Research Results 研究成果

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の新たな病態メカニズムを解明

~末梢神経浸潤マクロファージによる異常蛋白除去が中枢神経細胞を守る!〜 2021.08.20
研究成果Life & HealthPhysics & Chemistry

 九州大学大学院医学研究院の山﨑亮准教授、大学院医学府博士課程4年の白石渉らの研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis, ALS)の新たな病態メカニズムとして、末梢神経(※1)に蓄積する異常蛋白が脊髄の運動神経細胞障害に深く関わっており、末梢血由来のマクロファージ(※2)による異常蛋白除去が疾患進行に大きく関わっていることを発見しました。
 ALSは、国指定の難病で、原因は解明されておらず根治療法はありません。現在、我が国で約9,200人(平成25年度特定疾患医療受給者数)の患者さんがいます。多くの方は60-70歳代で発症し、徐々に全身の運動神経細胞が死滅し、発症2−3年で人工呼吸器がないと呼吸ができない状態になると言われている難病中の難病です。
 この病気は、運動神経だけが脱落し、感覚神経は大きな障害を受けない点が大変不思議で、そのメカニズムが全く不明なために有効な治療薬が開発されていませんでした。
 今回、研究グループは、ALSのモデルマウスである変異SOD1トランスジェニックマウス(※3)の末梢神経を解析し、異常蛋白の蓄積が症状発症のかなり以前から始まっていることに着目しました。この末梢神経には末梢血からマクロファージが大量に浸潤していましたが、これらの細胞がどのような働きを持っているのかは不明でした。私達は、これらのマクロファージの浸潤をブロックするため、細胞遊走因子受容体(CCR2)遺伝子欠損マウス(※4)とALSモデルマウスとを交配し、通常のALSモデルマウスと比較しました。その結果、CCR2遺伝子欠損ALSモデルマウスはマクロファージの浸潤は抑制されましたが、短命であることが判明しました。このことから、改めて末梢神経に浸潤するマクロファージを詳しく解析したところ、このマクロファージは異常蛋白を貪食・除去し、炎症を抑制する方向に活性化していることが初めて明らかになりました。
 今後、これらのマクロファージ浸潤を促進したり、保護的活性化を促進することができれば、ALSの発症を予防したり、症状の進行を遅らせることができる可能性があります。
 本研究成果は、2021年 8月12日(木)付でScientific Reports誌に掲載されました。
 本研究は、日本学術振興会科学研究費(基盤C)JP16K09694, JP19K07963の支援を受けました。

(参考図)筋萎縮性即索硬化症(ALS)の新たに発見された機序

末梢神経軸索に蓄積する異常蛋白は、末梢血から浸潤するマクロファージより除去される。この「保護的」マクロファージの機能促進がALSの新たな治療法になる可能性がある。

用語解説

(※1) 末梢神経
人間の神経系は、大脳・小脳・脳幹・脊髄からなる「中枢神経」と、末梢の筋肉や感覚受容器と中枢神経系をつなぐ「末梢神経」からなる。解剖学的な区別は、神経細胞の軸索を覆う髄鞘を形成する細胞により行われる。すなわち、髄鞘形成細胞がオリゴデンドログリアなのが中枢神経、シュワン細胞で覆われるのが末梢神経である。主要な運動神経細胞である脊髄前角細胞は、神経細胞体は中枢神経であるが、その軸索が脊髄から出て神経根に至ると、髄鞘形成細胞がシュワン細胞に変化するため、末梢神経となる。つまり、脊髄前角細胞は、細胞体は「中枢神経」、軸索は「末梢神経」により構成されている。

(※2) マクロファージ
血液細胞は赤血球、白血球、血小板からなる。白血球はさらにリンパ球、単球に分類される。単球は分化し樹状細胞やマクロファージとなる。マクロファージは貪食作用に特化した細胞で、感染症や外傷などによる組織傷害部位に浸潤し、細菌や組織残渣の貪食、クリアランスを行うとされる。

(※3) 変異SOD1トランスジェニックマウス
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、その5%に血縁者に同疾患がみられる(家族性ALS)。家族性ALSのうち、約20%はCu/Zn superoxide dismutase (SOD1)遺伝子変異を認める。SOD1は153アミノ酸からなる細胞質蛋白で、ホモダイマー(二量体)を形成し、有害なスーパーオキシドを酸素と過酸化水素に分解する酵素である。1993年に変異SOD1遺伝子が家族性ALSの原因遺伝子として同定され、その翌年に変異SOD1トランスジェニックマウスがALSと類似の徴候を呈することが確認され、世界初のALSモデル動物として研究されるようになった。本研究では、SOD1(G93A)トランスジェニックマウスを用いた。

(※4) 細胞遊走因子受容体(CCR2)遺伝子欠損マウス白血球が組織へ遊走するためには、組織から放出されるサイトカイン(ケモカイン)と呼ばれる細胞遊走因子を、白血球表面の受容体が感知することが必要である。ケモカインとその受容体は1対1対応ではないことが多いが、単球/マクロファージの遊走に関与するMCP-1(リガンド)とCCR2(受容体)に限っては1対1対応と言われている。そのため、単球の細胞膜上のCCR2が発現しなければ、細胞の遊走に多大なマイナスの影響を及ぼす。MCP-1: monocyte chemoattractant protein-1, CCR2: C-C chemokine receptor type 2

研究者からひとこと
筋萎縮性側索硬化症は中枢神経の病気と考えられがちですが、末梢神経の保護が病気の進行を抑えることをはじめて証明することができました。この研究成果をもとに、治療法の開発を進めます。

論文情報

タイトル:
著者名:
Wataru Shiraishi, Ryo Yamasaki, Yu Hashimoto, Senri Ko, Yuko Kobayakawa, Noriko Isobe, Takuya Matsushita, Jun-ichi Kira 
掲載誌:
Scientific Reports 
DOI:
10.1038/s41598-021-96064-6

研究に関するお問い合わせ先

医学研究院 山崎 亮 准教授