Research Results 研究成果

機械学習による世界最速の三次元電子顕微鏡ナノイメージング

2021.10.27
研究成果Physics & Chemistry

 私たちの日常生活を支える基盤技術として活用され始めた人工知能は、調和の取れた未来社会実現のキーテクノロジーの一つです。単純作業の自動化から、人間には困難な複雑なパターンの認識やビッグデータからの情報抽出まで、最先端研究開発の更なる加速に大きく貢献しています。
 今回、九州大学先導物質化学研究所の斉藤光准教授、井原史朗助教、村山光宏教授、ならびに同大学大学院総合理工学府の趙一方氏(博士課程在学)、鯉池卓氏(修士課程修了、現在株式会社神戸製鋼所勤務)、同大学工学部の仲間陸人氏(卒業、現在株式会社リボルブ・シス勤務)、同大学院総合理工学研究院の光原昌寿准教授、波多聰教授らの研究グループは、機械学習[用語1]を活用したノイズフィルター[用語2]を組込んだ新しい電子顕微鏡[用語3]の計測手法を開発し、物体の内部をナノメートル(100万分の1ミリメートル)スケールの解像度で立体的に可視化するトモグラフィー[用語4]と呼ばれる観察技術を従来よりも100倍高速化することに成功しました。
本研究で用いられた立体可視化法は、医療現場で身体の断層面の画像を得るために活用されているX線CT[用語5]検査と同じ原理に基づいており、いろいろな角度から撮影した試料の二次元画像から数学的規則を用いて試料の立体像を再構築します。しかしながら、ナノスケールで多数枚の二次元画像を撮影するのには長時間を要します。さらに試料が厚くなると電子線が透過しにくくなるため、解像度の高い像を得るには走査透過電子顕微鏡法(STEM)[用語6]という特殊な手法が必要となりますが、STEMの撮像速度を極限まで高めようとすると、電子線の位置を制御する装置や撮影装置の特性に由来したノイズや画像の歪み、いわば「装置の癖」が画像に複雑に含まれるようになるため、STEMによる画像撮影や立体可視化の高速化は難しい課題とされていました。特に、観察対象試料由来の信号とノイズとを区別する作業は人力ではほとんど不可能でしたが、今回、機械学習を取り入れた手法により克服することができました。その結果、物体の内部情報を含む立体可視化に必要な全画像をわずか5秒(従来は数十分)で取得する世界最速のナノイメージングを実現しました。
 電子顕微鏡は物質や材料の内部の組織を詳細に可視化することができる強力な装置ですが、本開発手法により、試料の微細な変化をリアルタイムで立体的に観察することが容易になりました。構造材料の変形や化学反応等の直接観察といった研究の新たなアプローチとなることが期待されます。
 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR1994)、科学研究費補助金(JP19H02029、JP20H02479、JP18H05479、JP20H02426、JP20K21093)の支援を受け、また、米国NSF-NNCI Virginia Tech centerとの共同研究(ECCS 1542100, 2025151)、株式会社マックスネット、株式会社システムインフロンティアの技術的支援を受けて実施されました。
 本研究成果は2021年10月26日にScientific Reports誌に公開される予定です。

参考図

機械学習を活用したノイズフィルタリングの模式図と5秒で取得されたデータから再構築された材料内部の三次元ナノ構造。

用語解説

[用語1]機械学習:人工知能技術の一部であり、与えられたデータからコンピュータが学習を行うことで、未知のデータに対する予測を行う手法。今回は高速走査像と50枚積算像とで学習し、学習に用いていない連続傾斜の高速走査像から、その50枚積算像を予測することでノイズの除去を行っている

[用語2]ノイズフィルター:電気信号や情報に含まれる余分なノイズを除去する素子やプログラム。後述する電子顕微鏡も電気信号を画像(デジタル信号の二次元配列)に変換しているため、像中にノイズが反映されることがあり、観察に悪影響を与える。

[用語3]電子顕微鏡:高エネルギーの電子線を試料に照射し、試料による電子線の散乱等を利用して物質や生体をイメージングする顕微鏡。今日では原子の並びを直接可視化できるほど高性能(高倍率・高解像度)な電子顕微鏡が市販され、物質や生体の構造を原子レベルで解析することが可能になっている。

[用語4]トモグラフィー:物体を様々な角度から投影して撮影した多数枚の画像を基に三次元的な立体構造を再構成する手法。断層撮影法とも呼ぶ。

[用語5]X線CT:物体の透視に用いるX線によって物体の断面像を取得し、様々な角度から得られた断面像によって三次元的な立体構造を再構成する手法。CTは計算断層撮影法(Computed Tomography)の略。

[用語6]走査透過電子顕微鏡法(STEM):試料を透過させる電子線を細く絞り、走査することでミクロの物体・欠陥を可視化する手法。

研究者からひとこと
本研究は機械学習を用いることで、ハードウェアの改良だけでは実現困難な課題を克服しています。このような情報技術を取り入れた研究が、学術においても今後の主流になっていくと思われます。

論文情報

タイトル:
著者名:
Yifang Zhao, Suguru Koike, Rikuto Nakama, Shiro Ihara, Masatoshi Mitsuhara, Mitsuhiro Murayama, Satoshi Hata and Hikaru Saito 
掲載誌:
Scientific Reports
DOI:
10.1038/s41598-021-99914-5 

研究に関するお問い合わせ先

先導物質化学研究所 斉藤 光 准教授