Research Results 研究成果
九州大学生体防御医学研究所の中山 敬一 主幹教授、比嘉 綱己 研究員らの研究グループは、腸管上皮の再生に必要な組織幹細胞(※1)を新たに発見しました。また、腸管の再生やがん化の過程に「胎児返り」と「胃上皮様変化」(※2)という2つの現象が重要であることを明らかにしました。
腸管上皮は大きな組織傷害を受けた後でも高度な再生力を示すため、臓器の維持や再生機構を研究するための有用なモデルとして注目されていますが、再生を司る細胞の実体やメカニズムは不明でした。
本研究グループは、造血幹細胞や神経幹細胞の細胞周期(※3)停止に重要なp57遺伝子(※4)が、腸管上皮においても稀少な細胞集団に特異的に発現していることを発見しました。そこでp57の系統追跡(※5)マウスを作製し、p57発現細胞の挙動を解析しました。その結果、p57発現細胞は通常の状態では分化細胞(※6)の一種として存在していますが、組織がダメージを受けると脱分化(※6)して幹細胞となり、腸管の再生に重要な役割を果たすことがわかりました。さらに再生途中の腸管上皮を1細胞RNA-seq法(※7)によって解析したところ、p57発現細胞は「胎児返り」と「胃上皮様変化」という細胞アイデンティティの大規模な再構築を経て、幹細胞の状態へと逆戻りしていることが明らかとなりました。このような変化は、臨床的にはがんや炎症などの病態でしばしば認められます。これらは正常の組織に本来備わっている再生システムが、病態下で利用されたり誤作動した結果なのかもしれません。事実、私たちは上記と同様の現象が腸管腫瘍でも起こっていることを明らかにしました。
本研究により、正常腸管上皮および腸管腫瘍の組織再生メカニズムの重要な一端が明らかとなりました。その知見は、今後がんの新規治療開発や再生医療などへの応用が期待されます。本研究成果は英国の雑誌「Nature Communications」に2022年3月21日 (月) (日本時間)に掲載されました。
用語解説
(※1) 組織幹細胞
生体内の個々の臓器や組織において、その組織のすべての細胞を生み出す源となっている細胞のことです。たとえば血液の細胞を生み出す幹細胞は造血幹細胞、神経を生み出す幹細胞は神経幹細胞と呼ばれ、臓器ごとにそれぞれ固有の組織幹細胞を持っていると考えられています。
(※2) 胃上皮様変化(化生)
化生とは、ある組織の細胞が、別の組織の細胞に置き換わってしまう現象です。たとえば胃がんなどでは、胃の細胞が腸の細胞に置き換わってしまうことがあり、これを「胃の腸上皮化生」と呼びます。腸管に慢性炎症を起こすクローン病などでは、逆に「腸の胃上皮化生」が起こることが知られています。
(※3) 細胞周期
細胞は分裂しながら増殖していきますが、その過程で分裂と休止を繰り返しています。この細胞分裂と休止のサイクルを細胞周期とよびます。
(※4) p57
細胞周期を抑制することで、増殖のブレーキとして機能する遺伝子のひとつです。とくにp57は造血幹細胞などにおいて、「静止状態」とよばれる長期間の細胞周期停止に重要なことがわかっています。
(※5) 系統追跡
特定の細胞(例: p57発現細胞)に、遺伝学的な仕掛けによって子孫まで受け継がれる目印(蛍光タンパク質など)を導入することで、その細胞の運命や産生される子孫細胞を追跡する実験のことです。
(※6) 分化・脱分化
いろいろな細胞になれる幹細胞の状態から、特定の種類の細胞になることを「分化」といいます。逆に特定の細胞種が幹細胞へと逆戻りすることを「脱分化」といいます。
(※7) 1細胞RNA-seq法
1個の細胞において、その中に発現しているすべての遺伝子のRNA量を調べる手法です。これを数千~数万個の細胞に対して行うことで、ある組織の中にどんな細胞が存在しているのか、また条件の違いによって各遺伝子の発現状態が細胞ごとにどう変わるのかなどを調べることが可能です。
タイトル: | Spatiotemporal reprogramming of differentiated cells underlies regeneration and neoplasia in the intestinal epithelium |
著者名: | Tsunaki Higa, Yasutaka Okita, Akinobu Matsumoto, Shogo Nakayama, Takeru Oka, Osamu Sugahara, Daisuke Koga, Shoichiro Takeishi, Hirokazu Nakatsumi, Naoki Hosen, Sylvie Robine, Makoto Taketo, Toshiro Sato & Keiichi I. Nakayama |
掲載誌: | Nature Communications |
DOI: | 10.1038/s41467-022-29165-z |