Research Results 研究成果

数理モデルによる臨床試験シミュレータを開発

感染症に対する標準治療法の早期確立に貢献 2021.07.07
研究成果Life & HealthPhysics & Chemistry

 九州大学マス・フォア・インダストリ研究所の岩見真吾客員教授(現・名古屋大学教授)、名古屋大学大学院理学研究科の岩波翔也助教、米国インディアナ大学公衆衛生大学院の江島啓介助教らは、共同研究により、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の“臨床試験シミュレータ”を新たに開発しました。これにより、抗ウイルス薬剤治療の臨床試験における解決すべき問題を特定し、標準治療の確立を大幅に加速させることが期待されます。
 COVID-19に対する効果的な抗ウイルス薬剤の開発が希求され、現在、複数の治療薬が候補に挙がっています。しかしながら、有効な治療効果を確認した臨床試験は多くはありません。その理由を探るため、研究グループは、COVID-19患者の臨床データを収集し、数理モデルを用いて分析しました。その結果、患者間でウイルス動態、特にウイルスの減衰速度に大きな差があることを見出しました。このようなウイルス動態の違いは、観察研究においては、抗ウイルス薬剤の治療効果推定にバイアスを与える「交絡因子」となることが考えられます。一方、交絡因子の影響を受けない治療効果の評価手法である「ランダム化比較試験」があります。研究グループは、数理モデルを用いてランダム化比較試験を再現するシミュレータ(シミュレーションのためのソフトウエア)を開発しました。その結果、発症時期に関わらずに患者を試験に参加させた場合、1万人を超える被験者の参加が必要なことがわかりました。これは、特に感染者数の限られる日本では非現実的な必要被験者数です。一方で、発症後間もない患者のみを試験に参加させることで必要被験者数を500人程度に抑えることができることを世界で初めて示しました。
 なお、本研究で用いた、ウイルス感染動態に基づく臨床試験のシミュレータは医師主導臨床試験(jRCT2071200023)の設計に用いられ、異例の早さで既に現在、国内で実施されています。今後も、数理科学と生命医科学の異分野融合により臨床試験設計を補助することで、その他の感染症や疾患における標準治療法の早期確立を目指します。
 本成果は、2021年7月7日(水)(日本時間)に国際学術雑誌「PLOS Medicine」で掲載されました。

(参考図)観察研究において治療効果推定にバイアスを与える交絡因子としてCOVID-19患者のウイルス量の時間変化の違いを見いだした。また、ランダム化比較試験のシミュレーションから、効率的な臨床試験のための条件(登録基準)を示した。

研究者からひとこと
新興・再興感染症に対する標準治療を早く確立するためには、効率的な臨床試験をデザインすることが必要です。今回の研究では、COVID-19の症例を用いて、数理モデルをもとにした臨床試験のシミュレータを開発できました。この成果をもとに、COVID-19を含めて、今後起こりうる感染症の流行に備えたプラットフォームの整備を目指します。(岩見真吾)

論文情報

タイトル:
著者名:
Shoya Iwanami, Keisuke Ejima, Kwang Su Kim, Koji Noshita, Yasuhisa Fujita, Taiga Miyazaki, Shigeru Kohno, Yoshitsugu Miyazaki, Shimpei Morimoto, Shinji Nakaoka, Yoshiki Koizumi, Yusuke Asai, Kazuyuki Aihara, Koichi Watashi, Robin N. Thompson, Kenji Shibuya, Katsuhito Fujiu, Alan S. Perelson, Shingo Iwami, Takaji Wakita 
掲載誌:
PLOS Medicine 

研究に関するお問い合わせ先

マス・フォア・インダストリ研究所 岩見 真吾 客員教授 (現 名古屋大学 教授)