Research Results 研究成果
国際的研究チームが歴史言語学、考古学および遺伝学の「三角測量」によって、トランスユーラシア言語の起源と初期拡散を解明したことがNature誌で発表された。
日琉語族、朝鮮語族、ツングース語族、モンゴル語族及びチュルク語族を含むトランスユーラシア言語の起源はアジア先史学のなかで最も激しい論争となっている。今回の研究は、歴史言語学、考古学及び遺伝学の「三角測量」によって、トランスユーラシア言語の起源や初期拡散が西遼河地域の新石器時代のキビとアワを栽培した農耕民まで遡ることを明らかにした。
トランスユーラシア言語の共通点の多くは借用によるものにもかかわらず、最近の研究では、これらの言語を系図グループ、共通の祖先から出現した言語のグループとしての分類を支持する信頼できる証拠が示されてきた。しかし、これらの言語と文化の祖先関連性を受け入れると、最初の話者がいつ、どこに住んでいたか、子孫の文化がどのように維持され、相互作用したか、そして数千年にわたるそれらの拡散の経路について新しい課題が生じる。
ドイツのマックス・プランク人類史科学研究所を中心とした、中国、日本、韓国、ヨーロッパ、ニュージーランド、ロシア、米国の研究者を含む国際チームが11月10日Nature誌に発表した論文では、言語拡散の「農耕仮説」を学際的に支持し、トランスユーラシア言語の最初の拡散が、東北アジアにおける新石器時代前期のキビ・アワ農耕民の移住と関連すると結論した。新たに解析された中国、韓国および日本の古人骨ゲノム、広範な考古学データベース、および98言語の語彙概念の新しいデータセットを使用して、トランスユーラシア言語の祖先コミュニティの時間の深さ、場所、および分散ルートを三角測量で分析した。
歴史言語学、考古学、遺伝学から得られた証拠によると、トランスユーラシア言語の起源は西遼河地域のキビ栽培の始まりおよび初期のアムール遺伝子プールまでさかのぼる。新石器時代後期、アムール地域遺伝子を持つキビ・アワ農耕民は北東アジアの隣接する地域に広まった。その後の数千年の間に、原トランスユーラシア語から分岐した話者は、黄河、ユーラシア西部および日本列島の縄文文化と混ざり合い、稲作、麦等のユーラシア西部の作物、牧畜民の生活様式をトランスユーラシアのパッケージに加えた。
筆頭著者であるマックス・プランク人類史科学研究所の言語考古学グループArchaeolinguistic Research Groupのマーティン・ロベーツ教授は、「一つの学問だけでは言語の拡散を取り巻く大きな問題を決定的に解決することはできません。しかし、歴史言語学、考古学、遺伝学の3つの分野を組み合わせると、シナリオの信頼性と妥当性が高まります。3つの分野によって提供された証拠を調整することによって、3つの分野のそれぞれが個別に提供するよりも、トランスユーラシアの移住について、よりバランスのとれた、より豊かな理解を得ることができました。」と述べる。
三角測量に使用される言語学的証拠は、100程度のトランスユーラシア言語から、250を超える概念を表す3000を超える同根語セットの新しいデータベースから得られた。 その結果、研究者たちは、西遼河地域に住むキビ栽培の農耕民に、9181年前に遡る原トランスユーラシア語のルーツを示す系統樹を構築することができた。
研究チームの考古学的結果は、約9000年前にキビの栽培を開始した西遼河流域にも焦点を当てた。中国、朝鮮半島、ロシア沿海地方及び日本を含む、255箇所の新石器時代・青銅器時代の遺跡から出土した遺構・遺物をデータベースに入れ、ベイズ推定分析を行った結果、西遼盆地の新石器時代の文化クラスターが示された。 その後、このクラスターは韓国新石器文化、およびアムール・沿海地方・遼東の二つに枝分かれした。さらに、青銅器時代に朝鮮半島にイネとムギが伝播し、約3000年前に日本にも伝播した。
参考図 北東アジアにおける言語・農耕・遺伝子の拡散
宮古島市南嶺の長墓遺跡発掘中の様相