Research Results 研究成果

自閉症関連タンパク質による小脳発生と運動機能の制御機構を解明

自閉症に対する新たな治療戦略の開発に期待 2021.04.07
研究成果Life & Health

 九州大学生体防御医学研究所の中山 敬一 主幹教授、金沢大学医薬保健研究域医学系の西山 正章 教授、川村 敦生 博士研究員らの研究グループは、自閉症の原因タンパク質であるCHD8(※1)が、小脳(※2)の発生と運動機能に重要な役割を果たすことを明らかにしました。
 CHD8は、自閉症患者において最も高頻度で変異が認められている遺伝子です。CHD8遺伝子に変異を持つ自閉症では、コミュニケーション異常や固執傾向といった自閉症特有の症状の他に協調運動障害が認められます。しかし、CHD8の変異がこれらの症状にどのように影響を与えているかは不明でした。
 本研究グループは、近年自閉症との関連が報告され、運動制御にも重要な役割を果たしている小脳に着目して解析を行いました。その結果、小脳顆粒細胞(※3)特異的にCHD8 遺伝子を欠損させたマウスでは、小脳の著明な低形成が認められ、自閉症患者でよくみられる症状の一つの協調運動障害を示すことを発見しました。CHD8を欠損した小脳顆粒細胞はシナプス(※4)機能の低下を示し、その前駆細胞は増殖の低下を示すことが分かりました。また遺伝子発現解析から、CHD8は小脳顆粒細胞の増殖や分化、シナプスの機能に関わる遺伝子の発現を直接調節していることが明らかになり、CHD8は遺伝子発現の調節を介して、小脳顆粒細胞のシナプス機能や前駆細胞の増殖・分化などを制御しており、正常な小脳発生に重要な機能を担っていることを突き止めました。
 本研究により、自閉症発症の原因遺伝子であるCHD8が小脳の発生において重要な機能を果たすことが明らかとなり、今後のCHD8遺伝子に変異を持つ自閉症患者の効果的な治療法開発の扶翼となることが期待されます。本研究成果は、2021年4月6日(火)午前11時(米国東部時間)に米国科学雑誌「Cell Reports」で公開されました。

CHD8は小脳の発生と運動機能を制御する

●研究の背景と経緯
 自閉症は有病率1%を越える非常に頻度の高い神経発達障害で、胎生期の神経発生の異常により発症する脳の疾患です。近年の自閉症患者を対象とした遺伝子変異解析により、クロマチンリモデリング因子(※5)の一つであるCHD8が最も変異率の高い遺伝子であることが報告されたことで、非常に注目されています(図1)。CHD8に変異を持つ自閉症患者では、社会的相互作用(コミュニケーション)の障害や、決まった手順を踏むことへの強いこだわり(固執傾向)、反復・限定された行動に加えて、不安障害や協調運動障害などがみられます。本研究グループは、これまでにCHD8遺伝子に変異を持つ「自閉症モデルマウス」の作製を世界に先駆けて成功し、CHD8変異による自閉症発症メカニズムの解明を行ってきました。しかし、脳の発生過程におけるCHD8の機能はほとんど明らかになっていませんでした。

●研究の内容
 まず、遺伝子操作で脳特異的にCHD8を欠失させたマウスを作製しました。CHD8を欠損したマウスの脳を調べたところ、特に小脳が顕著に小さくなっており、小脳の特徴的な層構造が失われていることが分かりました(図2)。そこで本研究グループは小脳の正常な働きに CHD8 が重要で、CHD8変異による小脳の機能異常が自閉症患者でみられる特徴の原因になっているのではないかと考え、小脳におけるCHD8の機能解析に着手しました。
 小脳は主に協調運動や運動学習に関わる領域ですが、自閉症患者で小脳病変も観察されていることから、自閉症の病因への関与も示唆されていました。脳の中で最も数の多い神経細胞である小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠失させたマウスを作製したところ、脳特異的にCHD8を欠失させたマウスでみられた小脳の低形成が再現されました。CHD8を欠損した小脳顆粒細胞の前駆細胞は増殖の低下とそれに伴う早熟な細胞分化の亢進を示すことが明らかになりました。さらに、電気生理学的解析でCHD8を欠損した小脳顆粒細胞の機能を評価すると、シナプス機能が顕著に低下していることが判明しました(図3)。次に、CHD8の欠損による小脳の機能異常が自閉症患者でみられる症状の原因になっているかどうかを調べるためにマウスの行動を詳細に解析しました。その結果、小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠失させたマウスは自閉症の主な特徴である社会性の障害や繰り返し行動を示しませんでしたが、自閉症患者でよくみられる症状の一つである協調運動障害を示すことが分かりました(図4)。
 CHD8はクロマチンリモデリング因子であるため、その変異は遺伝子発現に影響することが予想されます。そこで本研究グループは、CHD8を欠損した小脳顆粒細胞を用いて網羅的な遺伝子発現解析を行いました。その結果、CHD8を欠損した小脳顆粒細胞では細胞増殖やシナプス機能、神経発生に関わる遺伝子の発現が顕著に低下していることが判明しました(図5)。これらの遺伝子の発現変化は、上述の小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠失させたマウスで観察された表現型と一致していました。さらに、CHD8はこれらの遺伝子の転写開始点に強く結合していることが分かりました。CHD8はクロマチン構造を変化させることで、直接遺伝子発現を制御していることが示唆されました。
 以上の結果から、CHD8は遺伝子発現の調節を介して、小脳顆粒細胞のシナプス機能や前駆細胞の増殖・分化などを制御しており、正常な小脳発生に重要な機能を担っていることが明らかになりました。また、CHD8変異によるこれらの障害は自閉症患者でよくみられる症状の一つの協調運動障害の原因になる可能性があることが判明しました。
 

図1 CHD8によるクロマチンリモデリング 染色体(クロマチン)は、DNAがヒストンというタンパク質に巻き付いたヌクレオソームという構造をとることで、高度に折り畳まれて核の中に収納されています。遺伝子が発現する際には、この染色体が弛緩したり凝縮したりすることで制御されています。CHD8はこの染色体の構造を変化させるクロマチンリモデリング活性を有しており、遺伝子の転写のONとOFFを制御しています。

図2 CHD8欠損により小脳の発生が障害される 脳特異的にCHD8を欠損させたマウスは小脳の低形成を示します(左図)。小脳皮質は分子層(ピンク色)、顆粒層(青紫色)とその間の、神経細胞層の3層構造から成りますが、脳特異的にCHD8を欠損させたマウスはその層構造が失われていました(右図)。

図3 CHD8を欠損した小脳顆粒細胞ではシナプス機能が低下している  小脳顆粒細胞は分子層に向けて軸索を伸ばし、平行線維となってプルキンエ細胞の樹状突起とシナプスを形成します。平行線維を電気刺激し、それに対するシナプス応答(EPSC)をプルキンエ細胞から記録しました(左図)。小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠損させたマウスではこの平行線維とプルキンエ細胞間のシナプス応答が低下していました(中図、右図)。

図4 小脳顆粒細胞特異的CHD8欠損マウスは運動機能が低下している  ロータロッド試験は協調運動や運動学習などの運動機能を評価するための試験です。回転する棒の上にマウスを乗せて、回転する速度を徐々に上げ、マウスが落下するまでの時間を測定します。小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠損させたマウスではマウスが落下するまでの時間が短くなっており、協調運動障害を示すことが分かりました。

図5 CHD8は小脳顆粒細胞に関わる遺伝子の発現を制御している  CHD8は遺伝子の転写開始点に結合し、標的遺伝子の発現を制御しています。CHD8を欠損した小脳顆粒細胞では細胞増殖やシナプス機能、神経発生に関わる遺伝子の発現が顕著に低下していることが判明しました。

●今後の展望と治験応用への期待
 本研究結果は、CHD8が小脳の発生において非常に重要な機能を果たすことを示すと同時に、CHD8変異を持つ自閉症の病態に新たな知見を提供しました。本研究結果が、小脳の機能異常を伴う協調運動障害や自閉症などの発症メカニズムの解明と治療薬を開発する際の一助となることが期待されます。

【用語解説】
(※1)CHD8:Chromodomain Helicase DNA binding protein 8 (CHD8)の略で、細胞内のエネルギーを使用して染色体構造を変化させ、遺伝子の発現調節を担うクロマチンリモデリング因子という一群のタンパク質の一種です。
(※2)小脳:脳の領域の一部で、主に運動機能の制御を行なっています。最近の知見から認知機能や社会性、情動の制御も担っていると考えられています。
(※3)小脳顆粒細胞:脳の中で最も多く存在する神経細胞で、細胞体は小脳皮質の顆粒層に高密度に存在しています。小脳顆粒細胞の軸索(平行線維)はプルキンエ細胞の樹状突起とシナプスを形成し、情報を伝達しています。
(※4)シナプス:神経細胞間の情報伝達のための接合部のことです。シナプスでは神経伝達物質により情報の伝達が行われています。
(※5)クロマチンリモデリング因子:染色体(クロマチン)構造を変化させる(リモデリング)機能を持つタンパク質で、遺伝子の発現量を調節する役割を担います。

論文情報

タイトル:
著者名:
Kawamura A., Katayama Y., Kakegawa W., Ino D., Nishiyama M., Yuzaki M., Nakayama KI. 
掲載誌:
Cell Reports, 2021 
DOI:
10.1016/j.celrep.2021.108932 

研究に関するお問い合わせ先

生体防御医学研究所 中山敬一 教授