Research Results 研究成果

ミトコンドリアを介した褐色脂肪細胞の自己活性化・脂肪燃焼メカニズムを発見

~ 新しいアプローチによる肥満治療薬開発への期待 ~ 2022.08.18
研究成果Life & Health

ポイント

  • 肥満は生活習慣病、動脈硬化性疾患および癌の発症にも関連しており、根治を目指すべき疾患と考えられますが、安全性・有効性が保証された根本的治療法は依然確立していません。
  • 本研究では活性化したミトコンドリア機能を有する褐色脂肪細胞が細胞外小胞(エクソソーム)の分泌を促進し、自身および周囲の細胞がそれらを取り込んで持続的に自己活性化するというメカニズムを世界で初めて明らかにしました。
  • 今後、細胞外小胞(エクソソームなど)そのものや、その小胞分泌機構をターゲットとする根本的な肥満治療薬の開発につながることが期待されます。

概要

 糖尿病・心筋梗塞・脳梗塞等の原因である肥満は、現在減量以外に根本的な治療法がありません。社会背景からもリモートワークが普及している現代では、変化するライフスタイルによって日常生活の活動量は減少し、肥満症が増加していくことが強く懸念されています。そのため根本的な肥満解消を目指す新しい治療法の開発が望まれるところです。

 本研究では、脂肪を燃焼して熱を産生する褐色脂肪細胞を活性化させるメカニズムの研究に取り組み、活性化を促進する因子を褐色脂肪細胞自身で分泌し利用することで、持続的に脂肪燃焼を可能とする新たな仕組みを解明しました。

 九州大学大学院医学研究院臨床検査医学の藤井雅一 非常勤講師、病院検査部の瀬戸山大樹 助教、康東天 名誉教授らの研究チームは、ミトコンドリアに存在する(※1) TFAM(ミトコンドリア転写因子A)というタンパク質を過剰発現させたマウスには強力な抗肥満効果が存在することを示し、更にそのメカニズムについて解明していきました。今回、TFAM高発現ホモマウス(TgTg)由来の褐色脂肪細胞は、野生型(WT)マウス由来の細胞と比較してミトコンドリア機能が活性化しており、より多くの(※2)エクソソームを分泌することを明らかにしました。また、WT由来の褐色脂肪細胞にTgTg細胞由来の培養液から抽出したエクソソームを加えて培養すると、エクソソーム濃度に応じて褐色脂肪細胞が活性化(自己分化)することも明らかになりました。更に驚くべきことに、TgTgマウスの褐色脂肪細胞をWTマウスに移植すると、高脂肪食摂取に対する著明な体重増加抑制が認められ、強力な抗肥満効果を示すことがわかりました。

 今回の検討により、生体内に生理的に存在するエクソソームによる褐色脂肪細胞活性化メカニズムが解明されたことで、肥満治療に求められる安全性・有効性という重要な条件を満たす新たな治療戦略が示されることとなりました。今後、エクソソームを始めとする細胞外小胞の分泌促進に寄与するミトコンドリア活性化剤や安定的なエクソソーム回収法の確立等により、根治的肥満治療法の開発へ大きく貢献するものと考えられます。

 本研究成果は、2022年8月10日に、国際学術誌「 iScience 」に掲載されました。

【概要図】ミトコンドリア内のTFAMが高発現している褐色脂肪細胞ではミトコンドリアの機能が亢進し、その結果エクソソームの分泌が促進されます。分泌した細胞自身やその周囲の細胞にてエクソソームが取り込まれ、褐色脂肪細胞の活性化遺伝子・蛋白発現が上昇します。このような自己を活性化するメカニズムによって持続的に熱産生が上昇し強力な抗肥満効果を示していると考えられます。

用語解説

※1 TFAM(mitochondrial transcription factor A : ミトコンドリア転写因子A)
TFAMのほとんどはミトコンドリアDNAと結合して存在している。TFAMはミトコンドリア(mt)DNA配列非特異的に結合することでmtDNAを凝縮する働きがある一方で、配列特異的に結合して転写因子としても働いている。このようにTFAMにはmtDNAの構造維持・転写・修復・複製などに関与していると言われているが、依然明らかとなっていない作用があると考えられている。

※2 エクソソーム
細胞から分泌される直径50-150 nmの顆粒状の物質。エクソソームには様々なタンパク質・脂質・RNAが含まれており、別の細胞に運搬されることによって機能的変化や生理的変化を引き起こす。

論文情報

タイトル:TFAM expression in brown adipocytes confers obesity resistance by secreting extracellular vesicles that promote self-activation
著者名:Masakazu Fujii, Daiki Setoyama, Kazuhito Gotoh, Yushi Dozono, Mikako Yagi, Masataka Ikeda, Tomomi Ide, Takeshi Uchiumi, Dongchon Kang
掲載誌:iScience
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.104889

研究に関するお問い合わせ先

医学研究院 藤井 雅一 非常勤講師
九州大学病院 瀬戸山 大樹 助教