Research Results 研究成果
免疫チェックポイント阻害剤(※1)の臨床導入は、進行がんに対する薬物療法の治療体系に大きな変革をもたらしています。進行肺がん患者において、従来の殺細胞性抗がん剤(※2)と免疫チェックポイント阻害剤を併用した複合免疫療法は、標準治療として広く使用されるようになりましたが、抗腫瘍効果を十分得られない症例も存在しており、治療効果を予測する因子の解明は重要な研究課題となっています。複合免疫療法の高い臨床効果の機序の1つとして、殺細胞性抗がん剤によって治療早期に死滅するがん細胞からの傷害関連分子パターン(DAMP)(※3)の放出を特徴とする免疫原性細胞死(※4)の関与が示唆されています。
九州大学病院呼吸器科の岡本勇診療准教授、井上博之特任講師(現福岡大学呼吸器内科准教授)、大学院生の堤央乃らの研究グループは、殺細胞性抗がん剤を中心とした治療を受けた進行肺がん症例を対象として、血漿中DAMP濃度の動態を解析しました。同研究チームは、進行肺がん患者121名を対象として、5種類のDAMP 分子(HMGB1、CRT、HSP70、アネキシンA1、ヒストンH3)の血漿中濃度を経時的に測定しました。治療中の血漿中HMGB1、HSP70、アネキシンA1濃度の最大変化率(平均値)は、対応するベースライン値(治療前)よりも有意に高く(P < 0.005)、白金製剤(※5)を用いた併用化学療法では、HMGB1及びCRT濃度を強く増加させる傾向が認められました。血漿中HMGB1及びCRT濃度の最大変化率は、治療による腫瘍縮小効果(奏効率)と相関する傾向が認められました。本研究は殺細胞性抗がん剤により引き起こされる免疫原生細胞死を血漿中のDAMP濃度でモニタリング出来る可能性を示唆するものであり、複合免疫療法の新規治療効果予測因子として期待されています。本研究成果は2021年5月23日に国際紙「Translational Lung Cancer Research」に速報版が掲載されました。
各DAMP変化率の経時的変化率
各DAMP最大変化率及び腫瘍縮小効果
用語説明
(※1) 免疫チェックポイント阻害剤
免疫細胞(主にT細胞)に発現する免疫チェックポイント分子もしくはそのリガンドに結合して免疫抑制シグナルの伝達を阻害することでT細胞を再活性化し、がん細胞を殺傷する薬剤。
(※2) 殺細胞性抗がん剤
がん細胞に直接作用しのがん細胞分裂の過程を阻害することで増殖するのを阻止する抗がん剤。
(※3) 傷害関連分子パターン(DAMP)
細胞死や細胞の損傷など,細胞のストレスに伴って放出される。細胞の危機を知らせるアラームとして機能している。
(※4) 免疫原性細胞死
免疫応答を誘発しやすい細胞死。
(※5) 白金製剤
プラチナ(白金)製剤による化学療法剤。DNAの複製阻害やアポトーシス誘導ががんへの主な作用機序である。