線に弱く、電子線照射により膜構造が容易に乱されることです。そこで電子線の照射量を通常の1/50~1/100に低減することで、低侵襲的な構造解析を可能にしました。次に、脂質膜表面で直径がわずか2.8 μmの電子線を走査することで、ドメイン内部の構造解析を行いました。その結果、ドメイン内部には異なる向きに脂質分子が充填した複数の下部構造が存在することが分かりました(図c)。さらに、下部構造のサイズはドメイン中央部で大きく、周辺部では小さくなることが明らかになりました。これまで脂質膜の局所的な構造解析は困難でしたが、低流量走査電子線散乱法(LFSED)により膜ドメインの内部構造が明らかになりました。
本研究はJSPS科研費(JP17K15107,JP20K06590)などの支援を受けて実施しました。本成果は、令和2年12月21日に学術誌Scientific Reportsのオンライン版に掲載されました。
参考図
(a) 今回利用した飽和リン脂質(DSPC)と不飽和リン脂質(DOPC)の分子構造。
(b) DSPC/DOPC混合単分子膜の蛍光顕微鏡写真。暗い領域がラフト様の固い膜領域。図中の領域1−7で得られた散乱パターンを下に並べた。矢印は脂質の炭素鎖に由来する散乱を示す。
(c) DSPC/DOPC混合膜で生じる相分離と、ラフト様ドメイン内部での脂質充填構造の模式図。DSPCとDOPC分子をそれぞれ赤色と緑色で示した。