Research Results 研究成果

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の細胞内侵入を防ぐ既存薬を同定

-新しいCOVID-19治療薬の開発へ!- 2021.03.17
研究成果Life & Health
※注意※
本研究に関する論文は、プレプリントでピュアレビュー(査読)前であり、今後内容が修正される可能性があります。

 九州大学大学院薬学研究院 生理学分野(自然科学研究機構 兼務)の西田基宏教授と国立医薬品食品衛生研究所 薬理部の諫田泰成部長の研究グループは、九州大学大学院農学研究院、工学研究院ならびに、自然科学研究機構生理学研究所 生命創成探究センター、医薬基盤・健康・栄養研究所 等との共同研究により、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がヒト細胞への侵入を防ぐ既存薬を新たに同定しました。既に承認されている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬と作用点が異なることから、併用療法を視野に入れた適応拡大が期待されます。

 COVID-19の原因であるSARS-CoV-2は、変異体を出現させながら世界中で感染拡大を続けています。西田教授らは、SARS-CoV-2に共通する宿主細胞への侵入経路に着目しました。SARS-CoV-2は、野生型および変異体ともに、細胞膜上のangiotensin converting enzyme (ACE) 2受容体を介して細胞内に侵入し、その後、細胞内で自己複製することで増殖し、感染を引き起こします。本研究では、SARS-CoV-2の細胞への疑似感染モデルを用いて、ACE2受容体の内在化(=ウイルス侵入)を阻害する候補薬として既承認薬クロミプラミン(抗うつ薬)を同定しました。さらに、クロミプラミンは、実際のSARS-CoV-2を用いた感染実験において、感染後に投与してもウイルスの増殖を抑制できるだけでなく、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の機能障害も抑制することが明らかとなりました。さらに、レムデシビルとの併用によるウイルス感染の阻害増強効果も実証されたことから、本薬のCOVID-19重症化治療への適応拡大が期待されます。

(参考図)
今回同定したクロミプラミンと既承認のCOVID-19治療薬(レムデシビル、デキサメタゾン)や開発中の薬(ナファモスタット)との作用機序の違いを示しています。
クロミプラミンは、SARS-CoV-2の細胞内侵入を阻害することで、ウイルス感染や重症化を抑制します

研究者からひとこと
我々はウイルス学や感染症の専門家ではありません。薬学/薬理学研究者として、他の研究者や企業がやらない・やれない創薬に挑んでいます。全くゼロからの無謀な挑戦でしたが、九大本部や共同研究者たちの温かいご支援・ご協力のおかげで、新しい成果と人脈の創出につながりました。少しでも早く重症患者さんに届けられるよう、頑張りたいと思います。
 

<研究の背景と経緯>
 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大が世界中で大きな問題となっており、有効な医薬品の開発が急務とされています。SARS-CoV-2は、膜貫通型セリンプロテアーゼTMPRSS2により、ウイルス表面上のスパイク(S)タンパク質が活性化され、宿主細胞膜上にあるアンジオテンシン転換酵素2(ACE2)に結合することで、細胞内に侵入します。その後、細胞内でRNA自己複製を介して増殖・感染します。これまでに、RNA依存性RNAポリメラーゼ活性を標的とするRNA複製阻害薬レムデシビルや炎症を標的とする抗炎症薬デキサメサゾンなどが、COVID-19の治療薬が承認されていますが、その治療効果も十分とはいえません。また、Sタンパク質とACE2受容体との結合を阻害する薬の開発も進んでいますが、SARS-CoV-2変異株によっては薬効が見られなくなる可能性が懸念されています。
 九州大学大学院薬学研究院は、すでに安全性が保証されている既承認薬の中から新たな薬理作用を見出し、有効な治療薬のない疾患に適応拡大する「エコファーマ」創薬を推進してきました。COVID-19の深刻な問題は、感染重症化と後遺症です。感染重症化を引き起こすリスク因子の一つに心疾患があり、重篤な後遺症として心不全が報告されています。西田教授らは、これまでに1,200種類の既承認薬の中から抗がん剤誘発性の心毒性を抑制する化合物を複数同定しました。そこで、同定した化合物の中でも、抑制する効果が強い上位13化合物を用いて、Sタンパク質曝露による宿主受容体(ACE2)の内在化(=細胞内侵入)を阻害する化合物を探索しました。

<研究の内容>
 西田教授らの研究グループは、カイコ由来人工3量体Sタンパク質の動物細胞への曝露によるACE2内在化を指標とするSARS-CoV-2偽感染アッセイ系を構築し、ACE2内在化を50%抑制する既承認薬クロミプラミンを同定しました(図1)。クロミプラミンは三環系抗うつ薬として販売されているプロドラッグですが、ヒト体内での代謝物(デスメチルクロミプラミン)もまた、クロミプラミンと同程度のACE2内在化阻害効果を示すことがわかりました。一方、クロミプラミンと薬理作用や構造が似ている既承認薬や既存のCOVID-19治療薬についても調べましたが、クロミプラミンほど強力なACE2内在化阻害作用を示す薬は見つかりませんでした。
 次に、アカゲザル由来のウイルス感染モデル(TMPRSS2発現VeroE6)細胞株にSARS-CoV-2を感染させ、ウイルス増殖・感染に対するクロミプラミンの効果を調べました。その結果、クロミプラミンはSARS-CoV-2感染1時間後から処置しても非常に強く、濃度依存的にウイルス増殖を抑制することがわかりました。一方、COVID-19治療薬であるレムデシビルを処置したところ、ウイルス増殖阻害効果は弱く、クロミプラミンを併用することで阻害効果が相乗的に増加することが明らかとなりました(図2)。ヒトiPS細胞由来心筋細胞においても、SARS-CoV-2曝露によるウイルス増殖がクロミプラミン1時間後処置でも99%近く抑制されることがわかりました。
 さらにin silico解析や生化学的なACE2受容体結合実験を行い、クロミプラミンがSタンパク質の受容体結合領域に少ししか作用しないこと、Sタンパク質とACE2受容体との結合は阻害せず、その後におこるACE2内在化(=細胞内侵入)を強く阻害することも明らかにしました。

<今後の展開と治療応用への期待>
 クロミプラミンは、既存のCOVID-19治療薬とは作用点が異なるため、併用による相乗効果が期待できます。さらに、ACE2内在化の阻害という宿主受容体を標的とするメカニズムをもつため、国際的に問題となっているウイルス受容体と結合する領域の変異に関わらず、一定の治療効果が期待できます。今後は、SARS-CoV-2感染モデル動物を用いて有効性と安全性を検証し、迅速な実用化を目指します。

図1 S抗原を用いたSARS-CoV-2疑似感染モデル(細胞評価法)の構築と 既承認薬クロミプラミンの特定

図2 クロミプラミンによるレムデシビルのSARS-CoV-2増殖抑制作用の増強効果

【主な共同研究者と所属機関】
・西田 基宏 教授
 九州大学大学院薬学研究院 生理学分野
 自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所(兼務)
・諫田 泰成 部長
 国立医薬品食品衛生研究所 薬理部
・加藤 百合 助教、西山 和宏 講師
 九州大学大学院薬学研究院 生理学分野
・日下部 宣宏 教授、李 在萬 准教授
 九州大学大学院農学研究院 資源生物科学部門 農業生物科学講座 昆虫ゲノム科学分野
・神谷 典穂 教授
 九州大学大学院工学研究院 応用化学部門/未来化学創造センター バイオテクノロジー部門
・水口 賢司 プロジェクトリーダー、李 秀栄 サブプロジェクトリーダー
 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
  創薬デザイン研究センター インシリコ創薬支援プロジェクト
・今井 由美子 プロジェクトリーダー
 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
  ワクチン・アジュバント研究センター 感染病態制御ワクチンプロジェクト
・西村 明幸 特任准教授、田中 智弘 特任助教
 自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所
・朝倉 宏 部長
 国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部


【謝辞】
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)研究費、国立開発研究法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)、三井住友信託銀行「新型コロナワクチン・治療薬開発研究寄付口座」寄附事業、上原記念生命科学財団助成金、木下基礎科学研究基金助成事業、鈴木謙三記念医科学応用研究財団助成金、喫煙科学研究財団助成金の支援により行われました。 


【論文および特許出願】
・論文タイトル:Clomipramine suppresses ACE2-mediated SARS-CoV-2 entry
 生物学のプレプリントを集約した「bioRxiv(バイオアーカイブ)」に掲載。
 doi: https://doi.org/10.1101/2021.03.13.435221
 注意:論文はプレプリントでピュアレビュー(査読)前であり、今後内容が修正される可能性があります。

・特許出願
 発明の名称:COVID-19治療薬
 出願番号:2021-027483
 出願日:2021年2月24日
 出願人:国立大学法人九州大学、国立医薬品食品衛生研究所
 発明者:西田基宏、加藤百合、西山和宏、朝倉宏、諫田泰成