Research Results 研究成果

微⽣物が野⽣動物の⾷⽣活を変える?

世界遺産屋久島の森林植⽣に影響を及ぼすヤクシカの反芻胃内共⽣微⽣物が明らかに 2023.01.23
研究成果Physics & ChemistryEnvironment & Sustainability

ポイント

  • 屋久島は世界遺産に登録されており、約50 種の固有植物を含む特異な⽣態系と原⽣的な天然林を育んでいるが、近年はニホンジカの屋久島固有亜種であるヤクシカの⽣息密度の増加による⾷害が深刻化。
  • 今回ヤクシカの反芻胃(ルーメン胃)に⽣息する共⽣微⽣物を解析し、⽣息密度の⾼い地域では共⽣微⽣物の働きにより繊維質が多くタンニンを多く含む不嗜好性の植物も⾷べるようになったことが明らかに。
  • ヤクシカの⾷⽣活に影響する共⽣微⽣物の役割を新たに提唱し、今後さらに野⽣動物の消化管内フローラの違いと森林保全とを関連づけた研究の促進が期待される。

概要

 ⿅児島県の南⽅に位置する屋久島は、約50 種の固有植物を含む特異な⽣態系と優れた⾃然景観を有するとして世界⾃然遺産に登録されています。ニホンジカの屋久島固有亜種であるヤクシカは、草や⽊の葉、落ち葉、果実や種⼦、樹⽪など多様な⾷餌をとって⽣活しており、屋久島の⽣態系の重要な構成要素の1 つです。⼀⽅で、ヤクシカは⽣息密度が増加すると嗜好性植物や若葉を⾷べつくし、本来好んで⾷べないとされる不嗜好性植物や落葉の採餌を始めるなど⾷性を変化させ、下層植⽣の衰退を引き起こします。ヤクシカは反芻動物であり、その第1胃である反芻胃(ルーメン胃、※)には多様な細菌や古細菌などの共⽣微⽣物が⽣息し、宿主が分解できないセルロースを主体とした植物バイオマスの分解や発酵を⾏うことで、宿主のエネルギー源の多くを産⽣しています。これまでに、野⽣動物の反芻胃に共⽣する微⽣物が、宿主である反芻動物の⾷⽣活にどのように影響するのか分かっていませんでした。
 九州⼤学⼤学院理学研究院の濱村奈津⼦教授らの研究グループは、屋久島の異なる地域に⽣息しているヤクシカのルーメン胃内の共⽣微⽣物を解析し、ヤクシカの⽣息密度や⾷性の変化に影響する共⽣微⽣物の役割を明らかにしました。ヤクシカは、ニホンジカの中でもより多様な共⽣微⽣物がルーメン胃に⽣息していることが分かりました。これは屋久島の特異な⽣態系で育まれた多様な植物を餌として利⽤しているからだと考えられます。また、屋久島の中でもシカ⽣息密度の⾼い地域のヤクシカからは、繊維質の多い⾷餌の分解に適応した共⽣微⽣物や不嗜好性の植物に多く含まれるタンニンを分解する共⽣微⽣物が検出されました。これにより、シカ⽣息密度の⾼い地域では共⽣微⽣物の働きにより繊維質が多くタンニンを多く含む不嗜好性の植物も⾷べるようになったことを明らかにしました。本研究は、ヤクシカの⾷⽣活に影響する共⽣微⽣物の役割を新たに提唱しており、今後さらに野⽣動物の消化管内フローラの違いと森林保全とを関連づけた研究を促進することが期待されます。
 本研究成果は科学雑誌「Scientific Reports」に2022 年12 ⽉14 ⽇(⽔)に掲載されました。

ニホンジカの屋久島固有亜種であるヤクシカ

ヤクシカ⽣息密度と⾷⽣活に影響するルーメン胃内共⽣微⽣物フローラの変化(シカ密度の⾼い地域のヤクシカでは繊維質やタンニンを分解できる共⽣微⽣物が多いが、 シカ密度が低下した地域では、より栄養価の⾼い⾷餌の分解に適した共⽣微⽣物フローラ が⾒られた。)

用語解説

※反芻胃(ルーメン胃):⽜やシカなどの反芻動物が持つ4つの胃のうち第1胃のこと。反芻動物が採⾷した植物は第1胃(ルーメン)で攪拌・混合され、第2 胃の収縮によって吐き戻されて再咀嚼される。この過程を数回繰り返し、⼗分に細かくされ餌は第3胃、第4胃へと送られる。ルーメン胃には多様な細菌や古細菌などの共⽣微⽣物が⽣息し、宿主が分解できないセルロースを主体とした植物バイオマスの発酵分解をおこなっている。反芻動物は、ルーメン胃内の共⽣微⽣物の⼒を借りて、ルーメンを持たない動物(単胃動物)の利⽤できない植物由来のセルロースやヘミセルロースのような繊維質を消化することでエネルギー源として利⽤している。

論文情報

掲載誌:Scientific Reports
タイトル:Dynamics of rumen microbiome in sika deer (Cervus nippon yakushimae) from unique subtropical ecosystem in Yakushima Island, Japan
著者名:Misaki Eto, Tetsukazu Yahara, Arika Kuroiwa, Katsunori Shioya, Gilberto E. Flores, Natsuko Hamamura
D O I :10.1038/s41598-022-26050-z

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