Research Results 研究成果
ポイント
概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門環境変動予測研究センターの渡辺真吾センター長代理、小新大研究生(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程3年生)、野口峻佑招聘研究員(九州大学大学院理学研究院助教)、および東京大学大学院理学系研究科の佐藤薫教授は、成層圏突然昇温時に生じた大気重力波の詳細シミュレーションと可視化を行うことによって、極渦周辺においてドラマチックに変形する大気重力波の特徴的な形態を明らかにすることに成功しました。
大気重力波は大気がさまざまなメカニズムで上下に揺さぶられた際に生じる振動の一種で、大気中を3次元的に伝わります。その際に運動量を運ぶ性質があり、運ばれた先で大気重力波が散逸する際に周囲の大気を加速したり物質を混合したりする役割を持つため、成層圏や中間圏の大気大循環の形成において重要な役割を果たすことが知られています。一方、観測に用いるセンサーは、地面に固定したり、気球や人工衛星に搭載したりする性質上、着目した大気重力波を捕捉し続けることは困難であったため、さまざまな種類の大気重力波がそれぞれどのような一生を送るかは謎に包まれてきました。
本研究では、観測事実に即した大気場を用いて大気重力波の詳細シミュレーションを行い、その結果を可視化して解析することにより、さまざまな大気重力波の一生を明らかにすることに成功しました。今回のシミュレーションを行う上で注目した期間は、2018 年2月に生じた成層圏突然昇温イベントです。このイベントでは、通常は北極圏を覆っている「極渦」が、北米上空および中央アジア上空に中心をもつ 2 つに分裂しました。このときに発生した大気重力波の分布を様々な視点から観察した結果、北米上空の極渦の周辺に漏斗に似た形が特徴的な大気重力波の群れが見られました。これは今回のシミュレーションで初めて発見されたものです。(図 1(b)を参照)。
さらに3次元動画解析とレイ・トレーシング解析(※2)を組み合わせることにより、それらの大気重力波の起源や伝わる経路を明らかにすることができました。最も注目すべき例として、北米上空の極渦の縁辺に沿って数千キロメートルもの距離を反時計回りに大きく回転しながら上昇して高度 50-70km 付近に到達するという、従来研究者たちが想像してきたのに比べてはるかに長い距離を伝わる、大気重力波の新しい描像が得られました(図 2(c)(d)の大気重力波の経路1, 7,8, 9, 12-19番を参照)。
この研究成果は、天気予報や気候予測モデルの重力波パラメタリゼーションで前提としている「発生した大気重力波はほぼ真上にしか伝わらない」という従来の仮定は多くの場合に成り立たず、思いも寄らないところから伝わってきた大気重力波が、思いも寄らないタイミングで運んできた運動量を周囲の大気に与えて、成層圏や中間圏の風の急変や物質の混合を引き起こすことを示唆します。
今後、謎めいた大気重力波の挙動が明らかになり、これによる未知のテレコネクションが果たす役割について、さらに踏み込んだ研究が期待されます。
本研究は、科学技術振興機構「CREST(JPMJCR1663)」、文部科学省「科学研究費助成事業(JP22H00169)」「統合的気候モデル高度化研究プログラム(JPMXD0717935715)」の支援を受けて実施したものです。本研究で用いた3次元画像の作成にはVAPOR (www.vapor.ucar.edu)を使用しました。
本成果は、「Journal of Geophysical Research - Atmosphere」に 10 月 5 日付け(日本時間)で掲載されました。
用語解説
※1 極渦:成層圏・中間圏の北極域や南極域は、晩秋から春にかけて巨大で寒冷な低気圧に覆われます。この低気圧の縁には強い西風が吹きます。この寒冷な低気圧と周囲を吹く西風を合わせて極渦と呼びます。極渦の形は季節を通じて安定せず、しばしば変形します。2018年2月中旬には極渦の変形が大きくなって2つに分裂しました。
※2 レイ・トレーシング解析:大気重力波の伝わる経路を、大気重力波の持つ固有のパラメーター(水平波長、鉛直波長、水平位相速度、鉛直位相速度、周期等)と、大気重力波の周囲の大気のパラメーター(風や温度等から算出したもの)が空間的に変化する割合等を組み合わせた方程式で推定する解析方法。
論文情報
タイトル:Gravity Wave Morphology During the 2018 Sudden Stratospheric Warming Simulated by a Whole Neutral Atmosphere General Circulation Model
DOI: 10.1029/2022JD036718
著者:Shingo Watanabe1、Dai Koshin1,2、Shunsuke Noguchi1,3、Kaoru Sato2
1. 海洋研究開発機構、2. 東京大学大学院理学系研究科、3. 九州大学大学院理学研究院