Research Results 研究成果
ポイント
概要
東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授、九州大学先導物質化学研究所の吉澤一成教授、大同大学教養部の田中宏昌教授らによる研究グループは、分子触媒を用いた常温常圧の極めて温和な反応条件下で進行する窒素ガスと水からの触媒的アンモニア(注1)合成反応において、2019年にNature誌に掲載された論文(Ashida and co-workers, Nature, 2019, 568, 536)で達成した触媒活性の世界最高記録を大幅に更新した。新しく開発に成功したモリブデン錯体を触媒として用いることで、反応に用いた触媒当たりのアンモニア生成量で約15倍(触媒当たり60,000当量のアンモニアが生成)を達成し、単位時間当たりのアンモニア生成速度で約7倍(1分間で触媒当たり800当量のアンモニアが生成する触媒活性)に向上させることに成功した。
最初に、触媒的アンモニア生成反応の反応機構を詳細に検討することで触媒反応の律速段階(注2)を特定した。この実験結果を踏まえて、触媒反応の反応速度を飛躍的に向上させることが期待できるモリブデン錯体の分子設計を計算化学に基づいて行った。この計算化学による分子設計を踏まえて、予測された新規なモリブデン錯体の合成を実際に行った。設計・合成された新規なモリブデン錯体を用いた触媒的アンモニア生成反応を行ったところ、予測通りに従来の触媒活性を大幅に向上する結果を達成した。
本研究成果は、化石燃料を原料として用いた工業的なアンモニア合成法であるハーバー・ボッシュ法(注3)に代わる二酸化炭素を排出しない方法でアンモニアを合成するグリーンアンモニア合成反応の開発につながる大きな研究成果である。また、エネルギーキャリアとして期待されるアンモニアを高効率で合成する有用な触媒を開発しただけでなく、計算化学に基づいたアプローチによりさらなる高活性な触媒開発への展開が期待される意義深いものである。
本研究成果は、2023年4月17日(英国夏時間)に「Nature Synthesis」(オンライン速報版)で公開された。
用語解説
(注1)アンモニア
NH3で表される常温・常圧で無色の気体。アンモニアは、化学製品の原料として使用される他、主に窒素肥料として利用されており、これは食料を大量に生産する上で必要不可欠である。
(注2)律速段階
多段階の反応において最も反応が遅い段階で、反応全体が進行する速度を決定する素反応。
(注3)ハーバー・ボッシュ法
約100年前に開発された、窒素ガスと水素ガスから鉄系の触媒を用いてアンモニアを合成する方法。現在でも工業的に広く用いられている。開発者のフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュ(両者共にノーベル化学賞受賞)にちなんでハーバー・ボッシュ法と呼ばれている。合成されたアンモニアが主に窒素肥料として用いられることから、「空気からパンを作る」方法と呼ばれる。
論文情報
〈雑誌〉Nature Synthesis
〈題名〉Catalytic production of ammonia from dinitrogen employing molybdenum complexes bearing N-heterocyclic carbene-based PCP-type pincer ligands
〈著者〉Yuya Ashida, Takuro Mizushima, Kazuya Arashiba, Akihito Egi, Hiromasa Tanaka,Kazunari Yoshizawa,* and Yoshiaki Nishibayashi*
〈DOI〉https://doi.org/10.1038/s44160-023-00292-9(オープンアクセス)
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