Research Results 研究成果

卵子の遺伝子が受精後に働く仕組み解明

—不妊・流産の原因解明、治療法開発へ期待— 2022.08.03
研究成果Life & Health

ポイント

  • 卵子の遺伝子が受精後に働く仕組み(エピゲノム(※1))の解明が望まれていた。
  • 受精後の成長に必須である、卵子のエピゲノムの一端を解明した。
  • 不妊・流産の原因解明、治療法開発への応用など生殖医療へ貢献することが期待される。

概要

 国内で不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦は18.2%、また死産・流産を経験したことのある夫婦の割合は全体の15.3%にのぼります。不妊や流産の原因を明らかにし、その予防や治療に貢献するためには、卵子の遺伝子が受精後に働く仕組み(エピゲノム)を解明することが望まれていました。九州大学生体防御医学研究所・高等研究院の佐々木裕之特命教授・特別主幹教授、同大大学院医学研究院の小川佳宏教授、同大医学系学府博士課程の矢野誠一および山梨大学生命工学科の石内崇士准教授らの研究グループは、受精後の成長に必須である卵子のエピゲノムの一端を明らかにしました。
 エピゲノムの実体はDNAのメチル化や(DNAに結合する)ヒストンタンパク質(※2)のメチル化などの化学修飾です。本研究グループは過去に、マウス卵子のDNAメチル化が、①受精後の胚の成長に必須であり、②DNAメチル化酵素のDNMT3Aにより施されることを発見してきました。近年、卵子において遺伝子が活発に働く領域では、ヒストンH3タンパク質に施されるH3K36me3という修飾が集積し、それをDNMT3Aが認識して高度のDNAメチル化を施すことが報告されました。しかし、ゲノムの半分以上を占める残りの領域でDNAメチル化が確立される仕組みは依然不明でした。そこで、本研究グループは過去に得られた知見をもとにH3K36me2という別のヒストン修飾(※2)に注目しました。
 卵子は他の組織に比べ得られる細胞数が少ないため、解析に必要な細胞数が従来法の1/100程度(50-300細胞)である微量エピゲノム解析法(※3)を駆使してH3K36me2の分布を調べたところ、特にX染色体(※4)へ高度に集積し、他の常染色体(※5)にも広く観察されました。人工的にH3K36me2を低下させると、中程度のメチル化領域でのDNAメチル化が選択的に低下し、X染色体特有のDNAメチル化パターンが常染色体様のパターンに切り替わりました。また、この卵子を持つメスマウスは不妊で、正常なオスマウスと交配しても、受精した胚は子宮に着床する前後の時期に死ぬことが分かりました。さらに、卵子でH3K36me2とH3K36me3を同時に低下させると、ほとんどのDNAメチル化が低下しました。したがって、この2つのヒストン修飾は、マウス卵子においてDNAメチル化を誘導するのに不可欠なプラットフォームを形成することが示されました。
 今回の発見は、卵子の遺伝子が受精後どのように働くかを決める仕組みであるエピゲノムの一端を明らかにするものであり、将来的に不妊・流産の原因解明、治療法開発への応用など、生殖医療に役立つことが期待されます。本研究成果は英国の雑誌「Nature Communications」に 2022 年 8 月 3 日 (水)に掲載されました。

マウス卵子の蛍光免疫染色 ヒストン修飾のH3K36me2とH3K36me3を欠損した卵子ではDNAメチル化(明るい紫色のシグナル)が低下しています。破線の内側が卵子の核を示します。

用語解説

※1 エピゲノム
ゲノムに対して後天的に付加される情報。その実体はDNAおよびそれに結合するヒストンタンパク質への化学修飾で、遺伝子の働きを調節する。
※2ヒストンタンパク質(ヒストン修飾)
ヒトやマウスの染色体を構成する主要なタンパク質。これが8分子集まったヒストン八量体に巻き付いたDNAは、細胞核内にコンパクトに収納される。このタンパク質の一部にメチル基などの化学修飾(ヒストン修飾)が施されると、その領域の遺伝子の働きが活性化されたり、抑制されたりする。
※3 微量エピゲノム解析法
少量の細胞を材料として行うエピゲノム解析の手法。
※4 X染色体
有性生殖をする生物にみられる性染色体の一種。
※5 常染色体
細胞核を構成する染色体のうち性染色体(卵子ではX染色体)を除いた残りの染色体。

論文情報

掲載誌:Nature Communications
タイトル:Histone H3K36me2 and H3K36me3 form a chromatin platform essential for DNMT3A-dependent DNA methylation in mouse oocytes
著者名:Yano S., *Ishiuchi T., Abe S., Namekawa S., Huang G., Ogawa Y., *Sasaki H. (*Co-corresponding author)
DOI:10.1038/s41467-022-32141-2

研究に関するお問い合わせ先

生体防御医学研究所エピゲノム制御学分野 佐々木裕之 特別主幹教授